第7話
王国騎士団が用意した馬車は、先ほどまで乗っていたボロ馬車とは比べ物にならないくらいに快適な乗り心地だった。
ニケはこんな上等な馬車に乗ったことがないとはしゃぎ、ロニは逆に汚さないように細心の注意を払って縮こまっていた。
「ロニ、ロニ! 見て見て! 綺麗な色の鳥が飛んでるよ!」
「ニケ様、危ないからイスの上に立たないでください! あの鳥は綺麗かもしれませんが、凶暴なモンスターなんですよ」
「そうなの? あんなに綺麗だから、お友達になりたいなって思ってたんだけど」
「とんでもない! あの鳥は、口が大きく上下に開くんです。ニケ様なんて、一飲みですよ、一飲み!」
すでにニケのぬいぐるみではなく保護者になりつつあるロニが、必死に彼女を椅子に座らせようとする。対面に座るミレリーは声だけでも十分楽しそうで、ニコニコと微笑んでいた。
ミレリーの隣では、渋い表情のフレックが眉根を寄せながら足元を睨みつけていた。
リズレットの言ったとおり、馬車はあの後すぐに王国騎士団に停められ、彼女が一人で降りていった。そこでどんな話し合いがもたれたのかは分からないが、フレックたちはさほど時間を空けずに騎士たちに助け出され、彼らが用意した馬車に移された。
そのさい、御者と思しき人物ともう一人、ロニが言うには悪い人たちの一番偉い人の二人が顔面蒼白のまま固まっていたのが見えた。
果たして、リズレットがどんな言葉で彼らを言い含めたのか、ずっと考えているのだが全く分からなかった。
王国騎士団の馬車に乗っている以上、リズレットがシュナウザー家の人間だと認められたことは想像に難くない。しかし彼女は、馬鹿正直にリズレットを名乗ったわけではないだろう。まさかシュナウザー家の使用人の一言でフレックたちが解放されたわけでもないだろう。いくらシュナウザー公爵家の者とは言え、ただの使用人が乗っていたくらいで悪人たちがあんな顔をするとは思えない。
なんとか自分の力で手掛かりだけでも得ようと考えたのだが、いくら頭を捻ってもそれらしい案は浮かんでこない。
フレックは深いため息をつくと、勢いよく背もたれに体重を預けた。先ほどまでの馬車とは違い、ふわりとした感触が優しく頭を包み込んでくれる。
「リズレット様、降参です。あいつらになんて言ったのか、教えてくれませんか?」
「良いわよ。ところで、フレック君はどこまで分かってるの?」
「リズレット様が自身の名前を出さなかったことと、使用人だとは言わなかったのだろうと言うことくらいですね。でも、シュナウザー家の人間だと認めさせたんですよね?」
「えぇ、これがあるからね」
リズレットはそう言うと、腰に巻かれたコルセットの中から、シュナウザー家の家紋がついた指輪を取り出した。交差する二本のエニナの花の中央に大きな羽を広げた蝶の家紋が描かれたそれは、シュナウザー家の血筋の者以外は手にすることができない特別な指輪だった。
「リズレット様の妹……は、無理ですよね」
「そうね。でも、リズレットの妹でなくても、七歳の子供がシュナウザー家の一員になることは出来るわ」
悪戯っぽい笑顔に、フレックの脳裏にある仮説が浮かんだ。
「……もしかして……いや、でも……リズレット様の五歳年上と言うことは、二十二歳ですよね。そこから七年……」
「凄いわフレック、正解よ! そうよ、ランスロットの娘のマリーナだって名乗ったわ」
「いや、無理がありますよねそれ! だって、七年も表に出なかっただなんて……」
「七年前と言えば、ランスロット兄様は十五歳。王立学校に行っていたころでしょう? そんな時に子供が出来たなんて、外には出せない話だわ。貴族って、こういう後ろ暗い秘密がたくさんあるから、それらしいことを言っていれば信じてもらえるのよ。それに、私にはシュナウザー家の指輪があったからね」
「ランスロット様、すごい風評被害受けませんか、それ?」
「大丈夫よ、たぶん、きっと。お兄様ならなんとかしてくれるって、信じてるから」
風評被害を流した張本人がそんなことを言ってもと頭を抱えるフレックだったが、リズレットはこれで良かったのだと満足していた。
今までは、シュナウザー家の者として七歳の姿で外に出ることは出来なかった。町民の姿を借り、こっそりと立ち回るしかなかったのだが、今回の事件でランスロットの娘マリーナと言う姿を手に入れた。これで大手を振ってシュナウザー家の名を名乗ることができる。
(シュナウザーの名前が使えれば、魔女の調査がしやすくなるわ。きっと最終的にはお兄様も納得してくれるはず。それに、心強い仲間も手に入れた)
王国騎士団でさえ苦戦している魔女の行方を、果たしてリズレットが追うことが出来るのかは分からない。しかし、この子たちとなら魔女のもとにたどり着けるだろうという確信があった。
リズレットと王子たちにかけられた
十三番目の魔女を呼ぶ 佐倉有栖 @Iris_diana
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