愛と正義のけっこう格好美女戦士ヒーター仮面!【大幅改訂済】

藍条森也

裸ヒロインは寒さを知らない

 「おーほっほっほっほっ! 見なさい、桜花おうか! これがわたくしの魂を込めて開発した新商品、その名も『どんな寒さにも絶対に壊れないファンヒーター』、キャッチコピーは『どんな寒さにも負けないで使える暖かさ』! こればかりはあなたにも壊せなくてよ!」

 勝った、勝った、と、高笑いする梨子りこを前に、桜花おうかは余裕の笑みを返した。

 「ふん。いままで一度も勝てていないくせになにを言っているの。なにをもってこようと返り討ちよ」

 「あのなあ」と、冬也とうやがうんざりしたように口をはさむ。

 「忘れるなよ。これはれっきとした仕事だ。お前たちが張り合うための場所じゃないんだからな」

 桜花おうかは大学卒業後、幼馴染みである梨子りこ冬也とうやのふたりと一緒にベンチャー企業『トリオ』を立ちあげた。ひとつ年上の冬也とうやを社長に、梨子りこは製品開発、桜花おうかがその耐久及び性能テスト。そして、社長である冬也とうやが営業・販売を兼ねるという分担。しかし――。

 会社を立ちあげてから二年。利益はいまだに一円もない。せっかく開発した製品を桜花おうかが『耐久テスト』の名の下にことごとく破壊してしまうからだ。おかげで、稼ぐどころか開発費がかさむばかり。完全に赤字経営である。

 「とくに桜花おうか。お前はもっと仕事だってことを理解しろ『普通に使う分にはだいじょうぶ』っていうレベルでいいのに、いつもいつもムキになってムチャクチャなテストをして壊しやがって。それじゃいつまでたっても製品販売なんて出来ないぞ」

 「なにを言うの、冬也とうや。わたしたちのような名もない新進企業が売り込みを成功させるためには非常識なまでに強力なセールスポイントが必要よ。そのセールスポイントこそ『どんなに非常識な使い方をしても大丈夫!』というものでしょう。そのために、わたしはテストを繰り返すのよ」

 「壊すことそのものを目的としているとしか思えないぞ」

 溜め息交じりにそう言う冬也とうやに対し、梨子りこが自信満々に言った。

 「安心なさい、冬也とうやさん。今回こそはどんなテストをしようと壊すことなど出来ません。なにしろ、今回の作はわたくしが全身全霊を込めて作りあげた『どんな寒さにも絶対に壊れないファンヒーター』なのですから」

 そう言って『おーっほっほっほっほっ!』と、高笑いする梨子りこだった。

 「言うわね、梨子りこ。『どんな寒さにも』ね。二言はないわね?」

 「当然でしょう。今回ばかりは破壊マニアのあなたにもどうすることも出来ないわ。あきらめて、わたくしの前にひれ伏しなさい!」

 「なら、試してあげるわ。吠え面をかきなさい!」

 桜花おうかは言うなり『どんな寒さにも絶対に壊れないファンヒーター』を冷凍室に放り込んだ。

 「まずはレベル1、摂氏零度!」

 「レベル2、マイナス10℃!」

 「レベル3、マイナス20℃!」

 桜花おうかはどんどん冷凍室の温度をさげていく。しかし、『どんな寒さにも絶対に壊れないファンヒーター』は余裕で稼働しつづける。

 「おーほっほっほっほっ! ぬるい、ぬるいですわ! その程度の甘っちょろい寒さで、わたくしが全身全霊を込めた傑作、『どんな寒さにも絶対に壊れないファンヒーター』は壊れたりしませんわよ!」

