迷宮の中庭でお茶会を
「でもでも……っ。もしも、もしもさ。一ノ瀬が坂下ちゃんのことを好きになったら、どうなるの? 失恋ありきとか言っても、好意を抱いている相手である一ノ瀬から好かれるならば、付き合いに繋がる可能性だってゼロとは言い切れないんじゃないのかな?」
縋るように尋ねてくる矢野ちゃんの声が若干震えている。その声を聞いて、全てを斬り捨てる言葉を吐くことに戸惑う気持ちを持ち合わせている私にも一欠片の情が残っているのだろうか。だとしたら、まだまだ私も捨てたものじゃないかもしれない。
……と、一瞬そんなことを過ぎったところで、バッサリ斬り捨てる予定をそのまま遂行する私は、やはり可愛げのカケラもない女としか言えないだろう。
「あー……、やっぱりゼロだねえ。というか、その可能性は全くない。一ノ瀬くんが私を好きになるなんて、地球上の人間が私たち二人だけになったとしても有り得ない。まぁ、だからこそ、一ノ瀬くんを好きになったんだけど」
「でもでもっ、絶対なんて言い切れないことが恋愛の醍醐味じゃないの?」
まるで一縷の望みに託すかのような声を絞り出し、矢野ちゃんは尚も食らいつく。気付けば矢野ちゃんの表情には悲壮感まで漂い始めている。
「……」
そんな矢野ちゃんに対して、一欠片の可能性という名の『夢』を語ることは容易いことだろう。あくまでも夢は夢であり、実現しなくても一切その責を負うこともない。ある意味、約束より遥かに軽く語ることが出来る内容とさえ言えるだろう。
とはいえ、自分の本音を真っ正面から逃げずに伝えるという意味合いの『真っ正面からの真剣勝負』を矢野ちゃんに挑んだのだ。自分から挑んだ以上、軽々しく本音から逸脱する『夢』を嘯くことだけは、どうしてもしたくなかった。
「確かに、矢野ちゃんの発言も一理あるかもね」
「……! だったら!」
「でも、もし万が一にでも、一ノ瀬くんが私に恋心を抱いたとしたら、私は一ノ瀬くんのことを嫌いになるだろうねえ」
一旦、矢野ちゃんの言葉を受け止めた後に語る内容のエグさは自覚している。それでも事実を矢野ちゃんに伝えて、ようやく今回の勝負が付くのだ。ここで放棄しては悔いだけが一生残るだろう。
色恋沙汰を明け透けに語ることが出来るタイプの人ならいざ知らず、ノリと勢いがないと語れない私にまたいつか矢野ちゃんを捕まえて語る『またいつか』が実現する可能性なんて限りなく低い。そのことを自分自身が一番良く理解しているからこそ、逃げずに踏ん張り続けてみる。
「…………」
核心に触れる内容を聞いた矢野ちゃんは、いったいどう思っているのだろうか。
あまりにも極端な考え方だと、ただただドン引きしているだろうか?
それとも、自分で恋の可能性を封じ込めるなんて、バカみたいだと呆れているのだろうか?
ずっと黙り続けている矢野ちゃんの本心は未だ分からない。だけど、矢野ちゃんに真っ正面からの真剣勝負を挑んだことに対する後悔は一切なかった。
そもそも恋愛に夢も希望も持てない私にとって、誠実に素直な気持ちを述べることが、唯一無二の切り札であると思っている。だからこそ、素直な気持ちを矢野ちゃんへ伝える道を今も、そしてこれからもチョイスし続ける。
「そもそも、名前も知らない間柄で告白されてばかりいて、恋愛に幻滅しない方がおかしくない? 私が相手の名前を知っていないことさえ、気付いていないんだよ? いったい私の何を見て、どこを『好き』と言ってくれているのか、懐疑的になっても当然と思わない?」
「…………坂下ちゃん、さぁ。こじらせすぎじゃない?」
長い長い沈黙の後、矢野ちゃんがボソッと呟く。その言葉尻だけを取ってしまえば、酷く辛辣に聞こえる人もいるだろう。だけど、矢野ちゃんの発した言葉は私にとって、とても痛快なものだった。きっとそれは、額面通りの意味以上に私を肯定するかのように響いたからに他ならないだろう。
「うん、自覚はあるよ」
満面の笑みを浮かべてあっけらかんと返す言葉を受けて、矢野ちゃんも負けじと最高の笑顔とノリで応えてくれる。そのテンションでの受け答えだけで、全ての答えをもらった気がした。
「自覚あるのかーいっ!」
ハリセン代わりに自らの腕で軽くチョップを入れてくる矢野ちゃん。そんな矢野ちゃんから逃げ惑う私……。誰一人通過しない図書館へ続く中庭で、誰に気兼ねすることもなく、はしゃぐ頃には二人の間に流れる不穏な空気は跡形もなく消えていた。
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