第86話 11/4 発売前日 記念SS

「ゆびわ~♪ おそろい~♪ キラッ、キラ~♪ かぞく~おそろいぃ~~♪」


 階段を降りるとまず聞こえてきたのは、イアンの歌だった。

 

 ところどころ音程が外れているのに、不思議と耳なじみの良い歌声に、アシュレイは「ふっ」と思わず笑ってしまう。


「あっ、ビッキー。僕、まっ赤で大きなキラキラがいい!」


「真っ赤で大きなキラキラ……ルビーかしら? うぅ~ん、でも結婚指輪は、やっぱりシンプルなものが良いと思うんです」


「シンプル?? よくわかんないけど。赤って強そうだよ! それに、すーっごく目立つ!!」


「結婚指輪に戦闘力は必要ないような気が…………あっ、でも、既婚者です!っていうアピールのために、目立つ方が良いのかしら?」


「『ウキワした男は、ソク、ほろぶべき』って、キャシーが言ってた」


「ウキワ? それを言うなら浮気ね。キャシーちゃんと私、気が合いそう。そう、浮気は絶対ダメです!」


「うん! ウキワ、じゃないや。ウワキ、ダメぜったい!」


「ええ、そうです!! って、あれ? イアン、私たちなんの話しをしていたのかしら」


 会話が脱線して首を傾げるふたりの様子に、アシュレイはとうとうこらえきれず、クスっと笑みを零した。その音で、ふたりがこちらに気付きソファから立ち上がる。


「あっ、アシュレイ! もう、おそいよぉ! 早くいかなきゃ、僕の赤いキラキラがなくなっちゃうよ~」


「待たせてごめんな。でも宝石店は逃げないから、焦らなくても大丈夫だぞ……って、聞いちゃいない」

 

 諭す間にも、イアンはダダッと駆け出してしまう。

 仕方ないワンパク怪獣だな、と苦笑するアシュレイに、ビクトリアが「おつかれさまです」とほほ笑んだ。


 長い金髪を結い上げて黒いベルベットのリボンでまとめ、淡いブラウンのドレスコートを着たビクトリア。


 外出着姿も綺麗だ、などと思って見とれていると、彼女がニコニコしながらしゃべり始めた。


「イアン、今日のおでかけをとっても楽しみにしていたんですよ。『僕もキラキラ買ってもらうんだ』って」


「今日は結婚指輪を選びにいくだけなのに……あぁ、だからあんなにはしゃいでいたんだな。まったく、ちゃっかりしている」


 子供に宝石のついた物を持たせるのは賛成しかねる。落とすかもしれないし、あまりに高価な装飾品を持たせると誘拐の危険性も高まる。


 かといって「お前には買わないぞ」と言えば、イアンはへそを曲げてしまうだろう。


「さて、どうしたものか」


「大丈夫ですよ、アシュレイ様。私、イアン用にとっておきの指輪を作ったんです」


「とっておきの指輪?」


 首を傾げるアシュレイに、ビクトリアはにっこり笑う。


「アシュレイ~、ビッキー、はやくはやくぅ~!」


「はーい! 今行きますよ~! さぁ、アシュレイ様、行きましょう!」



 雪も止み、晴れ渡った空が眩しい休日。

 賑やかなクラーク一家は、結婚指輪を買うため街へ繰り出した。

 


 ✻  ✻  ✻

 


「ん~~~っ! あまいゆびわ~♪ おいしいゆびわ~♪」


 馬車の中で両足をプラプラ揺らしながら、イアンがご機嫌に鼻歌を歌う。

 時折、左指にはめた指輪をペロリとなめて「おいしい~!」とはしゃいでいる。


 ビクトリアが『イアン用の指輪』として用意したのは、工芸品店で作らせた指輪に、手作り飴を付けた「リングキャンディ」なるものだった。


「宝石の部分が飴になっているのか。へぇ、初めて見たよ。君は本当に、いろいろなことを思いつくね」


 感心してそう褒めれば、ビクトリアは照れくさそうに微笑しながら「こんな見た目のダガシがあったのを、たまたま思い出して」と言った。


「ダガシ? ってなんだい?」


「えっ? あっ、えっ、ええっと……そう! 昔食べたことのある、大好きな異国のお菓子! たしか『ダガシ』っていう名前だったような……」


「へぇ、異国にはこういう菓子があるのか。君は物知りだな」


「信じてもらえた……? よかった……」


 ――まさか前世で食べたお菓子を再現したの、とは言えず、焦って冷や汗をかいているビクトリアの内心などつゆ知らず。


 アシュレイは「俺の奥さんは可憐な上に物知りだな」と誇らしげな気持ちになるのだった。



 その後、馬車は商業街をゆったり進み、ほどなくして街で一番人気の宝石店に到着した。重厚感のある扉を開けると、落ち着いたインテリアの店内に、煌びやかな宝飾品の数々が並んでいる。


「うわぁ、キラキラだぁ」

「すごく綺麗……」


 イアンとビクトリアが揃って目を輝かせる。

 アシュレイにとっては、ふたりの満面の笑顔とキラキラ煌めく瞳の方が、どんな宝石よりも美しく、そして尊く思えた。


「ご予約のクラーク様ですね。お待ちしておりました」


 店員に先導され、奥の接客ブースに向かっていると、前方から歩いてきた人物に「おっ、アシュレイじゃねぇか!」と声をかけられた。





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 記念SSをお読みくださり、ありがとうございます!

 明日、発売当日11/5(日)AM10時 ラストエピソード更新です♪

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