第85話 10/27 書影公開記念SS(2)

 ソファに座っていた金髪の女性がこちらを見て、緊張の面持ちで立ち上がる。


 アシュレイが「どうして、ここにいるんだ?」とイアンを見つめると、「ビッキー先生のめんせつしてた!」との答えが返ってきた。


 ぴょんとソファを降り、イアンが満面の笑みでこちらに駆け寄ってくる。


「アシュレイ、こちらビッキー。イアンの先生。ダンスがとくいだから教えてくれるって。あと、ジのびょう──」


 イアンがなにかを言いかけた時、金髪の女性が「せっ、先日は助けていただきありがとうございました!」と言い、深々と頭を下げた。


(『ジのびょう』とはなんだ? 字? それとも、持? 持病? それに『先日』とは……)


 アシュレイは腕組みして、彼女の顔をジッと見つめた。

 

 煌めく金髪に、青空のような爽やかなブルーの瞳。

 ややつり目の大きな双眸と、溌剌とした笑顔には見覚えがある。


 先日という単語を手がかりに記憶をたどること数秒、信じられない答えにたどり着いた。


「もしや、貴方は、ビクトリア・フェネリー侯爵令嬢ですか……?」


 にこやかに「はい」と頷く彼女は可憐で、戦勝記念パーティで見かけた威厳と迫力のある侯爵令嬢だとは、思いもしなかった。


 そもそも高位貴族のご令嬢が、家庭教師の面接で我が家を訪れる理由が分からない。


 困惑するアシュレイに構わず、ビクトリアは爽やかな笑顔のまま、ハキハキとしゃべり始めた。


「家庭教師の面接に参りました。ビクトリア・フェネリー改め、ビクトリア・キャンベルです。本日は、どうぞよろしくお願いいたします」


「え、ええ……どうも。ですが、なぜキャンベル姓を……? というか、どうして高位貴族のご令嬢が家庭教師を?」


「実家を出ましたので、私はもう侯爵令嬢ではございません。今後は遠縁のキャンベル家の姓を名乗り、職業婦人として生きていくつもりです」



(…………はい?)


 

「侯爵家を出た? それは、またいったい……」



 ──かくして、アシュレイとビクトリアは再会し、ふたりの恋物語は幕を開けたのであった。



 ✻  ✻  ✻



 それから、あっという間に時は経ち──。

 

 アシュレイとビクトリアは雇用主と家庭教師という関係から、恋人となり夫婦となった。

 出征前に式も挙げず慌ただしく籍だけ入れたため、来春に結婚式を予定している。

 

 戦場から帰還したアシュレイには、上官のマクガレンから「家族サービスの刑」と称した療養休暇が与えられたが、報奨として授けられた領地経営の事務に追われ、なかなか休めずにいた。


 今日も今日とて、屋敷の書斎で書類仕事をしていると、コンコンと部屋の扉がノックされた。


 入室を許可すると、家令が入ってきて一礼する。


「旦那様、馬車の準備が整いました。奥様とイアンお坊ちゃまがお待ちですよ」


 家令はアシュレイの手元にある資料を見ると「あとはわたくしにお任せください」と申し出てくれる。


「では、すまないが、このあとは頼んだよ」


「はい。つつがなく処理しておきます」


 アシュレイが戦場から帰還してからというもの、クラーク家の家令は仕事が増えたにもかかわらず、いつもニコニコしている。


 不思議に思っていると、彼はアシュレイの疑問を察したのだろう。年かさの家令は目を細め、穏やかな表情で理由を告げた。


「旦那様の楽しそうなお姿を見られて、わたくしは幸せでございます」


 彼は元々、実家の屋敷で働いていたため、アシュレイの幼少期についても詳しく知っている。

 

 両親の不仲な様子に心を痛め、泣いていた幼い日の自分を、誰よりも側で見てきた人だ。

 きっと、息子の幸せを見守るような心地なのだろう。


 アシュレイは長年仕えてくれている彼に、感謝の気持ちを込めて告げた。


「これまで、俺のことを見守り、支えてくれて感謝する。これからも頼むよ」


「もちろんでございます。クラーク家の平穏と幸せを守るのが、このわたくしの生きがいでございます。──いってらっしゃいませ、旦那様」


「あぁ、行ってくる」


 いつもどおり綺麗なお辞儀をする家令に見送られ、アシュレイは家族の待つリビングへ向かった。




 

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 お読みいただき、ありがとうございます!

 次回の記念SSエピソードは発売前日11/4(土)更新です!

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