機械人間の国
雨蛙
機械人間の国
見渡す限り緑も何も無い荒野の中、一台の車が唯一存在する一本の道を走っていた。
「父さん、今向かっている国ってどんなところ?」
「そうだなぁ。前の国で聞いた話だと、すごく技術が発達したところらしい。見たことも無い機械が、たくさんあるらしいぞ」
「へぇぇ、楽しみだね!」
車に乗っていたのは、一組の親子だった。
運転をしている父親と助手席に乗った小さな男の子。
親子は次の国がどんなところか、美味しい料理はあるか、綺麗な景色はあるか、そんなたわいもない話をしながら車を走らせた。
「お、見えたぞ」
程なくして、城壁が見え始めた。
国をぐるりと円形状に囲んでいる、石の城壁だ。
車が進む道の先には、国に出入りするための城門があった。
「ん? 誰も居ないぞ」
「ほんとだ、兵士さんたちがいない」
親子が車のまま城門に入っても、誰も出てこなかった。
一般的な国では、城門には入出国を管理する事務員や、見張りの兵士が大抵いる。
もしいない場合、よくあるのは――
「まさか、この国はもう滅んで……」
『コンニチハ!』
「うわっ!?」
突如響いた音声に、親子は跳び上がって驚いた。
『旅ノ方デスネ! 入国ノ目的ハ何デスカ?』
「この筒みたいなものから声がしているのか……ええっと、入国の目的は観光と商売です。3日間の滞在を希望します」
『承知シマシタ! 我ガ国デノ観光ヲオ楽シミ下サイ!』
「うおっ!? 扉が勝手に開いた!?」
「すごいすごい! 魔法みたい!」
親子が入国すると、そこには見たことも無い景色が広がっていた。
「何だあの車……運転席に誰も居ないのにハンドルが勝手に動いてるぞ!」
「あそこにある箱、ボタン押すと自動で缶詰が出てる!」
「みんなが持ってるあの薄い板は何だ? 指でなぞっているみたいだが何をしているんだ?」
「あそこにある箱は、中に人がいっぱい入ってる! どうなってるんだろう!」
親子の目に、見たこともない機械が次々と飛び込んできた。
親子は今までたくさんの国を訪れてきたが、そのどこでも見たこともないものが、この国にはたくさんあった。
「おや、もしかして旅人さんかい? ようこそ、我が国へ!」
「あ、ああ、どうも。すごいですねこの国。見たこともない機械が、たくさんあります」
「はっはっは、そうでしょうそうでしょう! 我が国の技術力は、どんな国にも負けないと自負してますからね! そう言えば、旅人さん、宿はもうお決まりですか?」
「いえ、入国したばかりなので、まだです」
「ほうほう、良ければ紹介しますよ! ご希望はありますか? 場所とか料理とかどんな希望でも大丈夫ですよ!」
「それなら……私は商店が近い場所が良いですね。お前はどうだい?」
「僕、おいしいお肉が食べられるとこが良い!」
「なるほどなるほど!」
親子が要望を伝えると、話しかけてきた男が先ほど見かけた薄い板を取り出して、それに向かって話し始めた。
「『商店が集中した地域にある肉料理が美味しい宿はどこ?』」
『条件ニ該当スル宿ガ見ツカリマシタ。ソコマデノルートヲ表示シマス』
「お、ここがオススメみたいですよ!」
そう言って、男は薄い板を親子たちに見せるように向けた。
「これ、この町の地図ですか? この赤い線が宿までの道筋……すごいですね、何ですかこの板は?」
「これは『万能通信機』です。これ1つで通信から道案内、調べ物から写真撮影まで何でもできる優れものなんですよ。ささっ、宿まで案内しましょう」
親子は、男の後を着いていって宿まで向かった。
道中、あの『万能通信機』とやらが『次ノ角ヲ左デス』とか『ソノ道ヲ200メートル直進デス』とか案内をサポートしていた。
宿に着くと、親子たちをさらに驚かせるものが現れた。
「ヨウコソオ越シ下サイマシタ!」
「き、機械が喋ってる!?」
親子の前に現れたのは、人の形をした機械だった。
綺麗な服を着て、まるで人のようにお辞儀をした。
動揺する父親に、後ろから来たきちんとした身なりで淑女然とした老婆が話しかけてきた。
「ん? あなた方は今日入国したという旅人でしょうか?」
「え、ええ、そうです……あの、これは何ですか?」
「『人工知能』が搭載された『ロボット』ですよ。初めてお目にしましたか?」
「『じんこうちのう』……? 『ろぼっと』……?」
男の子が聞いたことの無い単語に、首をかしげる。
