第48話 中に、入って
学校から佳弥の家――神社の社務所なのだが――までは自転車で五分もかからない。
インターホンを押すとすぐに、「中に入って」という佳弥の声が聞こえた。玄関でジャージ姿の佳弥が俺を出迎える。俺は学校のプリント類を渡し、そのまま帰ろうとしたのだが……
「上がって、いかないの」
と、佳弥が引き留めた。
俺を見る佳弥の上目づかいは、少し不満げで、でも何かを期待しているような、そんな湿っぽさを帯びている。
「体調、まだ悪いんだろ」
「少し疲れがたまっていたようだけど、それももうずいぶん楽になったし、その、月のものももうほとんど終わりだし、ね」
月のもの――女性特有の生理的現象をなぜ『生理』というんだろうな。
佳弥の物言いからは有無を言わせない圧力を感じる。俺はそのまま素直に、佳弥の部屋へと通された。
ベッドと、部屋の真ん中にはガラスのテーブル。そして学習机とクローゼット。モノトーンのシンプルな部屋からは、女の子らしさはみじんも感じない。
「どうしたの、かな」
お茶を運んできた佳弥が、佳弥の部屋の中でぼーっと立っている俺を見て、そう声をかけた。
「あ、いや、女の子の部屋だって思うと」
「ボクはボク。男だろうが女だろうが関係ない。そう言ってくれたのは、虎守くんだと思うけど」
テーブルにお茶を置きながら、佳弥が笑う。
「ま、まあ、そうなんだけど」
「それとも、男だったほうがよかった、かな」
床に座りお茶を手に取ると、佳弥が俺の隣に座った。
「佳弥が男だと思ったから、それでもいいと思っただけで、別に男が好きなわけじゃ」
「ふぅん」
佳弥もグラスに注がれた冷たいお茶に口をつける。
「というか、男子校に転校してくるとか、どういう話だよ」
「ああ、それはね、ボクのおじいちゃんと学校の会長が懇意なのは本当でね、しかもその人は、月岬の活動に随分と理解のある人なんだよ」
『活動』のために、この学校でないと駄目だった、ということか。
「へぇ……って、じゃあ、大宜津姫が学校に来たのもその会長さんのせいか?」
ふと頭に浮かんだことを口にした。そして……後悔した。
「それは、どういうことかな」
佳弥の眉間にわずかな皴ができる。
やっちまった……まあ、口にしてしまったものは仕方ない。佳弥が学校に行けば時期に分かることだし、「なぜ黙ってたの」なんて言われたらこじれるばかりだからな。
姫が保健の先生として学校に来出したことを佳弥に伝える。もちろん、保健室で『迫られた』なんて話はしなかったのだが……
いきなり佳弥が俺の首元に顔を近づける。
何をいきなり……ドキドキ。
「なるほど。キミから漂う不快なニオイはそのせいか」
うげっ
「なっ、べ、別に俺からはなんもしてないぞ。向こうが勝手に」
そして俺は、自分がしゃべりすぎたことに気が付く。
「へぇ……あの女に何をされたんだい」
「い、いや、その、べ、べつに、なにも」
俺がそういう傍から、佳弥は首元から顔、そして耳元へと顔を動かす。
「ずっと、ボクの傍にいてくれるんじゃないのかい」
佳弥の吐息が耳をくすぐった。
「もちろんだ」
「学校が夏休みに入ったら、両親を探しに行く。手伝ってくれるよね」
それはきっと、危険を伴うことだろう。佳弥はもちろん、俺も。
「ああ」
俺がそう答えると、佳弥は俺に腕を回し、そして体を預ける。二人抱き合って、床に横たわった、
「じゃあその前に、そのニオイ、消しておこうよ」
別に大宜津姫――舞伽からは香水のような匂いは感じなかった。そんないうほどにニオイがついてるのかと思ったのだが、きっとそれは佳弥にしか分からない『ニオイ』なのだろう。
「どうやって」
俺がそう聞くと、佳弥が俺にまたがる。
「もう、できるよ」
そして湿っぽい言葉をはくと、ジャージのファスナーをゆっくりと下げた――
※ ※
頭に舞伽の言葉が浮かぶ。
『月岬の女と交われば交わるほど、アナタの魂は輝度を失っていきます。ご注意を』
輝きがなくなれば、『空っぽの器』になるそうだ。そこにはどんな存在をも入れることができるという。
「なあ、佳弥。神話世界には神様もたくさんいるんだろ?」
「うん、そうだよ」
「じゃあ、月読尊もどこかにいるのか?」
「いや、どこにもいないよ。尊様はお隠れになっている。尊様を復活させるのが、ボクら月岬の悲願、だからね」
「そっか」
その話、保健室で舞伽が俺に話した通りのものだった。そしてそれには続きがある。
『復活には、器が必要なのです。後は、お分かりですね』
……分かれと言われても、信じられるもんじゃない。
「もっと、抱きしめてよ」
佳弥のその言葉に、俺は佳弥の素肌を後ろから抱きしめた。
――俺の魂の輝度、どれくらい減ったかな。
<第一部 終わり>
隠れの神の男装巫女さま たいらごう @mucky1904
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