第87話 11/5 発売当日 記念SS
見れば、上官であるマクガレンが「よ!」と片手を上げて近づいてくる。
その背後には、夫人と娘のキャシーの姿もあった。
「マクガレン大隊長も、ご家族で買い物ですか」
「あぁ、先の任務で特別手当が入ったから、『なにか買え!』って言われてよ」
マクガレンが家族の方をちらりと横目で見ながら、ヒソヒソ声で囁く。
騎士団では、どんな敵にも臆さず立ち向かう男の中の男。
鬼の大隊長と恐れられるマクガレンも、愛する妻と娘のおねだりには抗えないようだ。
「ったく、褒美が欲しいのは俺の方だぜ」
口ではそう悪態を吐きつつも、家族の楽しげな姿を見つめるマクガレンの眼差しは優しく、口元には隠しきれない笑みが浮かんでいる。
「大隊長もお幸せそうでなによりです」
「まぁ、な。んで? お前の方は?」
「うちは結婚指輪を買いに」
「あぁ、そうか。たしか式は来春だったよな。救国の英雄の結婚式だ。大がかりな式にするんだろ? 日取りの良い日はすぐに埋まるから、早めに式場は押さえておいた方がいいぜ。これ、人生の先輩からのアドバイスな」
「はい、ありがとうございます。実は、妻と相談して少人数の結婚式にしようと思っているんです」
「お? そうなのか。 まぁ、お前の場合、公開結婚式にしたら野次馬や新聞記者が詰めかけて来そうだしなぁ」
「ええ、そうなんです。詳細が決まりましたら、招待状をお渡しいたします」
「おう、楽しみにしてるぜ!」
マクガレンは、いつも通りニカッと豪快に笑うと、アシュレイの肩を叩いて家族と共に去っていった。
アシュレイの隣では、ビクトリアがマクガレン夫人に会釈をして、イアンがキャシーに手を振っている。
「さてと、俺たちも指輪を選ぼうか」
「ええ、そうしましょう!」
「僕、ビッキーとアシュレイにはこのゆびわ、にあうと思うんだぁ!」
イアンが指をさす。アシュレイとビクトリアは「どれどれ」とイアンおすすめの指輪を見た。
派手好きなイアンと、シンプルかつ上品な物を好むアシュレイ。
ふたりの意見はまたも合わず、どうにか指輪を決めて店を後にする頃には、夕暮れ時になっていた。
「ふぃ~、つかれたよぉ~! ハゲシイたたかいだったぜぇっ!」と、イアンがませた口調で言う。
ビクトリアも苦笑しながら「ええ、本当に」と頷いた。
「でも、ふたりの意見が真逆なおかげで、華やかで上品なすごく素敵な結婚指輪が見つかりましたね」
「ああ、そうだね。俺とビクトリアだけじゃ、あのデザインは選ばなかったかもしれない」
「どう、僕のアドバイス。やくにたった? 僕、えらい? すごい?」
「ええ、すごいです!」「ああ、とっても偉いぞ」
アシュレイとビクトリアに頭を撫でられて、イアンがぴょんぴょん跳ねる。
三人手を繋いで馬車まで歩く道中。橙色の夕焼け空に、カラスが「カァ、カァ」と鳴きながら彼方に飛び去っていった。
『カラスと一緒に、帰りましょう~』と、ビクトリアが聞き慣れぬ歌を口ずさむ。
彼女の自作か、それとも異国の歌なのか、心地よいメロディーだった。
地平線に沈む太陽を眺めながら、ビクトリアがぽつりと呟いた。
「私、前までは夕暮れ時って、なんだか寂しくて、あまり好きじゃなかったんです」
「そうなの? ビッキー、いまもさみしい?」
「いいえ、今はもう全然寂しくありません! だって私には、ふたりがいますから!」
「えへへっ! 僕も、ビッキーとアシュレイがいるから、さみしくない!」
愛する妻と息子が、この上なく幸せそうに笑う。
生前、親友のフレッドが『家族はいいもんだぞ』と言っていた。
当時の自分は『家族なんて面倒なだけだろ』と否定したが。
(お前の言う通りだったよ、フレッド)
「さあ、帰ろうか。俺たちの家に」
「はい!」
「うん!! 僕、すーっごく、おなかすいたぁ。夜ごはん、なにかなぁ?」
「たしかシェフが、イアンの好きなシチューにするって言っていた気が」
「ほんと? わぁ~い、たのしみだぁ~! シチュ~、シチュゥ~♪」
この先どんなことがあろうと、目の前にいる大切な家族を守り抜く。
アシュレイはイアンの手をしっかり繋ぎ、ビクトリアに笑い返して、心に固く誓った。
その後も、クラーク家に新たな家族ができたり、様々なハプニングやイベントが起きたり──。
騒がしくも明るく楽しく、日々は続いていくのだった。
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