第11話 一歩ずつ

「ありがとうございました」

「もういいのか?」

「はい。ちょっと出かけてきますね」

「どこに行くんだ?」

「城下町まで。いくつか欲しい材料があって」

「欲しいものがあるなら俺が!」

「市場で手に入るものなのでシルヴァ王子の手を患わせるまでもありませんよ。夕方には戻ります」

「そうか……」


 シルヴァ王子はすとんと腰を下ろし、肩を落とす。分かりやすいほどに落ち込んでいる。だから安心させるように微笑みかける。


「美味しそうなものが見つかったらちゃんと買ってきますから。安心してお仕事に行ってください」


 何か言いたげな視線を彷徨わせる彼の背中を押す。ついでに使用人達にも外に出てもらい、お忍び服に着替える。


 ひと月の間も作っていた薬を整理して、薬屋に卸す分もバッチリ。布袋にある程度お金を入れ、ローブを被る。


 ゴーニャンの実ケーキにより、すでに城の人達にも私の外出がバレている。だがさすがに人間が上空から降り立ったら目立ってしまう。


 謎の人間が城から出てきたと知られれば行動しづらくなるだろうし、今まで通りが一番だ。風魔法を使って城下町に繰り出す。


 いつも通り、真っ先に向かうのは薬屋。ひと月ぶりのドアをくぐる。店主は商品の整理をしていた。


「嬢ちゃん。全然顔を見せないと思ったら、恋人でも出来たのか? 獣人の匂いが強くなってる」

「まぁ似たような関係の相手が」


 恋人のような関係ではないが、夫婦ではある。薬屋に足を運べなくなった理由も彼らに遠慮していたからだ。店主の言葉もそう間違ってはいない。


 深く突っ込まれると厄介なので、ささっと話を切り上げて薬を取り出す。


「それで今日の持ち込み分なんですが」

「おお待ってたぞ」


 テキパキと並べて、薬の代わりにお金を受け取る。そのお金で薬を入れる瓶とケースを購入していく。


「瓶が20にケースがそれぞれ10ずつな。今日は大きいのも買ってくのか」

「はい。それから霧吹きは置いていますか?」

「霧吹き? 植物でも育てるのか?」

「調合した薬品を噴霧して使うんです」

「あー、ならこれはどうだ? 化粧水を作っている薬師がたまに買っていくやつなんだが」


 棚下の引き出しから取り出したのはピンク色の小瓶だった。瓶自体に花模様の細工がしてあり、乙女心をくすぐる。まさかこんなに可愛らしいものが出てくるとは思わなかったので拍子抜けしてしまう。


 だが肝心なのは見た目ではなく霧吹きとして使えるかどうか。

 一回でどのくらいの量が出てくるのかも確認しておきたい。蓋を取って、液体の出る穴を見る。穴は一つ。教会で使っていたものよりも穴は大きめ。少し多すぎるかもしれない。


「これ、水を入れて使ってみてもいいですか? 量を確認したくて。良ければいくつか買い取りたいです」

「構わんぞ。水を入れてくるから貸してみろ」

「お願いします」


 店主に入れてきてもらった水がしっかりと霧状に出るのを確認し、五本買い取ることにした。


「何を作るんだ?」

「ヘアケアスプレーです。ギィランガ王国で人気の商品で」

「嬢ちゃんとこの薬師はそんなのまで作れるのか。出来たらうちに卸してくれるんだよな?」

「いえ、今回は自分達で使う用です」

「どうにか増やすことは出来ねぇか?」

「今回は使用者の悩みごとに調合するので難しいですね」


 作り方自体はさほど難しくはないが、野草を乾燥させる時間なんかを考慮すると一種類作るのにも時間がかかるのだ。


 乾燥がひどくなる前にシルヴァ王子と私の分に加えて他を作る余裕はない。


「そうか、ならしょうがねぇな」

「すみません。……これからハンドクリームの調合を始めるつもりなんですが、買い取ってもらえますか?」

「もちろん。他の時期は雑貨屋に売ってる輸入品のハンドクリームを使っている奴でも乾燥がひどければ薬屋に駆け込むからな」

「今年は乾燥がひどくなりそうですからね。乾燥に悩む方は多いと思いますよ」

「十と言わず、他の容器でもいいから出来た分は全部うちに持ち込んでくれよ」

「伝えておきます」


 薬屋を出て歩きながら、ハンドクリームも一緒にプレゼントするのはどうだろうかと考える。


 だがすぐにその考えを打ち消す。シルヴァ王子の手は男性の手らしくゴツゴツとしているものの、傷もなければ手荒れもしていなかった。そこはやはり王子様なのだ。


「自分の分だけでいいや。売り物の分と間違えないように、別の形のケースに入れたいかも」


 今日は風の流れを気にしなくてもいいので、市場に向かう途中の店もゆっくりと眺めることができる。その中に雑貨屋さんを見つけた。お菓子を入れる瓶やラッピングするリボンを売っているらしい。