「『人工知能』というのは、人間の脳の仕組みを機械で再現したものです。機械が人間のように話したり考えたりできるんですよ。反対に『ロボット』は、人間の体を再現した機械です。人間のように歩いたり、物を持ったりできるんですよ。この2つを組み合わせることで、本物の人間のように活動する機械を作り上げることができるんです」
「は、はあ……なる、ほど?」
老婆が説明してくれたが、父親はいまいち理解できていないようだった。
「ふふ、まあ細かいことは分からなくても大丈夫ですよ。要は、機械でできた人間みたいなものです。だから我々は、これらのことを『機械人間』と呼んでいるんです。それで旅人さん、良ければ一緒に食事でもどうでしょうか? 私がこの国について教えてあげましょう。代わりに、旅の話でも聞かせていただけますか?」
「ああ、喜んで。食事代はこちらで持ちます」
「ふふ、大丈夫ですよ。何せ我が国は、どの施設も無料で利用できますからね」
「無料……? タダで料理が食べられると言うんですか!?」
「ええ、そうです。野菜や肉を育てるのも、料理を作るのも全て機械人間がやってくれますからね。そこら辺も、お話しましょうか」
そう言って、親子は老婆に連れられてレストランへと入った。
提供される料理は、どれも手の込んだものでとても美味しかった。
さらには、明らかに高級そうなワインも振る舞われた。
本当にタダなのか、父親が何度も確認するあまり、老婆からは笑われてしまった。
男の子も、大好きなハンバーグをお腹いっぱい食べられたことでご満悦だった。
そうして、腹を満たした旅人の親子は老婆と別れ、宿泊する部屋へと案内してもらった。
案内された部屋は、これまた豪華な部屋で旅人の男は面食らった。
案内してくれた機械人形に確認すると、宿泊代もタダらしい。何とも豪勢の良いことだ。
「ふぅ……驚きの連続で疲れたな……今日は、もう休んでしまおうか」
父親が振り返ると、男の子はすでにベッドの上に丸まって、くぅくぅと寝息を立てていた。 父親は男の子に布団をしっかり掛けてあげると、自分も支度を済ませて寝床に入った。
翌日、旅人親子は商売と道具の調達のために、外へ出た。
遠くの国で手に入れた香辛料や宝石を持って店に入ると、機械人間が出迎えてくれた。
機械に商売の交渉ができるのか、父親は不安に思っていたが、それは杞憂だった。
機械人間は、こちらの交渉に柔軟に応じ、やり手の商人を思わせるほど会話上手だった。
父親が持ち込んだ商品は全て、予定より多少低く買い叩かれてしまった。
「機械人間恐るべし、だな……」
「本当にロボットさんが人の仕事をしてるんだね」
「ああ、昨日のおばさんの話によると、人間の仕事は全部機械人間が代わりにやってくれるらしい」
「じゃあ、この国の人たちは、いつも何してるの?」
「毎日、娯楽にふけっている――あー毎日遊んでばっかりいるそうだ」
「えぇ~いいなぁ。僕もそんな暮らしがしたぁーい」
「はは、残念ながらこの国は移住を認めていないから無理だな」
ぶうぶうと文句を言う男の子をなだめながら、父親は今度は道具の調達へと向かった。
道具は昨日のレストランと同じく、大抵の物が無料で手に入った。
どれも品質が良く、普通に買えばそれなりに金がかかる物でも、どれも無料だった。
さらに驚いたのは、道具の修理だった。
父親がほつれた服の修繕と、狩りに使う銃器やナイフの修理をお願いしようと店に入ると、中にはベルトコンベアがあった。
そこに、治して欲しい服や武器を置くとコンベアが回って店の中へと回収された。
待つこと数分、コンベアが再び回ってくると、先ほど置いた道具たちが、まるで新品同然の状態で手元へと戻ってきた。
「至れり尽くせりだな……」
道具の調達を終えた親子が大通りを歩いていると、道の端に機械人間と若い男が椅子に座っていた。彼らの前には、立てかけられたキャンバスと、何種類もの絵の具が置かれていた。
「おっ! あんた、昨日来た旅人さんだろ? 良かったら、絵を描かせてくれないか?」
「お絵かき? うん、良いよ!」
「あ、こら。すみません、お願いしても大丈夫ですか?」
「はい、むしろ描かせてください! 旅の記念に」
そう言うと、若者は機械人間の背を指で叩き始めた。
カタカタと叩き終わると、機械人間が筆を持ち、独りでに絵を描き始めた。
「わ、すごい!」
機械人間はよどみなく手を動かし続けた。
