第4話 狂魔法科学者令嬢の婚約破棄劇(後編)
「嘘でしょ……。これだけ急いできたのに、一歩遅かっただなんて!」
レイノルドからあの婚約破棄劇の真実を聞かされた私は、それからすぐに行動を開始した。
私を守るために殿下がしてくださったことを聞いておきながら――そしてその果てに殿下が自分の命を捨てようとしているということを聞いておきながら、遠い安全な地で自分一人だけがのうのうと日常生活を送っていることなんか出来なかったのだ。
殿下がいる場所はすぐに把握できた。
彼は魔獣を封じようとしているのだから、魔獣がいる場所が彼のいる場所である。
そして魔獣がいる場所には人的にも物的にも様々な被害が出てしまうわけだから、その被害の跡をたどっていけば必然的に魔獣のいる場所にたどりつけるというわけなのだ。
しかし急いでやってきたというのに、私が見たのは殿下が今まさに魔獣に自分の身を食らわせたという瞬間で――。
「いや、まだよ。まだ諦めちゃ駄目!」
だって、少なくとも今目の前にいる彼はまだ生きている。
どんな賢者にも死者を復活させることは出来ないけれど、瀕死でも生きているならばまだ何とか出来る可能性はないわけではないはずだから……。
「前世の私も、すぐに死んだわけではなかった。誰かに抱きかかえられたような感覚があったことは覚えているし、それに死ぬ直前には……なんだかひどく凶暴な気分になって、そうしてその気持ちが最高潮になったあたりで死んだのだったと思うわ」
……まるで自分が魔獣にでもなったかのような、ひどく凶暴な気分になってから。
「……待って、自分が魔獣になったような気分? それって一体どういうことなのかしら。まさか、本当にその一瞬だけは自分が魔獣と同化していたなんてこと……ある?」
でも、もう時間がない。あまり深く考察している時間はない。
殿下の瞳から理知の光が消え、まるで魔獣のようにぎらりと獰猛な輝きを宿したように見えたから……。
だから私はもう、この考えに賭けるしかないんだ!
「その一瞬だけでも魔獣と同化しているというのなら、魔獣を封じた殿下ごと従属させることができるんじゃない? 聖女様が契約をして、精霊を自分に従えさせたように……! だから、この仮説を実験してみよう! レイノルドさんからもらった、この魔法紙を使って!」
実はここに来る前に聖女が使っていた魔法紙をわけてもらい、そこに魔獣封印魔法の踊りのステップで描かれる図形を描いておいた。
その紙を自分の左手の甲に載せ、同時に小刀でわずかに傷をつけた右手の指先を紙に触れさせて叫ぶ。
「お願い。――魔獣よ、我に従属せよ!」
その瞬間、ぱっと眩い光の線が私と殿下の間を繋いだ。
……かと思ったらその光はあっという間に消え去り、そして同じく姿を消した魔法紙から移った魔法陣が私の左手の甲に刻まれていたのだった。
「もしかして……成功した!?」
はっと殿下を見ると――先ほどまでの獰猛な輝きが瞳の中から消え、いつも通りの穏やかな表情をしているように見える。
「なんだかピナの言うことを何でも聞きたいような気分だな。まあ、今に始まったことではないのかもしれないが……」
「ほ、本当に殿下を私に従属させてしまったかもしれないわ! 今は生死がかかっていたからやむを得ないけれど、王族が臣民に従うだなんてこれはこれで大問題だわね! 殿下、すぐに研究を始めて早急にこの契約を断ち切る手段を解明できるようにいたします!!」
「いや、俺は別に今のままでも構わないぞ?」
「何をおっしゃっているんですか! 絶対ダメですよ!」
やいのやいのと、私たちは言い合いを交わす。
私は自分の研究が彼を救うという形で一つの結実をみたことを喜びながら――そして目の前に広がる平穏な光景を心から喜びながらも、どうやら次なる重大な研究課題を背負ってしまったようだとぐっと心を引き締めたのだった。
狂魔法科学者令嬢は婚約破棄されて初めてあなたの底なしの愛を知りました 桜香えるる @OukaEruru
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます