水晶玉のお姫様

塚本ハリ

前編

 さぁさぁ寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。

 世にも珍しい「からくり水晶」だ。さぁご覧あれ、ここにあるキラキラ光る大きな水晶玉。

 こいつはただの水晶玉じゃあござんせん。

 ほらほら、よぉ〜くご覧あれ。ほぉれ、別嬪のお姫様が、この水晶玉の中にお住まいだ。今日はお姫様のめでてぇ結婚式、お姫様が王子様に嫁ぐ結婚式の一部始終が映ります!

 さぁさぁ、お題は銀貨たった一枚!こんなすごいもの、見なきゃ損だよ!


 ベッドの中で気だるくまどろみながら、シーラは昨日の出来事を甘く嚙みしめていた。夢のような一日だった。

 頭のてっぺんからつま先まできれいに着飾り、大聖堂で愛を誓い、愛しの王子様と口づけを交わす。宮殿のバルコニーから、祝福に駆け付けた民を見下ろす。皆が口々に彼女の美貌をほめそやし、手を振り、歓声を上げる。彼女が民衆に微笑みかけ、優しく手を振るとひときわ大きな歓声が沸き起こった。

 その後は宮殿で披露宴。国中の貴族たちが祝辞を述べ、諸外国の王侯貴族が拝謁を願い出る。宴席には国内外から集まった山海の珍味、異国の珍しい果物や、食べるのがもったいないほど美しい菓子の類が、これでもかと言わんばかりに食卓を埋め尽くす。

 宮殿の一角で楽師らが軽やかな円舞曲を奏でると、王子様が立ち上がり、手を差し伸べてダンスに誘う。

 手に手を取って舞う二人の姿に、周囲から賞賛のため息が溢れる。

 「何と美しい……」

 「美男美女、見ているだけでこちらまで嬉しくなりますわ」

 身体を密着させ、軽やかなステップでくるくるとフロア内を舞う二人を、居合わせた賓客が口々に褒めそやす。優雅な音楽と人々の賞賛の声が耳を喜ばせるし、目の前には麗しの君が極上の笑顔を見せてくれる。眼福とはこういうことを言うのだろう。今、この国で一番幸せなのは、この自分だ。

 ――この時が、永遠に続けばいいのに……

 愛しい王子様に抱かれながら、シーラはそう思った。と、その時彼女の耳元で、誰かの声がした。

 「その願い、確かに聞き届けた」


 ふと気づくと、隣にいるはずの王子様がいなかった。昨日の祝宴の後、二人で床を共にしたはずなのに。嬉し恥ずかしの初夜を迎えたはずなのに。

 そして気づく。今まで自分が眠っていたベッドが、実家の自分の部屋のそれであることに。

 「え……ここ、私の家……?」

 シーラは起き上がり周囲を見回す。ベッドサイドには小机があり、小さいランプと水差しとグラス。はす向かいには衣装箪笥とドレッサー。

 間違いなく自分の実家の寝室だった。

 「どういうこと……?」

 とまどう彼女の耳に、ノックの音と女中たちの声が入ってきた。 

 「お嬢様、失礼いたします」

 女中頭を筆頭に、数人の女中たちが部屋に入ると、シーラにうやうやしく頭を下げて礼をする。

 「おはようございます、お嬢様。今日はめでたき婚礼の儀でございます。さぁ、我ら一同、誠心誠意お嬢様を美しく整えさせていただきます」

 女中たちはてきぱきとシーラの身の回りを整えていく。シーラはされるがままだった。

 「ふふ、お嬢様もさすがに今日は緊張なさいますかね。大丈夫ですよ。私たちが国一番の美人にして差し上げます」

 何も言わないシーラを緊張しているとでも思ったのか、女中頭が安心させるように彼女の手を握った。そのしぐさには覚えがあった。昨日の朝も、この女中頭はそう言って優しく手を握っていたはずだ。

 ――これは昨日あったことじゃないの? さっきまでのが全て夢? 私は今日の出来事を全て夢で前もって体験していたの? あれが夢? 

 何度考えても分からない。だが、昨日と全く同じことが繰り返されていた。下っ端の女中見習いが、色の違うリボンを持ってきて先輩たちに叱られているのも、幼い頃に世話をしてくれた乳母が祝いに駆けつけてきて、顔をしわくちゃにしてうれし泣きしているのもすべて昨日と同じだ。

 シーラはキツネにつままれたかのように、ただ婚礼の支度を受けるだけだった。


 屋敷の前に王家からの四頭立て馬車がやってきて侍従長が迎えに来た様子も、嫁ぐ娘を優しく抱き締める両親のさまも、何から何まで昨日と同じだった。シーラは、馬車に揺られながら長々と考え込み、結果として昨日のあれが夢だったのだと納得することにした。夢にしては随分と生々しいくだりもあったのは少々気恥しいが。

 それに、あの素晴らしい一日がもう一度味わえるなら、それも悪くはない。王宮に招かれ、女官長たちが出迎え、花嫁衣裳に着替える。化粧を施し、髪を結い上げ、王家に代々伝わる宝石で彩られた装身具を身に着ける。これも全て「夢」と同じだ。ずしりと重たいネックレスの感触は、確かに昨日の「夢」で感じたものと同じだった。 

 結局、婚礼の儀も民衆への挨拶も、来賓とのやり取りも全て昨日と同じ。それでも、皆が自分を褒めそやし、褒め称える場で主役を演じることは楽しかった。確かに楽しかったのだが。

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