やがて十分もしないうちに、旅人親子を模写した鮮やかな絵が出来上がった。
「はいどうぞ、ぼうや」
「わぁ、すごい! 上手だね!」
「はは、俺の絵をそんなに気に入ってくれたのなら嬉しいよ」
「……え? 絵を描いたのは、こっちのロボットさんでお兄さんじゃないよ?」
「何を言っているんだ、こいつに絵を描くように指示を出したのは俺。だから、この絵は俺が描いたもんなのさ」
「でも――」
「――いやぁ、素敵な絵をありがとうございます! しかし、上手ですねえ。あなたが機械人間に絵を教えたんですか?」
「いいや、俺じゃないよ。先人たちが描いてくれた絵を参考にしてるのさ。俺自身は絵なんて描けないしね」
「え? あなたご自身は、絵を描かれないのですか?」
「当たり前だろ? だって絵は、こいつさえあれば描けるんだから。何で、わざわざ自分で描く必要があるんだよ」
「そう、ですか……絵を描いていただき、ありがとうございました」
父親はどこか釈然としない気持ちを抱えたまま、絵描きの若者と別れた。
その後、昼食に立ち寄ったレストランで、旅人親子はそこで食事をしていた国民たちに、「ぜひ、旅の話を聞かせてくれ」と囲まれた。
食事と会話を一通り楽しんだ後、父親は近くにいた男に尋ねた。
「すみません、ここから1番近い国まで、どのぐらいの距離がありますか?」
「ん? ちょっと待ってな。おいそこの、『この国から一番近い国まで、どれくらい距離がある?』」
『コノ国ニ一番近イノハ、〇〇国デス。距離ハ、オヨソ1800kmデス』
男が給仕をしていた機械人間に話しかけると、すぐに答えを教えてくれた。
「1800kmなら、1日10時間、時速60kmで走れば、大体3日で着きますね」
「はは、旅人さんそんなこと自分で計算しなくても、こいつに聞けばいいんですよ。おい、『その国まで、1日10時間、時速60kmの車で走れば何日で着く?』」
『ソノ条件ノ場合、オヨソ3日デ到着シマス』
「ほらね?」
男は自慢げな表情を見せた。
翌日、つまりは入国してから3日目の朝、宿で出国の準備を進めている旅人親子のもとに、1人の老人が訪れた。
老人は偏屈そうな表情を浮かべていた。
「旅人さん方、良ければ、出国前にこの老体の話を聞いてくれまいか?」
「? ええ、構いませんよ。特に急いでいませんし」
そう言うと、老人は旅人親子を自分の家へと招待した。
途中、自動で運転してくれる不思議な自動車に乗って、老人の家へと向かった。
老人は茶を用意してテーブルに着くと、藪から棒に親子に問いかけた。
「旅人さん方、あなた方はこの国を見てどう思った?」
「仕事をロボットさんが代わりにやってて、人間は遊んでていいからうらやましい!」
「技術がとても発展していて、とても良い国だと思います。ただ、何でもかんでも機械にやらせているのが少し気になりました」
「気になる、というのは?」
「ええと、何と言ったらいいか……本来娯楽であるはずの絵画まで機械に描かせたり、移動にかかる日数の簡単な計算まで機械に頼ったり、そんなところまで機械に頼らなくてもいいんじゃないかと思いました」
「……なるほどな」
老人は父親の言葉に満足したのか、それを噛みしめるように押し黙った。
しばらくして、老人は重々しく口を開いた。
「儂はな、この国が何でもかんでも機械人間にやらせるようになってから、てんでダメになったと思っておる」
「……ダメになった、とは具体的にどんな風にですか?」
「この国の人間は、機械人間を使うようになってから、新しく何かを学んだり覚えたりしなくなった。どんどん馬鹿になっていった。国の地理は覚えられない、足し算引き算ができない、料理ができない、裁縫ができない、できなくなることがどんどん増えていった。機械人間がいなきゃ、何もできない馬鹿が増えていってしまった! 一度、娘に『その程度のことは覚えておけ!』と叱ったら、『機械人間が全部覚えていてくれるのに、何で私が覚えておく必要があるの』と逆に怒られてしまったわい……」
老人は自嘲の笑みを浮かべながら、話し続けた。
「挙げ句の果てには、絵画や小説といった娯楽ですら機械人間がするようになっちまった。旅人さん、あなたはさっき『技術がとても発展した良い国だ』って言ったな。ああ、確かに技術『は』進歩したさ。反対に、それを使う人間がどんどん退化していったがな」
「………………」
