第31話 邂逅

 結論から言うと、南に進路を取った僕らは正しかった。


「東の魔王、これどうするよ」

「仕方ないわ。大人しくしていましょう」

 あれから、数時間進んだ所で、僕と東の魔王は獣人族の一団に取り囲まれている。包囲されて武器を向けられていて、逃げることも困難だ。


「これは、一体どういう事でしょうか」

 一先ず、少しでも現状の情報が欲しい。

「ふざけているのか、ここは獣人区だ。理由はそれで充分だろう」

 囲みの中から、リーダー風の男が前に出た。

「獣人区? それって、一体」

「馬鹿にしているのか! 貴様らが決めた事だろう! 知らなかったとは言わせねえ」

 ただ、怒らせただけで、それ以上の情報が得られることはなさそうである。


 そして、僕らは捕まると、手足を縛られて馬車に荷物のように放り込まれた。


「大人しく捕まってみましたが、どうも好転するようには思えませんが」

「そうよね。扱いが、重罪者に対するそれだから、拙いかもしれないわ」

 馬車の中で碌に身動きも取れずに東の魔王と小声で会話をしていたが、どうにも先行きはよろしくないらしい。


「逃げた方が良いのかな」

 その気になれば、例の鎖もあるので拘束を解くことは容易い。

「でも、折角獣人族の情報が知れるのに、ここで逃げるは得策じゃないわ」

 東の魔王には転移魔法があるから、本当にいざとなったら逃げることが出来る。そう考えると、確かに東の魔王の言う事が正しいと思う。

「まあ、あれこれ考えてもしょうがないか。危なくなったら、お願いね」

「ええ、分かったわ」

 最低限命の補償があると思うと、安心して何だか眠くなってしまう。拘束されて碌に動けない僕は、馬車の適度な揺れも相まって眠ってしまった。


「ぐぅえっ」

 体が圧迫されるような痛みに、意識が覚醒していく。全く乱暴な起こし方だ。文句の一つでも言おうと起き上がろうとして、動けないことに気付く。

「そうか、拘束されていたんだった」

 僕の視界に馬車が入っている。それと、近くに男の姿も。


「ああん! 全くいい御身分なこった。昼寝を決め込むとはな!」

 凄い形相で僕を睨んでいる。

「はあ? どうも? おはようございま、ぐぅふぁっ!」

 寝起きで頭が回っていなかった。こんな態度では挑発と取られてしまうと、冷静に考えれば分かるものを。無駄に腹を蹴られてしまい、余計に痛い思いをする羽目になった。


「地面に叩き付けられただけじゃ、目が覚めなかったようね」

 隣には涼しい顔をした東の魔王がいる。体のあちこちが痛い僕とは違って、東の魔王はどこも痛そうには見えない。

「起こしてくれればよかったに」

「そこまで面倒は見られないわ。私は貴方のママじゃないの」

 東の魔王はクスクスと笑っていた。


「随分と余裕だな! まあ、いいさ。今のうちに、最後のひと時を楽しんでいればいいさ」

 僕らの態度が気に入らないようだが、男は僕らが処刑される未来を想い溜飲を下げたようだ。

「さあ、こっちだ」

 引き摺られるようにして、大きなテントの前へと連れていかれる。


「人間が獣人区を嗅ぎ回るって、いい度胸じゃねえか。自殺志願者か。はんっ、お望みどおりに殺してやんよ、八つ裂きにしてな」

 恫喝しながらテントから出てきた獣人は、少し渋くなったヒュオトレであった。キッと睨み付けた瞬間に、東の魔王と目が合い目を丸くしている。


「尻尾撒いて逃げ出してから、暫く見掛けなくて清々してたのによお。一体、今までどこに隠れていたんだ」

「そっちはちゃんと族長やれているみたいじゃないか。なによりだわ」

 東の魔王は本心でそう思っている気がする。何だか、その瞳が孫を見るおばあちゃんように見えた。


「うるせえ! ってあれ? 拙いぞ。このババアはこんななりでも獣人だから、罪状が無くなっちまった」

「そうですねぇ、それでは人間族を手引きした罪を問えば良いのではないですか」

 副官の言葉に頷いているヒュオトレをまじまじと見てしまう。

「くくっ、くっはっはっはっ」

 堪え切れずに笑ってしまった。


 強面なのに根が真面目な部分が全く変わっておらず、懐かしくて嬉しかったんだ。

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