 開発者である梨子りこの高笑いが響き渡る。

 「ならば、これはどう! レベル4、最強寒波!」

 それは、予想される最強寒波と同じ気温。しかし、『どんな寒さにも絶対に壊れないファンヒーター』は動じない。余裕で稼働している。

 「見なさい! 最強寒波すら敵にあらず! 『どんな寒さにも負けないで使える暖かさ』、このキャッチコピーに偽りはなくてよ! 今度こそ、わたくしの勝利よ!」

 「まだまだ! これならどう。レベル5、史上最低温度マイナス89.2℃!」

 それは、かつて地球上で観測された最も低い気温。しかし――。

 その過酷な寒さにもかかわらず、梨子りこ渾身の傑作『どんな寒さにも絶対に壊れないファンヒーター』は耐え抜き、稼働しつづけていた。

 梨子りこの高笑いが響く。

 「おーほっほっほっほっ! いかが、参ったでしょう! あなたが観測史上最低温度を試すことぐらい承知の上! そのために、火星開発にも使えるレベルで耐久性をもたせたのです! 地球上の冷気ごときで壊れるものですかっ!」

 梨子りこの高笑いに社長の冬也とうやもホッと一息ついた。

 「観測史上最低温度でも壊れない。それなら確かに『どんな寒さにも負けないで使える暖かさ』と言っていいな。これならやっとトリオ社製の製品を販売できる……」

 しかし――。

 社長である冬也とうやの願いも空しく、挑戦を退けることに燃える桜花おうかは最後の手段を取り出した。

 「レベルMAX! 絶対零度ぉっ!」

 「ちょっとまていっ!」

 あまりと言えばあまりな仕打ちに梨子りこ冬也とうやが同時に叫ぶ。

 あらゆる分子の動きすらも静止させる絶対零度。さしもの『どんな寒さにも絶対に壊れないファンヒーター』もその冷気には耐えきれず、ついに停止した。桜花おうかの高笑いが響く。

 「見なさいっ! ついに活動を停止したわ! これでは『どんな寒さにも負けないで使える暖かさ』とは言えない! 看板に偽りありよ!」

 「あほですか、あなたはっ!」

 怒りに満ちた梨子りこの叫びが響く。

 「そんなの、ヒーターの使い方ではないでしょう! 絶対零度なんて、寒さとかそう言うレベルじゃないじゃありませんかっ!」

 「『どんな寒さにも』と言ったのはあんたでしょ。二言はないと言ったのは嘘だったの?」

 「そ、それは……」

 はあああっ、と、冬也とうやは深いふかい溜め息をついた。

 「……もういい。桜花おうか。社長室まで来い」

 冬也とうや桜花おうかを社長室まで呼び出した。『社長室』と言っても、貸しビルの一角をついたてで区切っただけの小さな空間だが。

 その小さな空間で冬也とうやは、溜め息交じりに幼馴染みに向かって言った。

 「なあ、お前、バカなのか? ただのバカか? 才人を通り越しておかしくなってるのか? せっかくの商品を片っ端から壊してまわるなんてどうかしてるぞ。幼馴染みと思っていままで耐えてきたが、さすがに限界だ。これ以上、付き合えない。お前はクビだ」

 「クビ? 理不尽ね。わたしはただ性能テスト担当として必要なことをしているだけよ」

 「やり過ぎもいいとこだろうが! なにがどうなったら絶対零度なんて状況が出来上がるんだ⁉」

 「決まっているでしょう。悪の秘密結社による世界征服計画よ!」

 「なっ……⁉」

 「想像してみなさい。ある日突然、悪の秘密結社が現れ、絶対零度発生器を使って世界を氷地獄に閉じ込め、その機に世界を征服しようとすることを。その企みに対抗するためには絶対零度でも壊れないヒーターが必要よ」

