後編

 リュートの音色に合わせて歌うのは、今を時めく歌姫だ。透き通るような歌声に、居合わせた聴衆は聞き惚れる。


 嗚呼、どうしましょう、どうしましょう

 行方知れずのお姫様

 どこへ行ったか分からない

 四方八方手を尽くし、来る日も来る日も行方を捜す

 嗚呼、どうしましょう、どうしましょう

 鼻が利く犬たちも、高名な占い師も、神に祈る神官も

 姫様の行方が分からない


 嗚呼、どうしましょう、どうしましょう

 行方知れずのお姫様

 見るも無残な亡骸に

 花のかんばせどこへやら

 げにおぞましきケダモノに

 食い荒らされたお体は

 ふた目と見られぬありさまよ

 これが泣かずにいらりょうか

 踏み荒らしたのは卑劣漢

 四方八方手を尽くし、憎き犯人捜したが、手掛かり一つ見つからぬ


 嗚呼、何という、何という

 実は生きてたお姫様! 

 狼の森から逃げおおせ、たどり着いたは修道院

 神に仕えし尼さんが、肩を寄せ合い暮らしてる

 姫様そこに匿われ、今の今まで生き延びた

 なれどもお辛い思いから、全ての記憶が抜け落ちた

 

 嗚呼、何という何という

 記憶をなくしたお姫様

 おのが名前も忘れたる、哀れな様に尼さんが

 あちらこちらに文を出し、心あたりを訪ねたる

 月日は流れ、その文が

 届いた先は王宮の、一人寂しき王子様!

 

 嗚呼、めでたしや、めでたしや

 愛しの君に抱かれて、姫様昔を取り戻す


 嗚呼、めでたしや、めでたしや

 嗚呼、めでたしや、めでたしや……


 「さすが国一番の歌姫だ。見ろ、聴衆が聞き惚れている」

 桟敷席から舞台を見下ろすのは、王太子エドワード。燃えるような赤毛の持ち主で、立派な体躯をした美丈夫だ。髪の色と、これまでに成し遂げた武勲の数々から「炎の王太子」の異名を持つ。

 その隣には、王太子の新たな婚約者である、サーニャ侯爵令嬢が座っている。こちらは蜂蜜色の美しい巻き毛を美しく結い上げ、空色の瞳をした麗人だ。

 「自分のこととはいえ、あのように高らかに歌われるのは、少々恥ずかしゅうございますわ」

 「しかし、そなたが攫われたと聞いたときは、肝が冷えたぞ。まさか本当に、あのシーラがそのようなことを考えていたとは……」

 「思えばあのお方もお気の毒でございます。幼き頃より王子様に嫁がねばならぬという思い込みに縛られておりましたゆえの結果でございましょう」

 「だからと言って、恋敵をならず者に襲わせて傷物にさせようなどという不届き者だぞ。そなたの間者からの文が届くまでは、生きた心地がしなかった」

 サーニャは黙って微笑むだけだった。舞台では歌姫の美声に、聴衆が総立ちになり惜しみない拍手を送っていた。


 二年前のあの日。とある侯爵夫人の茶会に向かう途中で、サーニャが馬車もろとも行方知れずとの知らせが街を駆け巡った。それから数日後、若い女性の遺体が人里離れた森の中で見つかったのである。

 「あれは、事件の半年ほど前に私の許で行儀見習いとして使えることとなった、ある男爵令嬢……というのは表向き。実はシーラ様の差し向けた間者でございました」

 「市井の娘だったのか?」

 「ええ、おそらくは。読み書きこそできましたが、難しい言葉をあまり知らぬようでした。ただ、まめに気配りのできる子ではございました。間者として差し向けられたのも、その辺りを見込まれたのでしょう」

 サーニャは彼女をある程度泳がせた。彼女は筆まめでしばしば実家に宛てて手紙を書いていた。その手紙が、実はシーラに届いていること。そしてシーラが良からぬことを企んでいることを早々に知ったのである。

 「後は、彼女の手紙をすり替えて、偽の予定をシーラ様に伝えたのです。一方で、あの子にはわたくしの代わりに侯爵夫人の茶会に出席するように命じました」

 シーラ側に伝わったのは「侯爵夫人の茶会に向かうサーニャを馬車もろとも攫う」という偽の計画。間者の娘に伝わったのは「お前が侯爵夫人の茶会に出ている間に、シーラ側の人間がサーニャを攫う」という偽の計画。念には念を入れて、サーニャは自身のドレスを貸してやり、化粧も髪結いもサーニャに似せて丁寧に施してやった。彼女を攫った者どもは、サーニャの顔をまともに見たわけでもなく、令嬢風に装った娘がサーニャであると信じて疑わなかった。だからこそ、シーラの命令通りに娘を嬲り者にしたあげく惨殺したのだ。

 「わたくしはその日のうちに、わたくしの間者と共に馬に乗って一足先に森に向かい、何者かに襲われたかのように装い、記憶をなくした哀れな娘として修道院に身を隠したのです」

 「なるほど。しかし、シーラを罰するだけでは済まなんだか」

 「殿下……。シーラ様のご一族も、我が一族同様、この国には欠かせないお立場の方でございます。それに、シーラ様もわたくしも、恋敵とはいえ同じ人を想う気持ちに変わりはございません。せめてひと時でも、思いを遂げる機会があっても……というのは、差し出がましゅうございますか?」

 「そなたは優しいな。だが、そなたの思いやりで、私は新婚初夜に新妻が急死した哀れな男と化したのだぞ」

 「そうそう、その実、シーラ様は殿下お付きの騎士様と駆け落ちなさったと……」

 くすくす笑うサーニャに、王太子も苦笑い。婚礼の翌日、忽然と姿を消したシーラ。同じく行方不明となった新任の王太子付きの騎士。表向きは急死と言うことで彼女の名誉を守りつつ、娘に面目を潰された父親とその一族に恩を着せたのだ。

 「まぁ、そのせいで、あやつの一族は当分王家には逆らえまいて」

 「ええ、不肖の娘のしでかしたことを考えれば、一族郎党お家の取りつぶしもやむなし。ですが殿下のおとりなしで、首の皮一枚つながったわけでございます。何と慈悲深いことでございましょう」

 「慈悲深い? この私がか」

 エドワードが笑った。新婚初夜、シーラにかけた呪術は大魔導士による「時の輪の水晶玉」。シーラはこの水晶玉に取り込まれ、封じ込まれた。彼女は未来永劫同じ日を繰り返す。

 「愛しきお方と結ばれる人生最高の日を、永遠に繰り返すのですもの。殿下はお優しゅうございますわ」

 「そうか……。今頃あの娘は、見世物になっているがな」

 シーラと共に駆け落ちしたと噂された騎士は、水晶玉を携えて諸国を放浪している。ゆく先々で、水晶玉に取り込まれた姫君を見世物にしながら、だ。

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水晶玉のお姫様 塚本ハリ @hari-tsukamoto

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