第6話

 魔女は王家に子供が生まれると、祝福を授けにやってくる。綺麗な髪になるように、将来にわたって食べ物に困ることがないようになどのちょっとしたおまじない程度のものから、モンスターの接近を知らせる能力、魔獣から視認されなくなる力など特殊なものまである。

 王家以外の貴族のもとにも魔女が祝福を授けに来ることがあるのだが、めったにないことだった。ここ数十年で見ても、王族以外で祝福を受けたのはリズレットだけだ。


 十九年前に王家に双子の王子ロベルトとバルタザールが生まれた日も魔女たちは祝福を授けにやってきたのだが、十二人いた魔女のうちの一人が兄のロベルトに“年に一度しか起きない”祝福呪いを授けた。およそ祝福とは言えない呪いに周囲が動揺する中で、魔女はバルタザールに近づくと“聖なる人格と悪しき人格を分ける”祝福呪いを授けた。

 それがどんな祝福呪いなのか分からないうちに魔女は姿を消し、後にはスヤスヤと眠る双子の王子が残された。

 祝福呪いの影響は、翌日から現れた。どんなにゆすっても、ロベルトは眠ったまま起きなかったのだ。一度魔女が授けた祝福は、魔女本人が死なない限りは効力を発揮し続ける。

 魔女を討伐する部隊を即座に編成した王家だったが、生まれたばかりの王子を国民にお披露目する儀が迫ってきていた。

 王は苦悩の末、バルタザールを第一王子、ロベルトを第二王子として国民に披露した。無事に魔女の祝福呪いを打ち破った暁には、ロベルトを第一王子に戻すという約束の下で。


 魔女の討伐は困難を極め、足取りすらつかめない状況が続いた。もしもこのままロベルトの祝福呪いが解けないままなら、バルタザールを第一王子としてゆくゆくは王位をつがせるしかないという結論を出したころ、神獣が神からの言伝を持って王家に姿を現した。

 神獣は高らかに、神はバルタザールが王位に就くことを望んでいないと宣言した。もしもバルタザールがロベルトを差し置いて王位に就くことがあれば、王国は崩壊すると予言した。

 それからしばらくして、魔女がバルタザールに授けた祝福呪いの力が発揮されることとなった。日頃は天使のように優しいバルタザールが突然、厨房から刃物を持ちだすと誰彼構わず切りつけ始めたのだ。

 聖なる人格と悪しき人格が入れ替わるタイミングには一貫性がなく、対処のしようがなかった。王家は、いつどんなタイミングで切り替わるとも知れないバルタザールの人格に戦々恐々とし、第三子の誕生を心待ちにしていた。


 第三王子イグナシオが生まれる少し前に、二人の王子に祝福呪いを授けた魔女がとしてリズレットのもとを訪れた。このチャンスを逃してはならないと、王家は魔女の行方を血眼になって探したのだが、手薄になった王城に魔女は侵入した。

 生まれたばかりのイグナシオに“十五を過ぎると一日しか記憶が持たない”祝福呪いを授けた。現在その祝福呪いの通り、イグナシオは翌日になると前日に起きたことを忘れてしまっている。彼の最後の記憶は、十五歳の誕生日の日だ。



 祝福呪いは、魔女が死なない限り解けない。

 魔女を殺すためには、魔女の正式な名前を呼ばなくてはいけない。


「私は、魔女の祝福呪いを破るために、魔女の正式な名前が知りたいの。今まで正攻法で試しても、魔女の尻尾すらつかめなかった。でも、もしかしたら……あなたたちと一緒なら、魔女を呼ぶ殺すことができるかもしれない。十二人の魔女から受けた祝福が、あなたたちを手繰り寄せたと思っているから。だから、奴隷市場に誰一人として行かせたくない。出来ることなら、私の下で働いてほしい」


 ガタガタと、馬車が揺れる。突然の申し出に困惑する中で、いち早くニケが手を挙げた。


「ニケの……あたしの力が、リズレット様のお役に立てるなら、お手伝いしたい。お腹が空いて倒れそうだった時に、シュナウザー家のご飯を食べて生き残れたんだもん。そのご恩を返さないと」

「そうね。私たちも、リズレット様がいなければアンリおばさんやお孫さんを誤解したままになっていたかもしれない。間違った道に進まないように助言してくださったリズレット様のお役に立ちたいわ」


 リズレット様の話に嘘はないからと付け足し、フレックも姉の意見に同調する。


「姉さんが決めたなら、俺はついて行くだけだ。それで、ロニはどうするんだ?」

「ぼ……僕は……でも、僕はニケ様みたいに瞬間記憶もないし、ミレリー様みたいに特別な目もないし、フレック様のように賢くもないし……」

「ロニの人生だから、俺が決めるべきでないのは分かってるけど、どこぞの貴族に買われるよりは、リズレット様の下で働いたほうが良いとは思うぞ」

「でも僕、本当に取柄がなくて……」

「取柄なんて、自分でわかるもんでもないだろ。そんなこと言ったら、俺だって別に賢くはない。姉さんの付属品程度に思われてるのは分かってる」


 違うと否定しかけたリズレットだったが、フレックが目だけでそれを制する。どうやら、彼にはなにか考えがあるようだった。


「なら、お前だって付属品で良いじゃないか。ニケの付属品。どうやらお前の耳と尻尾をいたく気に入ってるみたいだから、特別な才能のあるニケのぬいぐるみ代わりに雇おうとしてるんだと思えば良い」

「ぬいぐるみ……」

「ニケ、ぬいぐるみ大好きだよ! 孤児院では猫ちゃんとかワンちゃんのぬいぐるみがいっぱいあってね、特にウサギさんのぬいぐるみが大好きだったんだ!」

「……そこはオオカミか犬のぬいぐるみにしとけよ」


 フレックが呆れた顔で突っ込みを入れるのを見て、ロニの口元に笑みが浮かぶ。上下に揺れる尻尾が、リズレットの申し出に対する答えを雄弁に語っていた。


「しかしリズレット様、この場をどうやって切り抜けるおつもりですか?」

「助けは呼んではいるんだけど……」


 首に下がっている紐を引き上げ、胸元から石を取り出す。艶々と光沢を持った丸い石はランスロットの持つ石と対になっており、強く握れば彼のもとに信号が送られる。石を握ってから、そこそこの時間が経っている。ランスロットが即座に動いてくれていれば、もうそろそろ助けが来る頃だろう。

 リズレットが助け出されることは確定しているのだが、他のみんなをこの場から連れ出すためには考えなくてはいけない。


(リズレットと名乗らずに、シュナウザー家の人間だと語ることは出来るかしら?)


 シュナウザー家は、リズレットの二つ上の姉ヘンリエッタと、五つ年上のランスロットの三人兄妹だと言うのは周知の事実だ。今更、リズレットの下に妹がもう一人いましたなどと言えるはずがない。

 リズレットはしばし考え込んだ後で、ニヤリと口の端を上げると意を決したように顔を上げた。

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