 カランカランと音を鳴らしながら店に入る。こういう店に入るのは初めてだ。

 私以外にも客はいるが、一人客は私だけ。入り口近くにいた客は友達同士でプレゼントを渡す相手について話しているのか、キャッキャと楽しそうに話している。


 この空間で私だけが少し浮いていた。さっさと目当てのものを買って帰ろう。

 ぐるりと見回しながら空き瓶が置かれていた棚を見つける。多分この辺りがハンドメイド用のアイテムだろうとあたりをつけ、その辺りを重点的に探す。


 目的のものが置かれていたのは隣の棚の一番下。足元の方にひっそりとあった。

 もっとも薬を入れるケースではなく、陶器のシュガーポットだったが。スプーンもついている。


 密閉率は低いが、ハンドクリームを使うのは乾燥がひどい時だけ。

 そう長く使うようなものでもなく、なにより他を見て回るのも面倒くさい。さっさとレジに持って行き、会計を済ませる。



 雑貨屋から出て、西門を目指して歩く。いつも通り、ここの市場がメインだ。

 調合用の材料を買い込み、食べ物が並ぶ場所へと移動する。


 シルヴァ王子へのお土産になりそうな珍しいものはないか。しばらく見て回ったものの、収穫はなし。どれも見慣れたものばかりだ。


 近くのジューススタンドで買ったレモネードで喉を潤してから大人しく城に戻ることにした。



 風に乗って部屋に帰ったら、早速ヘアケアスプレー作りに取り掛かる。


 まずは例の野草を煮込むところから始まる。

 クッタクタになるまで煮詰めている間に、数種類の薬草と木の実をすり潰して水につける。


 煮詰めたものも水に漬けたものも五日から十日放置する。

 液体がしっかりと分離するまで待つ必要があり、使うのはその上の部分。二種類別々に目の細かい布で何度か濾して分離させて、濾して分離させてを繰り返す。


 最後に二種類を混ぜて煮込み、沈殿した固まりを取り除いて冷やせば完成だ。


 今回作るのは二種類だけだが、わりと手間と日数がかかる。


 教会で作っていた時は担当する種類を分けていた。間違って混ぜたら効能が変わってきてしまうのでそれぞれうっすらと香りと色も付けていた。


 懐かしいなぁと思い出しながら、同時並行でハンドクリーム作りも開始する。

 ベースとなる薬草をネリネリと練っていると、シルヴァが帰ってきた。


「帰ってきていたんだな。何を作っているんだ?」

「あとのお楽しみです」

「お楽しみ? どのくらい経てば分かるんだ?」

「本格的に寒くなる前には」

「寒いのは嫌いだが、楽しみがあると思えば悪くないな」


 シルヴァ王子は優しく笑いながら私のすぐ横に腰を下ろす。

 一人で使っていた際は十分の広さがあったマットだが、今では少し狭い。だがこの狭さが、すぐそこまで迫った寒さは私にとって厳しいものではないと教えてくれる。


「ラナ」

「どうしました?」

「今日のデザートはチーズケーキだそうだ。……俺の分を半分ラナにやろう」

「え、でもチーズケーキはシルヴァ王子の好物じゃ……」

「ラナは今日も帰ってきてくれたから」

「心配だったんですか?」

「少しだけ」

「なら私も今作っているもののヒントを少しだけ教えますね」


 そう前置きをして、コソコソっとシルヴァ王子の耳に囁く。


『あなたへのプレゼントですよ』

 私の言葉にシルヴァ王子は目をまんまるくして、パタパタと尻尾を振り出した。


 彼が好物のチーズケーキを分けてくれるなら、私もお気に入りのご飯を半分差し出そう。好きを分かち合えば今よりももっと近づける気がするから。


 一歩、一歩。ゆっくりでいい。

 いつかシルヴァ王子と対等な夫婦になれる日を目指して、ぐるりと鍋をかき混ぜるのだった。

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【中編版】追放聖女は獣人の国で楽しく暮らしています ~自作の薬と美味しいご飯で人質生活も快適です!?~(旧タイトル:妹に婚約者を寝取られた聖女は獣人の国でわりと快適に過ごしています) 斯波 @candy-bottle

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