「……すまんね、老人のつまらん愚痴を聞かせてしまった。だけど、旅人さん方、これだけは覚えておいてくれ。便利な道具は生活を豊かにするが、それに依存しきると人間はどんどん馬鹿になる。そうならないためにも、学び、知識を得ることが重要なんじゃ。『知識は力なり』じゃ」
「……ご忠告、ありがとうございます」
「坊や、小難しい話をしてすまんかったね。坊やはいっぱい学ぶんだよ。学んだ知識は、いつか必ず坊やを助けてくれるから」
老人が、男の子の頭を優しくなでる。
男の子は、この時老人の言葉を理解できては居なかったが、彼が言ったことはずっと頭に残っていた。
あれから十数年後、父親と旅をしていた小さな男の子は、立派な青年になっていた。
父親は故郷で隠居し、青年は一人で旅をするようになった。
青年は今、バイクにまたがって荒野を駆けていた。
荒野の先にあるのは、かつて青年が子どもだった頃に訪れた『機械人間の国』。
子どもの頃の思い出を振り返り、ワクワクとした気持ちでハンドルをひねる。
バイクの速度が上がると、やがて城壁が見え始めた。
そして、青年が入国のための城門に近づくと、ある異変に気がついた。
「門が壊れてる……?」
本来施錠されているはずの門は、鍵がかかっておらず、長年の風雨で朽ちたであろう門扉が蝶番にぶら下がっていた。
かつて入国手続きで話しかけた筒状の機械は、所々が錆びており、ウンともスンとも言わなかった。
「一体何が……」
青年は申し訳ないと思いながらも、門扉をくぐって勝手に入国した。
適当にバイクを走らせて、周辺を探索する。
建物や道路は朽ち果てており、今にも崩れそうだったり、ツタがびっしり生えていたりした。
国の中に人の気配はまるで無く、鳥の鳴き声とバイクのエンジン音だけが響いていた。
そして、青年は決定的な物を見つけてしまった。
試しに入ってみた朽ちた民家の中で、野ざらしになっているいくつかの白骨死体を。
それを見て、青年は確信した。
「この国は滅んでしまったのか……」
しかし、その理由までは分からない。子どもの頃に見たときは、高い技術力のある国だった。簡単に滅ぶとは思えない。
青年は何故滅んでしまったのか、その理由が何となく知りたくなり、何かヒントになる物は無いかとバイクを走らせて周囲を探索した。
しかし、いくら周りを見渡しても、無秩序に育った植物と崩れかけの廃墟しか見えなかった。
「…………ん?」
そろそろ諦めようかと思った頃、青年は自分のバイクの物とは違うエンジン音を耳にした。
青年は、慌ててその音がする方へとハンドルを切った。
そこにあったのは、大きなトラックとその荷台に何かを積み込んでいる中年の男だった。
「すみません! 少し良いですか?」
「あん? 何だ兄ちゃん、同業者には見えねえが……」
「俺は旅人です。あなたは、ここで何を?」
「俺ぁ、ここにあるガラクタを集めてんのさ。ここから、車で3日くらいかかる所に俺の住んでる国があってな。そこで売るんだよ」
そう言って男が荷台を開けて見せてくれた物は、青年にも見覚えがあった。
「それは、機械人間……?」
「ん? 何だ兄ちゃん、もしかして、この国に来たことがあるのか?」
「はい、子どもの頃、父と一緒に……この国は、なぜ滅んでしまったんですか?」
「……兄ちゃんは、この国のやつらが、何でもこのガラクタにやらせていたのは知っているか?」
「ええ、知ってます」
「なら話は早え。この国が滅んじまったのはな、この機械人間が1つ残らずぶっ壊れちまったからだ」
男は近くにあった機械人間の残骸を掴むと、青年に見えるようにプラプラと揺らし、トラックの荷台へと放り込んだ。
「壊れた……? 1つ残らずですか?」
「ああ、詳しくは分からねえが、うちの国の技術者が言うには、こいつらの中に人間で言うところの病気みたいな物が発生したらしい。それが伝染病みてえに広がって、全部お陀仏だとよ」
「はぁ……でも、それって機械が壊れただけですよね? それなら直したり、また作ったりすれば良かったんじゃないですか?」
「はは、普通はそう思うよな。でも、できなかったんだよ。この国の奴らは、機械人間を作ったり直したりするのも機械人間にやらせていたのさ。だから、こいつらを直したり作ったりできる人間なんて、だーれもいなかったのさ」
そう言うと、男は愉快そうに笑った。
しかし、青年にはまだ疑問が残っていた。
