第31話 Its my life

「そっち二匹行きました!」

「りょうかい!」


 天然水を飲んで休憩を挟んだ俺たち一行は、出くわす頻度の増えた魔獣をざっくざっく薙ぎ倒して進軍している最中、なのだが。


「いや鹿じゃないんかい」

「なんのことですか!?」


 池のほとりで聞いた話から出現するのは鹿魔獣かなと身構えていたのだが、次に現れたのは犬の魔獣だった。一見すると魔獣なのかただのデカい野犬なのか判別が難しいが、その生気の無い黄色に変色した眼を見れば一目瞭然であった。


「ベルハウンドだ。噛まれないように!」

「毒でもあるんですか」

「―いや、ばっちいんだ」


 咬まれたら病気になるぞ、という言葉を残してディアも狩りに参加する。そう言われると、口蓋からダラダラとこぼれる涎が見るに堪えないほど汚らしく見えてきた。

 俺は顔をしかめながら、逆手のナイフをベルハウンドに見せつける。途端、元気いっぱいに吠えていた犬が唸りながら後ずさる。


「逃がさん」


 背走し始めた魔獣よりも速い一歩目が犬の前脚近くに着弾する。その速さに身体をビクつかせたベルハウンドが混乱のまま咬みつこうと向けた牙が到達するよりも先に、首筋へナイフが突き刺さる。痙攣するように跳ねた身体から一瞬で生気というものが抜けていく。断末魔も無く死んだせいか、ディアやミリアを相手にしているベルバウンドには気付かれていない。


「遊撃させてもらうか」


 そう呟いて、背後から各個撃破させてもらった。「hell地獄」でもない、「Bell呼び鈴」程度の犬に用は無い。


――


「そっち二体行きました!」

「さっきも聞いたそれ!」


 助数詞の違いしかない台詞にそう返しつつ、さっさとナイフを構えて敵の到着を待つ。今度こそ鹿か?鹿なのかい。どっちなんだい!


「猪か」

「パワー!」

「は?」


 ディアの呟きに俺が意味不明の言葉で叫び返すと冷めた言葉が返ってきた。俺は殊更強く地面を蹴ると、こちらに猛スピードで突進してきた猪魔獣とすれ違い様、死線にナイフを沿わせて分断した。二つの肉の塊と化したモノが慣性の法則に従って前のめりに転げ落ちる。


「むぅんっ!」


 残った一体はディアが片手上段からの一撃を食らわせて突進を止めていた。細い身体に似合わずパワフルである。筋肉と体積の関係を無視していないだろうか。

 間髪入れずにもう片方の剣が大きな頭を斜めに裂く。防ぐ術の無い猪など格好の的だったが、己にはそれしかないと解っているのか傷つきながらも再度突貫を試みた矢先、魔獣の頭蓋に右手の剣が深々と突き刺さる。荒い鼻息を吐きながら、魔獣はやがて絶命した。


「単体撃墜が可能な面子で構成されていると、狩りがスムーズで助かります」

「こいつもですが、高度索敵とハイレベルな戦闘力を併せ持つミリアさんも大概ですね」

「剛柔兼ね備えたディアさんもですよ。期待の星ホープと伝えられましたが、数年後にはエースだと思います」


 忖度無いであろうミリアの言葉に、ディアは苦笑を返した。


「どうでしょう。隊には一人化け物がおりますし」

「ああ。……そう言えば彼とディアさんは歳も近いですか?」

「おかげで私は目立ちませんね。味方である以上は大変頼もしいですが」


 誰の事だろう。化け物と言えばセントロさんが思い浮かぶが、間違いなく別の人物だろうし。


「今は街にいないんでしたっけ」

「はい。別の領地に駆り出されてます。近くの森で大型魔獣が出たという話。は、聞いているようですね」

「彼はディアさんと違って剛に全振りですけど、一点特化型の完成型の一つでしょう。それに最近大型の魔獣の発見が相次いでるので、殊更重宝されそうですね」


 ごりごり体育会系野郎が俺の頭に浮かぶ。初対面で「ヤー!」とか言ってくるかもしれない。そうしたら笑わない自信はない。


「なにニヤニヤしてんですか?」

「いえなにも」


 女性二名から不審そうな目で見られたので、言葉少なに返すにとどめた。


 ミリアの号令で、一度持ち物と装備品をチェックする。

 携行食と水の残量を確認し、武器の刃こぼれを検め、靴底の隙間に詰まった泥をこそぎ取る。各自それが終わると顔を突き合わせて陣形と有事時のすり合わせを行った。


 ミリアと共に空を仰ぐ。

 新緑のドームからまだらに漏れる光が、太陽が南中まで昇ったことを示している。


「明るい内に調査を進めたいですね」


 ここらはもう、魔人の目撃現場のすぐそばだった。


「夜は魔人の領域テリトリーなので」


 見上げていた視線を戻すと、森のとばりに一層濃い闇が広がっていた。

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