例え、万人に理解されなくても
図書館へ続く中庭は、いつも誰かが忙しなく通過している。だからこそ、誰一人として中庭を通らないラッキー過ぎる偶然の巡り合わせも、私の本音を発するための後押しに思えてくる。
「安心して、私から言うことは何もない」
「……」
どうやら本音の後押しをされたのは、私に限った話ではなかったらしい。先ほどの悲壮感はどこへやら。実にあっさりとした声色といつもと変わらぬスタンスで語り続ける矢野ちゃんに心の底からホッとする。それは在るが儘の姿が無条件で受け入れられたように感じることも多大な影響を与えているだろう。
「そもそも、他人が口出しすることほど無粋なこともないと思っているしね」
「矢野ちゃん……」
私の恋愛観に対する一定の理解を示す発言を返してもらい、矢野ちゃんに真っ正面から真剣勝負を挑んで良かったとつくづく思う。真っ正直な矢野ちゃんだからこそ、伝えてみたいと思ったのも本当のこと。賢くて聡明な矢野ちゃんだからこそ、伝えてみたいと欲が出たことも本当のこと。
だけど、まさか矢野ちゃん自身もこんなにこじれた感情を持ち合わせているなんて、続く言葉を聞くまで、露ほどにも思っていなかった。
「それに、坂下ちゃんの気持ちが全く分からないわけでもないし」
「え? それって……」
類は友を呼ぶという言葉は知っている。
だけど、こういう面だけは共鳴したくないと切に願う。それは自分で自分の思考が厄介なものだと理解しているからでもあり、また同時に大切な友には深みにハマって欲しくないと願うからに他ならない。現に本音を語る際にも、私は《納得》なんて一切求めていなかった。初めから《理解》だけを求めていた。それは《納得》するまで突き詰めた挙句、底なし沼のようなエグい深みにハマって欲しくないと思っていたからこそ、要らぬ苦労を背負わせたくないと思っているからこその考えだった。……にも関わらず、まさかの急転直下の種明かしがスタートしていく。
「あはは、私も恋愛に憧れは持てないからねえ。相手ガン無視の気持ちの押し付け合いほど、見苦しいものもまたないと思っているし」
矢野ちゃんの場合、男子生徒のみならず女子生徒にも大勢のファンがいる。それ故に皆に囲まれがちの矢野ちゃんを独り占めしたいと願う者同士、醜い争いを繰り広げる状況は桁違いに多い。矢野ちゃんにとっては、とばっちりも甚だしい状況と言えるだろう。
とはいえ、矢野ちゃんを巡る熱き争いという事実がある以上、矢野ちゃんの出る幕がなかったとしても、無関係よろしく平常心で過ごすことが難しいことは察するに余りある。加えて、矢野ちゃんは優しく気遣い屋な特質を持ち合わせている。ならば尚のこと、計り知れないくらい激しい心労もあるだろう。
「……矢野ちゃんも心底苦労していたんだねえ」
私に対する縋るような問い掛けも、悲壮感を漂わせた雰囲気も、全て矢野ちゃん自身が恋愛に絶望していたからこそ、せめて私には恋愛に対する純粋な夢を見て欲しいと願うが故のフォローであるという事実に気付いたならば、最早取り繕う必要なんて何一つないだろう。それはどうやら矢野ちゃんも同じ気持ちのようで……。
「さすがに坂下ちゃんほどではないと思っているんだけどねえ」
クスッと軽やかに、そしてふわりと笑みをこぼす矢野ちゃんが纏う華やかさに酔いしれそうになりながら、彼女の魅力を今一度じっくり考えてしまう。
確かに、人を惹きつけてやまない魅力を持っていることは、大変素晴らしい美点になることだろう。だが時として、その美点が周囲を明るく照らし過ぎるが故に見たくもない真実を浮き彫りにすることさえある。
実際、矢野ちゃんに纏わる不毛な争いの根源が、恋心からか憧れからか見分けることは困難だろう。とは言え、問題点はそこではない。問題があるとするならば、相手への気持ちを無視した一方的な好意の暴走が日常茶飯事で生じていることに尽きるだろう。
そして、その状況を間近に見続けていれば、好意と類似カテゴリーに属する恋愛に対して気持ちが冷めたとしても、何一つ不思議なことではないはずだ。
私より遥かに選り取り見取りの立場にいる矢野ちゃんが、恋愛に絶望している現実は本当に嘆かわしいことだと思っている。だけど、選り取り見取りの立場にいる矢野ちゃんだからこそハッキリと見えてしまうセカイが、矢野ちゃんの心を抉っているのなら……。幸せのカケラは、実に平等な形で人々の間を巡っていると思わずにはいられないだろう。
だからと言って、矢野ちゃんは自分のことを不幸だとは思っていないはずだ。それは、一番近くで思いを共有した私自身がそう感じているからこそ、自信を持って言い切れる。
人によっては、独り善がりで傲慢な考え方だと思う人もいるだろう。だがそれは他人と心の底から思いを共鳴させたことがない者が、迷いなく断言することが出来るほど深く他人と共鳴する感覚や感情を知らないために批判していると思っている。だからこそ、私は自分の感覚を一番大切にしたい。そして、そう思っているからこそ、恋愛に絶望している矢野ちゃん自身も、失恋ありきの逆走ロマンスに陥っている自分自身も不幸とは到底思えなかった。
花の女子高生が世間一般の恋愛論から逸脱しかけている現状も、共鳴相手が一人見つかるだけで可能性は無限に広がってゆく。その化学変化の予兆を目撃して、ワクワクせずにいることなんて不可能だろう。
恐らく他人の一方的な行為の押し付けを目の当たりにしなければ、知り得ることさえなかっただろう。だが、知らなければ幸せだったとは到底思えない。だって、それは世の中に溢れる真理の一つに過ぎないと気付いたから。
もしも、ここで偶然うまく回避することが出来たとしても、またいつかどこかで同じ壁にぶつかる時が来ることも確信している。だからこそ、結婚のような重大な局面で失敗する前に気付けた事実に安堵はしても、要らぬ事実を知るキッカケとなる巡り合わせばかり遭遇する状況に対して悲観する気持ちは一切なかった。
知らずに突っ走る人生もまた楽しいだろう。だけど、知らなくてもいい事実を知って回避する策を研究する人生もまた有りだと思っている。そう思えば、要らぬ事実を知るキッカケを引き当てる人生もまた乙なものに思えてくるかもしれない。
好意に対して一歩冷めている私たちだからこそ感じるシンパシー。いつかは失恋ありきの逆走ロマンスで満足していた私のことを二人一緒になって笑う未来が訪れたりするのだろうか。
悔しいけれど、今はまだ未来の影も形も見えなくて、想像さえ付かない。だけど、そんな未来を夢見て、心待ちにすることだって悪くはないだろう。
矢野ちゃんと語り合ったことによって、そんなことを柄にもなく感じ始めるくらい私にとって大きな意義が確かにあった五月の放課後。晴れ渡る清々しい空とリンクする爽やかな風が人生の更なる深みの幕開けを予感させ、私の胸を大きく高鳴らせ続けていた。
【Fin.】
逆走シンデレラ @r_417
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