「……それでも、壊れたのは機械人間だけで、人間には何もなかったんですよね? なら、他の国がそうしているみたいに、普通に仕事をする生活に戻れば良かったんじゃないですか?」
「さっき言ったろ? この国の奴らは、ありとあらゆる事をこのガラクタにやらせてたんだ。仕事のやり方を知っている奴なんて居やしなかったのさ。もしかしたら、『仕事』って言葉自体、知らなかったのかもな」
「そんな馬鹿な……それじゃあ……」
「ああ、あんたの想像通りさ。この国の奴らは、このガラクタが無きゃ何もできない。野菜を育てることも、車を運転することも、病気を治療することも何1つな。だから、機械人間が全部ぶっ壊れたとき、この国の奴らは何もできなくなった。それで滅んだのさ。餓死したのか、食料を巡って争って死んだのか、そこら辺は知らんがな」
「………………教えていただき、ありがとうございます」
この国が滅んだ理由を聞き、青年は絶句した。
しかし、目の前の男と話していて、1つだけ気になったことがあった。
「……すみません、最後に1つ教えてください」
「おう、俺に分かることならな」
「あなた、昔この国に住んでいましたよね? それもこの国が滅亡する寸前まで」
「……………………どうしてそう思う?」
男は機械人間を回収する手を止めて、青年の方をゆっくりと振り返った。
「あなたの口ぶりが、まるで当時を見てきたようだったからです。だからカマを掛けてみたのですが、その反応を見るに当たっているみたいですね」
「だっはっは! なるほどなぁ、まんまと引っかかっちまったってぇわけだ!」
男は、腹を抱えて笑った。
青年は、それを無視して静かに質問を続けた。
「あなたは何故、生き残れたのですか?」
「簡単な話だ。俺はな、バイクの運転ができたんだよ。だから、機械人間がぶっ壊れて、国が荒れ始めたときに、『この国はもうヤバい!』って思ってバイクで飛び出して、今居る国に移住したってわけだ」
「どうやってバイクの乗り方を覚えたんですか? この国には車しか無かったかと思いますが……」
「機械人間に命令して作らせて、乗り方も教えてもらったのさ。俺ぁ、自分でバイクに乗って風を切るのが好きでなあ。まぁ、周りの奴らは俺のことを『わざわざ危険なことをしてる馬鹿』だの『進んで無駄なことをする気狂い』だの散々に言われたがな! だが、実際どうだ? 国の危機に生き残ったのは、バイクの知識を持っていた俺だけだ! まさに『知識は力なり』ってやつだな!」
「その言葉……!」
男が最後に言った言葉に、青年がピクリと反応する。
「ん? ああ、この国で俺のことを唯一馬鹿にしなかったじいさんの言葉だな。もし、あのじいさんに会ってなかったら、俺もあの時おっ死んじまってたかもなぁ。兄ちゃん、もしかしてじいさんに会ったのか?」
「……はい、出国前に話をして、その言葉を教えて貰いました」
「ほう、なら俺と兄ちゃんは同じ教えを授けられた生徒ってわけだな! 兄ちゃんも旅人なら、旅先で色んな知識を蓄えな! 意外なところでそれに救われるかも知んねえぞ、俺みたいにな!」
男は大声で笑いながら、トラックの荷台の扉をバンと閉めた。
話している内に、機械人間の回収が終わったらしい。
トラックの運転席に乗り込み、エンジンをかけると、男は窓から顔を出して青年に声をかけた。
「じゃあな兄ちゃん! もし俺の国に寄ることがあったら、中央通りにある俺のバイク屋まで来てくれ! 安くメンテしてやるぜ!」
そう言ってトラックは発進し、後には青年がポツリと一人だけ取り残された。
「俺も出発するか……」
青年はバイクのスタンドを外し、エンジンをかけて走っていった。
瓦礫に埋もれた壊れた機械人間たちだけが、それを見送った。
その日の夕方、青年は森の中で野営をすることにした。
火を起こし、薪をくべながら、旅の相棒であるバイクを見やる。
自分はバイクの運転方法は分かるが、メンテナンスの知識は無い。
もしこいつが旅の途中で壊れてしまえば、自分に為す術はない。それこそ、あの『機械人間の国』の人たちみたいに、途中で野垂れ死んでしまうかもしれない。
「『知識は力なり』、か……。あの人の国に行って、バイクのメンテナンス方法でも教えてもらうか」
静かな森の中、薪の爆ぜる音が響いた。
機械人間の国 雨蛙 @nata-dedeco
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