第32話 探り合い

 突然僕が大声を出して笑ったものだから、ヒュオトレは気分を害したらしくこちらを睨んできた。

「ふふふっ、やあ、ヒュオトレ。元気そうで何よりですね」

「はあっ、えっ、そんな、馬鹿な」

 睨みを利かせて細めていたヒュオトレの目が、僕を見たことによって大きく見開かれていく。


「ど、どうなされたのですか」

 ヒュオトレが何に驚いているのかが、副官にはさっぱり分からないようだ。

「ねえ、ヒュオトレ。僕が人間族だと思う?」

 ここが畳み掛けるべきポイントだと思い、僕はブラフを口にする。

「そ、それは……。いや、だがどう見ても人間族としか」

「確か、僕が違う世界から召喚された者だってことは、知っていたよね。見た目が似ているからといって、人間族だと判断するのは早計だったのでは」

 詐欺師にでもなった気分だが、騙そうとしているのでそれも強ち間違いじゃない。東の魔王も僕の不敵さに、苦笑いしている。


「じゃあ、今君の目の前にいる僕は、何なんだろうね。ウゾルクの人間族って、短命なのではなかったっ、け」

 東の魔王が必死に笑いを堪えている姿に、僕も吹き出しそうになるが何とか堪えた。

「確かに、前にあった時と、全くといって良い程に姿が変わっていないな」

「それって、どのくらい前なのですか」

 ヒュオトレが疑念を持ったタイミングで、副官が良いアシストをする。

「300年以上前だ」

「へぇ? 奴はエルフ……には見えませんね」

 ヒュオトレの答えを聞いて、副官も困惑してしまう。


「僕は人間だよ。ただし、ウゾルクではなく地球のね」

「ちきゅう? 人間……」

 僕の言葉をヒュオトレは噛み締めている。

「そうだよ。地球には人類は人間しかいない。だから人間って呼称される」

 人を騙すには一つの嘘に多くの真実を混ぜて語るのが良いと、何かで目にしたことがあった。


「だから、僕は無条件でウゾルクの人間族に味方はしない。ここに東の魔王と一緒にいる。それがどういう意味かは、言わなくても分かるよね」

 無駄な嘘は吐かずに、言葉にしないことで相手に勘違いさせる。これも、テクニックの一つだ。後から、言い逃れする時に役に立つ。


「そうか。では、やはり聖女教とは無関係なんだな」

 無事にヒュオトレを信じ込ませれたみたいだ。

「そう言えば、さっきから言ってる聖女教ってなに?」

 ずっと気になっていたから、思わず聞いてしまった。

「えっ?」

「えっ?」

 ヒュオトレの反応に、オウム返ししてしまう。


 これは、やってしまった。折角、僕が300年以上生きていると信じ込ませたのに、今のウゾルクで聖女教とは知っているのが当たり前らしい。でも、仕方がないじゃないか、僕がいた時にはそんな教団名を聞いた覚えも無いし。


「私達は、今まで地球で過ごしていたの。350年ぶりに帰って来てみたら、こんなになっちゃってて、驚きよ」

 東の魔王が、嘘とも真実とも言えない微妙な辺りを付いてフォローを入れた。

「そっちはどうか知らないけれど、私は貴方達に敵対する意思は無いわ」

「それを信じろと?」

 東の魔王とヒュオトレは睨み合っている。互いに殺し合いをした代表同士なので、仕方がない。まあ、東の魔王の方は揶揄い半分って所だろうが。


「同胞の死者は少なくないのだぞ」

「あら奇遇ね、私の仲間も沢山亡くなったわよ。でも、それは戦いの中でのこと。名誉ある戦死だわ。きっと、今頃は地母神様の御許で安らかに暮らしていることでしょう」

 怒りを顕にしていたヒュオトレの表情が変わる。論戦では東の魔王に分があるようだ。


「うむむ。確かに戦での事。個人に非を押し付けるのは違うか。それに、ジョウと一緒にいるのだから、疑いの余地はないな」

 ヒュオトレは納得してくれた。だが、その無駄に高い僕への信頼感は、一体どこから来たのだろうか。謎だ。

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