毎日小説No.17 目指せ最強音ゲーマー!!

五月雨前線

1話完結

 俺の名前は音宮遊斗。大学2年生だ。


 冴えない容姿、冴えない学業成績。そんな根暗で陰キャな俺には、唯一無二の武器が一つだけある。


 それは、音ゲーだ。


 俺は国内トップクラスの音ゲーマーだ。自称ではない。実際に音ゲーの全国大会で上位にランクインする腕前を持っているのだ。


 音ゲーって何? という人のために超簡単に説明すると、音楽のリズムや音色に合わせて楽しむゲームのことだ。ゲームセンターに置いてある太鼓のゲームを思い浮かべていただければ、理解は容易いだろう。


 話を元に戻して、俺は音ゲーで国内トップクラスの実力を有している。しかし俺は最近、それでは物足りなくなってきた。トップクラス、では駄目なのだ。トップにならなければ意味が無いのだ。俺は日本一の最強の音ゲーマーに必ずなる。そう心に決め、毎日ゲーセンに入り浸って音ゲーの鍛錬を続けているのだ。


***

 そして迎えた、音ゲーの全国大会。扱うゲームは、液晶ディスプレイのタッチパネルに流れてくる様々なエフェクトをリズムよくタッチする、というシンプルなゲーム性で多くの人間に愛されている定番の音ゲーだ。


 課題曲が発表され、その直後に対戦が始まる。俺は順調に勝ち上がっていき、ベスト4まで順調に駒を進めた。


 ベスト4まで勝ち進んだことに対しての喜びは全くなかった。去年もベスト4には進出したのだ。去年の自分を超えなければならない。俺は自分を奮い立たせ、そしてステージに上がった。


 対戦相手は『トリテ』という名前の強敵だ。この音ゲーがサービスを開始した10数年前から実況動画を投稿し、数多の超絶プレイを動画に収めて人気を博している最強格のプレイヤーだ。前回の大会では惜しくも準優勝に終わったものの、前々回は見事優勝している。


 今や人気Youtuberとしての地位を確立しているトリテには王者の風格が漂っている。しかし、俺だって努力を重ねてきたのだ。負けられない。


 トリテと俺は同時にゲーム機の前に立ち、両手を構える。審判の合図でゲームがスタートすると、とんでもない量のエフェクトがとんでもない速さで流れてきた。


 日本一を決める大会の課題曲ということもあって、難易度は勿論最難関だ。常人では到底追いつけない速度に必死にくらいつき、タイミングよくエフェクトをタッチしてコンボを重ねていく。


 俺は、持ちうる力を全て発揮し、全身全霊で最後までプレーした。結果は、ミスが僅かに2つ。自己ベストの成績だった。


 しかし。


『勝者はトリテぇぇぇ!!! この状況でフルコンボをやってのけましたぁぁ!!!』


 司会の芸人の騒がしい声が会場内に響いた瞬間、俺はその場に崩れ落ちた。


 負けた。


 あの曲をフルコンボ? そんな、馬鹿な。人間業じゃない。


 悔し涙を流す俺を見てトリテは嘲笑を浮かべ、そして立ち去っていった。お前なんて足元にも及ばない、と言われた気がして俺は叫んだ。泣き叫んだ。自分の弱さが不甲斐なかった。


***

 準決勝で敗退してから1週間が経った。敗北のショックは消えておらず、かといってゲーセンに向かう気力すら湧かず、ずっと家でゴロゴロしていた。


 そんな中、SNSでエゴサーチをしていると、興味深いツイートが目に入った。


『音ゲー全国大会の覇者トリテ、最強の秘訣を語る』


 あのトリテへのインタビュー記事のようだ。何気なく画面をタップし、記事に目を通す。記事の中でトリテは、『リズム感が何よりも大事』と語っていた。


『音ゲーなんだからリズム感が大事。そんなことは当たり前だって思いますよね。でも、その考え方が抜けてしまっているプレーヤーが非常に多い。練習を積んでテクニックが向上してくると、ついついリズム感への意識が疎かになってしまいます。


 あ、えっと、その言い方には語弊がありますね。確かにトッププレイヤーのリズム感は優れています。しかし、そこまでなんです。優れている止まりなんですよね。僕からすればリズム感は2段階あって、皆が1段階目をマスターする中で、僕だけ追加で2段階目のリズム感も操ってプレイする感覚ですね。だから他のプレイヤーよりも良い成績が出せるんだと思います。


 2段階目のリズム感とは何か……うーん、言語化が難しいな。強いて言えば、音ゲーへの感覚とはまた別に、体の奥底にメトロノームが埋まっている感覚、と言えるでしょうか? どんなに音ゲーに意識を集中させていても、それとは別に体の奥底ではメトロノームが正確無比なリズムを刻んでいるんです。それがさらにリズムを正確にさせるんですよね。


 それは誰でも会得できるものなのか、ですか? うーん、別に自分が特別だと自慢するつもりは毛頭無いんですが、一般人が会得するのは不可能だと思います。というのも僕、ピアノを15年やっていたんですよ。親がかなり厳しく指導してくれたお陰で、ピアノのコンクールで優勝したこともあります。ピアノの猛練習、そして音ゲーの猛練習。この2つの要素が組み合わさったからこそ、奇跡的に2段階目のリズム感が身についたのだと思っています』


 記事を読んだ俺は、思わず溜め息をついた。これがトリテの強さの秘訣? 2段階目のリズム感……? 意味が分からない。分からないが、トリテが別次元の存在であることを改めて思い知らされた。こんな奴に勝てるわけがない。諦めよーっと。


 ……なんて簡単に諦められるわけがない。俺は記事を何度も読み返し、やがて1つの結論に辿り着いた。確かに、トリテの2段階目のリズム感とやらを会得するのは不可能だろう。しかし、それに近いレベルに強制的に持っていくことは可能なはずだ。俺は覚悟を決め、知り合いに電話をかけた。


***

「もうすぐ患者が運ばれてきます!」

「患者の情報を教えて」

「音宮遊斗、大学2年生。 自宅で血まみれになっているところを住民が通報したようです」

「それで? そいつは何で血まみれになったの? これからどういう手術をすればいいわけ?」

「心臓にメトロノームを埋め込もうとして、失敗したようです」

「……ごめん、もう一回言って」

「心臓にメトロノームを埋め込もうとして、失敗したようです」

「は?」

「怒らないでくださいよ」

「何それ? 馬鹿にしてるの?」

「してません。とにかくそう報告されているんです。音ゲーの大会で優勝するためにメトロノームを心臓に埋め込む必要があった、知り合いの闇医者に手術してもらおうとしたが騙されて金を奪われ、一文無しになった挙句家にある道具で手術しようとして失敗、今に至るようです」

「…………」

「患者が来ました!」

「……こんな奴の手術なんてしたくない」

「そう言わないでくださいよ。ほら、開胸手術をして、欠損した心臓を修復しますよ!」

「はあ……。あれ、てかメトロノームずっと動いてるじゃん。なんかずっと心臓刺激してるし、これじゃ手術なんて出来ないよ」

「そんな馬鹿な……あ、本当だ」

「もうこのまま放置でよくない?」

「……ですね」


 こうして、有名な音ゲープレイヤーが一人、この世を去った。その死因や経緯について、親族は恥ずかしさのあまり誰にも口外していないという。


                           完


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