第30話 前を向く
呆然自失となっている東の魔王に、どう声を掛ければ良いのかを必死に考える。
「ひょっとしたら、革命の象徴として旧中心都市を破壊しただけかもしれない」
そんな事しか思い浮かばない、自分の知識の無さが疎ましい。もっと歴史の勉強などをしっかりしておけば良かった、と思っても今更である。
「ここは、我ら獣人の聖地であるのよ。私だけじゃない、これまでの御先祖様が脈々と守り続けて来た地なの。一時の感情で、このように出来る筈もないわ」
僕が思っていたよりも、ずっと重い意味のある土地らしい。それだけに、東の魔王の絶望感は計り知ることが出来なかった。
「いくら何でも、全ての獣人族が都市と心中する訳じゃないよね」
城を枕に討ち死に覚悟の戦国武将だって、女子供は城から逃がしていたようだし、本当の意味で全滅するということは選択しないだろう。先の大戦で一億総玉砕と高らかに叫んだ指導者がいたって、実際には日本国は今も続いているのだから。
「それはそうだけれど」
それでも、東の魔王の顔は晴れない。きっと、ここまで来る間に必死に集落を探していたにも拘わらず、一つも見つかっていないことが引っ掛かっているのだろう。
「こんな状況では多分、少し離れた所まで逃げると思うよ。それに、逃げるなら廃墟になったアクトリンド方面より、その他の健在な都市のある方じゃないかな」
この際、獣人の中心都市とアクトリンドの、どちらが先に廃墟になったのかなどは置いておく。今は、事実よりも、東の魔王に希望を持たせる方が大切なのだから。
「そうね。きっとそうなんだわ。北と南なら、どっちなのでしょうね」
東の魔王も、少し明るく見える。無理して明るく振舞っているだけかもしれないが、それでも前を向いていることには違いない。
だから、僕は敢えて口に出さなかった。エルフの街で多様な種族を見掛けたが、その中に獣人族の姿が無かったことを。
「うん、そうね。一先ず、南から捜索してみましょうか。南の魔王の方が、まだましだからね」
個人的な好き嫌いで、進路が決まってしまった。でもまあ、そういうものかもしれない。案外、人の行動原理は単純だったりするのだから。
「じゃあ、これからは獣人族の集落を探す旅に出よう」
一つの目的は達せられた、結果がどうあれ。だとしたら、新しい目標が必要になる。
「私の顔を知っている人が、残っていればいいのだけど」
「それも、どっちに転ぶか分からないけどね。僕みたいに」
ちょっと自虐的になってしまった。あれだけ羞恥を晒して、少しは落ち着いているが、やはりアリマススの件は僕の奥底に深く刺さってしまっている。
「その時は、組み敷けばいいのよ。強い者こそ正義なのだから」
僕は賛同できないが、東の魔王のその考えは獣人的っぽい。どうやらウゾルクの獣人族も、僕のファンタジー知識の中の獣人と大差ないみたいだ。
「1対1になれるとは限らないよ、寧ろ」
1対多数になる可能性の方が高い。そうなっては、幾ら東の魔王でも勝ち目はないだろう。
「まあ、それは当然ね。何? もしかして、私がその程度で負けるとでも思っているの? 信じられない!」
どうやら、違うらしい。
「まあ、あの時ぐらいの人数だったら、流石に厳しいけど」
「あの時って、まさか最初に僕がウゾルクに飛ばされた時のことを言っているの? あれは、軍と呼ぶんだよ」
なんと、東の魔王相手に戦うには、一軍が必要らしい。
「ってことは、僕と戦った時って」
「ええ、殺さないように手加減していたわ。だって、八つ当たりだと薄々気付いていたし」
特別な武器を使っていたにも拘わらず、僕は死ぬ気で戦っていたというのに。
「もし、東の魔王が本気を出していたら」
「そうねぇ。1秒も経たずに、その首が胴体とおさらばしていたのではなくて」
事も無げに言って見せる。それが余計に真実味を帯びるのだ。
「だ、大丈夫よ。私だって無暗矢鱈に人を殺したい訳じゃ無いもの」
必死に言い繕う姿は、ただの少女にしか見えない。
「そうか。人間換算で言えば、君はまだJKなんだった」
「はぁ? JKって何よ! また訳分かんないこと言って、私を馬鹿にしているんじゃ……」
なんか安心して、聞き流しながらも僕は笑顔になっていた。
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