 「そ、それは心躍る……じゃなくて! 悪の秘密結社とか現実にあり得ないだろ!」

 「あり得るわよ」

 「な、なんだ、その自信満々な物言いは」

 「わたしが作るからよ」

 「なっ……⁉」

 「クビになれば、わたしは収入を失う。仕方がないから絶対零度発生器を使って世界を恐喝する。そのとき、あんな柔なヒーターでは太刀打ちできないわよ。それでもいいの?」

 「お、お前は……」

 「冬也とうや。あなた、昔からニチアサヒーローオタクだったわね」

 「な、なんだ、急に……」

 「知ってるわよ。いまだに日曜朝はテレビの前にかじりついてノリノリで主題歌を歌っていることもね」

 「な、ななな……」

 「そして、子供向け雑誌を手に入れるために、いもしない姪っ子や甥っ子を作りあげ、プレゼント用と言い訳しながら買っている」

 「な、ななななな、なんでそれを……」

 「そんなあなたに提案。わたしのクビを取りさげればとびきりのシチュエーションを提供するわ」

 「な、なに……?」

 桜花おうかの説明を聞いた後――。

 冬也とうやの目がキラリと光った。

 「いいだろう。クビは取りさげだ。かわりに、部署を移動する」


 「ふははははっ! コキュートスよりの使者、冷凍魔人参上! この世のすべてを氷漬けにしてくれよう!」

 「おーほっほっほっほっ! 悪の美女幹部、ミス・レイトーも参上ですわ。わたくしのキスで皆さん、骨まで凍らせてさしあげます!」

 「そうはさせない!」

 「むっ、きさまは……」

 「愛と正義のけっこう格好美女戦士、ヒーター仮面参上! ヒーター仮面がいる限り、この世に悪は栄えないっ!」

 「おおっ、ヒーター仮面!」

 冷凍魔人の放つ冷気の前に手も足も出なかった警官たちが一斉に歓喜の声をあげる。

 いつの頃からか世界には悪の化身、冷凍魔人とその配下、悪の幹部ミス・レイトー、そして、正義の味方ヒーター仮面が現れ、激しい戦いを繰り広げるようにようになっていた。顔を隠す仮面と手袋、そして、ブーツ。それ以外はすべて素っ裸(の、若い女性!)というけっこうな格好の正義の味方の登場に警官たちはやんやの大喝采である。

 「ふっ、愚か者め。いつもいつもそのような寒々しい格好で現れおって」

 「今日こそ、この暖かいコートを着させてあげますわっ!」

 「ヒーター仮面に寒さなどない! 愚かなのはお前たちよ」

 「おのれ、ちょこざいなっ! やってしまえ、ミス・レイトー!」

 「食らいなさい、ヒーター仮面! 絶対冷凍波!」

 「なんの! トリオ社製『どんな冷気にも絶対に壊れないファンヒーター・アルティメット』、キャッチコピーは『どんな寒さにも負けないで使える暖かさ』!」

 ミス・レイトーの放つ絶対零度と、『どんな冷気にも絶対に壊れないファンヒーター・アルティメット』の放つ熱波とかぶつかり合い、その場にすさまじい嵐が生まれる。ヒーター仮面はその嵐に乗って空高くジャンプする。

 「ヒーターがあれば裸でもあったか! 必殺・すっぱだかキッーク!」

 「ぬおおっ!」

 ヒーター仮面の鋭い蹴りが冷凍魔人とミス・レイトーの胸を撃ち抜く。

 「くううぅ、ヒーター仮面。よくもよくも、わたくしたちの邪魔を……」

 「おのれ、ヒーター仮面。今回はこれで引いてやる。だが、冷凍魔人に負けはない。次こそは必ずやきさまを倒してくれるぞ!」

 「覚えてらっしゃい!」

 「おおっ! 冷凍魔人とミス・レイトーが逃げていくぞ」

 「ヒーター仮面の勝利だ!」

 「さすが、ヒーター仮面! あなたこそ真の英雄だ」

 口々に褒め称える警官隊を前にヒーター仮面は言う。

 「いいえ。本当の英雄はわたしではありません。このトリオ社製『どんな冷気にも絶対に壊れないファンヒーター・アルティメット』です。このトリオ社製『どんな冷気にも絶対に負けないファンヒーター・アルティメット』は『どんな寒さにも負けないで使える暖かさ』を保証します。このトリオ社製『どんな寒さにも絶対に壊れないファンヒーター・アルティメット』さえあれば、冷凍魔人など怖れるにたりません。さらなる侵略に備え、一家に一台、トリオ社製『どんな冷気にも絶対に壊れないファンヒーター・アルティメット』を!」

 「うおおおっ!、一台、くれえっ!」

 「おれにも一台!」


 どこの誰かは知らないけれど、ファンヒーターを売っている。

 ヒーター仮面の姉さんは正義の味方よ、いい人よ。

 熱波のように現れて、

 たっぷり売って、去って行く。

 ヒーター仮面は誰でしょお〜。

                  完

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