中編

 さすがに三度目にもなると、これが尋常ではないと分かる。

 二度目の結婚式と初夜を迎え、それはそれで楽しかったが、目を覚ますと再び自宅の寝室にいるのだから。そして再び女中たちが部屋にやってきて、婚礼のための支度を整え、下っ端の女中見習いの子がリボンの色を間違えたり、昔の乳母がやってきて大泣きしたりと、まるっきり同じことが起きているのだ。

 それは婚礼の場でも全く同じだった。大司教が婚姻の儀を宣言し、誓いの愛の言葉と口付けを交わすのも、その後の披露宴での諸外国からの祝辞も、まったくもって昨日と、いや一昨日と変わらない。

 シーラは自宅の寝室で頭を抱えた。今日は四度目の結婚式だ。つい「今日は何日?」と問えば婚礼の日付が告げられる。不安になってそわそわすると、女中頭が優しく手を握る。結局、この日も同じことが繰り返されるだけだった。


 四日目、五日目、六日目と、ひたすら同じことが繰り返される日々。一体何がどうしたのか、皆目見当がつかない。何故同じことが繰り返されるのか、自分以外の人たちは何も感じていないのか。

 シーラは何とかしてこの繰り返しから逃れようと試みることにした。例えば、この婚礼から逃げ出したら、何かしらの変化があるだろうか。だが、ただでさえ慌ただしい婚礼の日だ。やることは多く、周囲には大勢の人がいて、隙を見て逃げ出すこともままならない。

 王宮に向かう馬車の中、シーラは周囲を見回した。さすがにこの馬車から飛び降りるのは無理だろうが。

 「如何なさいましたか? シーラ様」

 侍従長がそわそわしているシーラに声をかけた。

 「い、いえ、何でもございません」

 「ご心配召されますな。馬車の前後左右には、護衛の騎士が備えてございます。不測の事態に備えて、我らは未来の妃殿下を命にかけてお守りいたしますゆえ……」

 侍従長の言葉もまた、これまでと同じだ。だか、シーラはここに来て、改めてその意味を噛みしめる。

 今から二年前。王子の婚約者選びで最有力候補とされていた、とある貴族の娘が誘拐され惨殺されるという事件があったのだ。事件から数日後、郊外の森で死体が見つかった。死体はあろうことか全裸で、傷跡だけでなく凌辱の痕跡が残されていたとの報告もある。いまだに犯人は捕まらず、誰が何のためにやったのかも不明。下世話な噂だけが飛び交う始末だった。

 それゆえに、昨年シーラが婚約者に決まったときから、周囲の警護は過剰なまでに厳しくなっていた。外出の際には常に護衛が付き、食事には必ず毒味役が立ち会う。婚礼衣装の採寸など、男が立ち入りにくい場には、数少ない女騎士が護衛に付く。誰もシーラに近づけないのと同時に、シーラが誰かの目を盗んで抜け出すこともまた不可能なのだ。


 結局、何一つ打開策を見つけられず、毎日同じことを繰り返すだけだった。このままでは気が狂いそうだ。

 「どうして……どうしてなの?」

 あれほど待ち望んでいた王子様との結婚。確かに夢は叶ったのに、どうしてもそこから先に進めない。もう何十回目かも分からぬ「初夜」を終えた後、満足そうに眠る王子を眺めつつも、心は晴れない。

 ――そなたが望んだことであろう。何が不満だ?

 ふと、声が聞こえた。シーラは跳ね起き、ガウンをまとって声のする方を探した。

 だが、姿は見えない。

 「誰? 誰なの?」

 ――誰でも良かろう。……まぁ、強いて言うなら「時空をつかさどる者」とでも。そなたの願いを聞き届けたのが、気に入らぬのか?

 「あっ……」

 思い出した。婚礼の日、この時が永遠に続けばいいのにと思ったことを。そしてその時、確かに耳元で「その願い、確かに聞き届けた」と聞こえたのを。同じ声だ。

 ――嬉しかろう。永遠に愛する男と毎日結ばれ続けるのは。歳もとらず、老いることもなく、人生最高の日々を繰り返すことに、何の不満があろうか。

 「違う違う違う! それだけじゃだめ! 将来よ。子を産み、この国の王妃になる将来に進みたいのよ! いつまでもここで足踏みしているのがおかしいじゃない!」

 ――その「将来」とやらを他人から奪い取っておきながら、随分と虫の良いことをほざくものだな。

 「……何のこと?」

 ――心あたりがあるであろう、二年前のことを。

 全身の毛が総毛立ち、血の気が引くのが自分でも分かった。声の主はどこまで知っているのか。今は熟睡しているが、下手に王子の耳に入ったらただでは済まない。

 「……何をおっしゃっているのか、まったく分かりませんわ」

 ――ふん、とぼける気か。それもよかろう。それにしても、憎い恋敵を蹴落としたいからと言って、攫うだけでは飽き足らず、狼藉者らに……それも一人や二人ではなく……いやはや、人のすることではなかろうて……。

 「知りません! 知らないって言ってるでしょ!」

 ――そなたが何を言おうと、我には全てお見通しだ。まぁよかろう。卑劣な手段を講じてまで得たかった王太子妃の地位だ。永遠に嫁ぎ続け、結ばれ続けるがよい……

 「いやああああああああああ!」

 シーラは絶叫した。また「今日」がやってくる。この時空の輪から永遠に抜け出せない。それは彼女に、耐えがたいほどの絶望感を与えるしかなかった。

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