毎日小説No.16 先延ばし男
五月雨前線
1話完結
僕の名前は先田延男。小学6年生の元気いっぱいな男の子だ。
この前学校で、自分の長所と短所を発表する時間があった。出番が回ってきた僕は、「長所は足が早くて勉強が出来ること! 短所はない!」と言った。
僕は真面目に答えたのに、クラスメイトからは爆笑され、先生には「短所がないわけないでしょ! 真面目に考えなさい!」と叱られてしまった。
短所がないわけない、ってことは僕に短所があるってこと?
うーん……僕の短所って何だろう。よく分からないや。この後お気に入りのアニメの放送を観るから、短所についてはまた後で考えよう。
***
俺の名前は先田延男。野球に打ち込む高校3年生だ。
適当に進学を決めた中学、そこから適当に進学したこの高校。しかしこの高校に入って本当によかった、と俺はつくづく思う。野球部の仲間と絆を深められたし、彼女を作ることも出来た。部活で青春、恋愛でも青春。まさに順風満帆なスクールライフといえよう。
しかし、最近はどこかつまらない。何故なら、3年生になったことで本格的に進路について考える必要に迫られたからだ。うちの野球部は地方大会で早々に敗退して甲子園出場を逃し、3年生は引退。進学を志す学生は勉強に励み、就職する学生は就職活動に精を出している。
当の俺はというと、進学するか就職するか決めあぐねていた。というか、正直どっちでもよかったのだ。大学に入ってキャンパスライフを謳歌するのも魅力的だし、高卒でバリバリ働くのも面白そうだ。
結局、俺は大学へ進学することに決めた。担任に「大卒の方が生涯年収が高いぞ」と言われたことに加え、彼女に「一緒に受験勉強頑張ろうよ」と懇願されたことが決め手だった。そこに俺の意思はなく、完全に他人の言動に流されてしまったわけだが、別によかった。生涯年収が高いならそれに越したことはないし、彼女と同じ大学に進学出来るなら万々歳だ。
彼女は有名な私立大学を志望しており、俺もそこを目指すことにした。その大学は名の知れた大学で偏差値が高く、「今の成績じゃ厳しいぞ」と担任にストレートに言われた。じゃあ勉強して学力を上げればいい、と俺は楽観的に考えていた。
しかし、俺は受験勉強を舐めていた。元々野球漬けの日々を過ごしていたし、授業を真面目に聞いてなかったから成績はすこぶる悪かった。焦って勉強を始めたものの全く頭に入らず、時間だけが無為に過ぎていった。
勉強は苦しいものだ。面白くないし、辛いし。野球やゲームをしていた方がずっと楽しいじゃないか。そう思った俺は勉強をサボるようになった。当然、彼女は俺に白い目を向けてきた。同じ大学を目指すんじゃなかったの、と詰め寄られ、俺はそこで言葉を濁した。「勿論だ、死ぬ気で勉強頑張るよ」と宣言するのがどこか億劫だったのだ。
そのことが影響で彼女との仲が険悪になり、結局彼女とは別れた。その後、一応何校か受験したものの、結果は散々だった。浪人してまで勉強する意欲がなかった俺は、無名の私立大学に入学した。その大学は所謂「Fランク」に分類される大学だったが、俺にとってはどうでもよかった。取り敢えず大学に入ったら3年間遊びまくって、4年生になったら就活のことを考えよう。そうだ、そうしよう。
***
私の名前は先田延男。商社で働くサラリーマンです。
なんとか就職にこぎつけたこの会社で働き始めてから8年が経ちました。この会社の雰囲気は自分に合っていて、ストレスなく仕事が出来ています。いや、ストレスがなさすぎる、というべきでしょうか。最近の仕事は退屈というか単調というか、はっきりいって死ぬほどつまらないです。
数ヶ月前、大学時代の友人から誘いを受けました。新しい会社を一緒に起業しないか、という魅力的な提案でした。しかし私は、起業に際しての手続きの多さが気になり、興味はあるけどめんどくさいなぁと思っていました。
返事を数週間放置したところ、その友人から「何で返事を返してくれなかったんだ。他の人と組んで起業することにしたよ」という旨のメールが送られてきました。
どうせ企業なんて上手くいかなかっただろう、と私は自分を納得させました。それは、いつも物事を先延ばしにして機を逸する自分を正当化するための愚かな行為でした。
昼休みに入り、スマホの画面を見たところで私はショックを受けました。行きたいと思っていた映画の企画展が昨日で終了していたことに気付いたのです。いつか行こう、いつか行こう、と思いつつ、結局足を運びませんでした。
ああ、そういえば、今度妻と食事をするレストランの予約を取らなければ。あれ、今度の企画書提出し終わったっけ? あ、やべ、健康診断の予約とってない……。
ああやることが多すぎてめんどくさい。ちょっと休憩……。
今すぐやればいいのに、という理性の叫びを無視し、私はスマホゲームに興じるのでした。
***
儂の名前は先田延男。もうすぐ寿命を迎える老いぼれだ。
最近では体が殆ど動かせなくなり、介護センターのベッドの上でただ呼吸を繰り返す日々が続いていた。
死期が近いことを悟った儂は、今までの人生を振り返ってみることにした。既に消失し始めている記憶を辿っていると、儂のしわしわの頬に一筋の涙が伝った。
儂、やるべきことをずっと先延ばしにしてるじゃん。
自分の短所に目を向けることも、進路を真剣に考えることも、キャリア形成に真面目に取り組むこともしてこなかった。自分のやりたいことすらも先延ばしにし、行きたい場所にも行かなかった。受動的に生きてきた。ぬるま湯に浸かり続けてきた。そのせいで高校時代彼女と別れ、社会人時代には妻と離婚した。
何故彼女は、そして妻は儂と別れたのか。今なら分かる。儂は全てにおいて適当な先延ばし人間だったからだ。愛を育むことすら先延ばしにする男に、一体誰が魅力を感じようか? あと少しで死期を迎える身になってそのことに気付くとは、なんとも皮肉なものだ。
「……やり直したい……」
無意識の内に掠れた声が漏れ出た。
何で。何でずっと先延ばしにしてきたんだろう。悔しい。悔しすぎる。一から全てやり直したい……。無念の情に駆られながら泣き続けた儂は、最終的に泣き疲れて眠りの世界へと落ちていった。
***
それの名前は……ない。
かつてそれには、先田延男という名前がつけられていたらしいよ、今や有機物ですらないそれを人間の呼称で呼ぶのはあまりにも違和感があるけどね。
それは今、ゆらめくエネルギー体として宇宙空間を漂っている。ゆらゆら、ゆらゆら。時折光を放つから見ていて全然飽きないよ。
え? 何の話をしているのかって?
勿論、地球が消滅した後の宇宙空間についての話に決まってるじゃないか。隕石が地球に衝突した瞬間はど派手で凄かったな〜。
え? 先田延男という名前のくだりは何だったのか、って? 何だって聞かれても、あのエネルギー体は先田延男だって話。その人、生きていた時からずっと物事を先延ばしにする性格で、その結果神様に死ぬことすら先延ばしにされちゃったらしいんだ。神様も面白いことするよね〜。
死ぬことを先延ばしにされた先田は、今もああやって宇宙空間を浮遊してるってわけ。肉体はとうの昔に消滅して、今は魂のエネルギーだけが残っている感じだね。多分300万年近くああやって漂ってるんじゃない? いつまでああしてるのかなぁ。まあどうでもいいけど。
え、僕? 僕は太陽だよ。以後よろしく!
完
毎日小説No.16 先延ばし男 五月雨前線 @am3160
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