第46話 早く終わらないかな……

 月曜日。学校。何の変哲もない一日が始まる。


 いつまでも離れようとしない佳弥に、言霊で出した服を着せた。それを出す前に、たいまつをしまわなければならなかったのだが、出したものをいちいちしまわなければならないというのも本当に不便なものだった。


 取られていた俺の魂は、いつの間にか俺の体の中に戻っていた。大宜津姫にまとわりついていた『こごり』の中のどれかが『犯人』だったのだろうが、もう今となってはそれがどれだったのか分からない。別にそれを突き止めようとも思わない。


 俺は疲れてはいなかったが、なぜか佳弥はずいぶんと消耗していた。だから一旦現実世界に戻ることにしたのだ。

 帰ってきた後、佳弥は俺に両親の話をした。


 父親も母親も、黄泉比良坂から戻ってきていないらしい。だから佳弥が、あの世界に行くことになったのだと。

 祖父のいる神社に引っ越しをし、その伝手でわざわざ男子校に転校し、そして俺をパートナーとして誘った――


 そこまでして俺にこだわった理由は分からないが、うれしくない訳はない。まあ、ちょっとアレだ、なんだろ、ヤンデレ入ってる気もするが。


『一緒に、父と母を、助けに行って欲しい』


 月岬としての義務よりも、本当はそっちがメインだったらしい。暴走した母親と、行方不明の父親。その原因もまだ分からないらしい。


 ただ、俺たちを襲ったのは間違いなく佳弥の母親だったらしい。なぜ娘を襲ったのか、それも分からないが、少なくともあの場所にいると分かって、佳弥はうれしいらしい。


 父親と母親は黄泉比良坂への探索に行って、そこで何かあったのだろう。ということは、佳弥は黄泉国へと向かうつもりだ。


 戻ってきた時、俺は佳弥にもう神話世界に行くのを止めろと言うつもりだった。しかし、そんな話を聞かされたら……


『わかった。まかせろ』


 そういうしかなかった。


 別れ際、佳弥が『続きは終わってから、だね』というのを、俺は『何が終わったら、何の続きをするんだ?』と聞き返したが、佳弥は顔を真っ赤にしながら『月のもの』とだけ答えた。


 ここ数日の体調不良が女性特有の生理現象であったこと、いやそもそも佳弥が女性だったことに、俺は驚くやら恥ずかしいやらなのだが――


 俺、佳弥といろいろしまくったような。もう、冷や汗ものだ。


 その佳弥は、体調不良に加え、疲労がたまっていたようで、今日は学校を休んでいる。


『続き』ってなんだろ――なんて考えるのは野暮だろう。


 ……まじ? まじで? 俺、『卒業』か?


 へへっ、へへっ……『予習』しとかなきゃな……


「こもりん、おい、こもりん、たいへんだ、世界が終わる!」


 妄想の中で始業を待っていた俺に、耳障りな男の声がかけられた。見ると、山馬雅哉やんば まさやが、顔中を涙と鼻水で濡らしながら俺に近づいてきた。


「きったねーな、マサヤ。なんだよ、ミタマソになんかあったか?」


 こいつがこんな大騒ぎするなんて、それくらいしか考えられない。


「あったも、あった。ミタマソが、ミタマソが……」


 周囲の目もはばからず、マサヤはひとしきり泣いた後、マサヤの最大の推しであるネットアイドル『兎カ野うかのミタマ』が、突然、引退を発表したと言うのだ。


「そりゃ、アイドルだって中の人がいるんだから、そういうこともあるだろ」

「人気絶頂だぞ? なんで突然引退するんだよ!! 俺、もう死にたい……」


 人気絶頂っていっても、ネットの中だけの話だろう。テレビで見ることはない。まあ、そもそも、俺はテレビを見ないのだが。


 机に突っ伏し、マサヤがまた泣き始める。やめろ、汚い。机の上に鼻水を垂らすな。


 なんでも昨日の夜に、『ファンの皆さん、本当にごめんなさい。私は今日から普通の女の子に戻ります』といういきなりの告知があって、ネット界隈ではファンが阿鼻叫喚、アンチがお祭り騒ぎなのだそうだ。


「アイドルも大変なんだろ。本人の自由にさせてやれよ」

「じぇったい、じぇったい、おとこができたんじゃあああ、俺たちのミタマソがああああ」

「なんでそうなる。つーか、次を探せ、次を」

「ばかやろう! ミタマソの代わりはミタマソしかいないんだ!」

「しらねーよ」


 ミタマソか……


 そういや大宜津姫は、ネット動画で見た、というかマサヤに無理やり見せられた『ミタマソ』にそっくりだったな。


 泣きじゃくるマサヤを蹴りだし、机の上を除菌用アルコールで念入りに拭く。まったくもって迷惑だった。


 その日の放課後、剣道部の顧問にして俺の担任の『メリーさん』こと、八木田――なぜこれで『よねだ』と読むのか、まったくの疑問だ――に呼び出された。


 佳弥に渡すプリント類を届けてほしいとのこと。仕方なしに、渡された封筒を保健室へと持っていく。


 中に入ると、見知らぬ女性が白衣を着て椅子に座っていた。


 保健の先生は結構な年のおばちゃんだったはずだ。しかしその女性はどうみても若い。メガネをかけ、長めの髪を上にあげて留めている。


「あの、保健の先生、いますか?」


 声をかけると、女性が顔を上げてこっちを見る。メガネは、フレームがレンズの下だけについているもので、そのレンズは細い。

 そのメガネのせいで性格がきつそうな印象を受けるが、その後ろで俺に向ける笑顔はかなりかわいかった。


 ああ、そうだな、かわいすぎるほどに――


「あら、何か用でしょうか。今日から、私が保健の先生ですよ、虎守さま」


 なんで俺の名前を知ってるんだなんて、聞く必要はない。

 というか、なんでここにいるんだよ……


「大宜津姫!?」

「ではなくて、ここでは『舞伽まうか』とお呼びください、虎守さま……いえ、アナタ」


 そういうと、新しい保健の先生は顔を赤らめながら、にっこりとほほ笑んだ。

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