第47話 何か嫌な予感がする……

 いや、うそだろ……


 大宜津姫――彼女は自分のことを『御田みた舞伽まうか』と名乗った。これまでいた保険の先生が急病で入院したせいで、急遽、臨時の保険の先生としてくることになったらしい……


 あやしい、あやしすぎる。


 男子校のくせに女の子を転校させるってのならまだ分かる。いや、ごめん、それも分からないけど。

 お次は、『神様』を保健の先生として雇うって、一体この学校はどうなっているんだよ。


 白衣の下には白い薄手のシャツ。胸の主張が激しい。佳弥とは正反……げふんげふん。


 一体どうやってここにもぐりこんだんだ?


「姫だなんて堅苦しい。『まうか』とお呼びくださいと言いましたでしょ、アナタ」


 ほんのりと頬を赤らめて笑う仕草はお清楚そのもの。その破壊力、笑うしかない。

 というか、アナタって何だよ。


「じゃあ、先生」

「先生じゃなくて、『ま・う・か』。私たち、夫婦ですのに」


 姫はそっと人差し指を伸ばし、俺の鼻に触れた。慌てて顔を引く。


「いや、違うから」


 しかし姫は自分のことを俺の妻だと言ってきかない。

 確かに姫はそんなことを俺に言ってたが、俺は「うん」とは言ってないぞ!


「というか、姫」

「ま・う・か」

「じゃあ、舞伽さん」


 姫はなおも不服そうだったが、一応納得できる範囲には入ったらしい。


「ネットアイドルの『ウカノミタマ』ってのは」

「ええ、私ですよ」


 舞伽はこともなげにそう言って笑った。


「そういや、同級生のマサヤが、引退宣言したって騒いでたけど」

「いろいろ面倒なことも起こっていたし、そろそろ潮時かと思いまして」


 ……何のために神様がアイドル活動してたのか。というか、向こうの世界からこっちにも来れるのかよ。

 だめだ、これはできるだけ関わらないほうがいい。


 とりあえず俺は姫――舞伽に預かっていた封筒を押し付ける。そして保健室を出ようとして、舞伽に腕を握られた。


「虎守さま」


 想像以上の強い力で引っ張られ、俺の顔は舞伽の胸に収まった。弾力のある大きな塊が二つ顔に押し付けられる。


「ちょっと」


 慌てて離れようとしたが、舞伽はさらに強い力で俺を抱きしめる。


「あの月岬の『女』のことですが」


 そして、そう俺の耳元でささやいた。


 ――女?


「姫、佳弥が女だってこと」

「もちろん、初めから承知しています。月岬の女は皆そうですから。でも、『男』として扱うのが礼儀」


 なんてことだ。知ってていろいろ俺をからかっていたのか。


「意地悪にもほどがある」

「ご容赦ください。でも、よくお聞きください。あの月岬の女とはもう『交わり』ましたか」

「交わり?」

「ええ」

「なにそれ」


 俺の聞き返した言葉に、舞伽は少し考えた後で、小さく「男女で行う、『まぐわい』です」と答えた。


「は? んなもん、してないしてない!」


 まだ……だけど。

 というか、いきなりなにを。


「月岬の女と交われば交わるほど、アナタの魂は輝度を失っていきます。ご注意を」


 ……意味が分からない。


「キドって?」

「輝き、のこと。魂の輝きがすべて失われれば、アナタは」


 そこで舞伽が言葉を止めた。


「な、なに?」

「空っぽの器になってしまいます」


 ……


「それ、どういうこと?」


 そう尋ねると、舞伽はようやくその胸の圧力から俺を解放し、そして静かに話し始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る