第29話 到着
朝になり目を覚ますと、とても気まずい。昨晩は子供のように泣きじゃくってしまった。中学生になってまでだ。恥ずかしくて堪らない。
「おや、ジョウ。起きたのね。もう落ち着いたかしら」
東の魔王は、揶揄うでもなく普通に接してくれている。それでも、どうしても気恥しい。
「お、おひゃよう。も、もう大丈夫だひょ」
しどろもどろだったせいで、東の魔王にクスクスと笑われてしまう。
「ありがとう」
「えっ、何でお礼?」
突然、東の魔王に笑顔でお礼を言われて戸惑ってしまった。お礼を言うべきは僕の方ではないか、なのになぜ。
「ふふふっ、余りにも気持ちいい位にジョウが泣きじゃくってくれたから、悩んでいたことがどうでも良く思えてきたわ。それで、心が軽くなったの。だから、ありがとね」
僕の恥さらしも、どうやら役に立ったみたいだ。
「僕の方こそ、ありがとう。お陰で落ち着いたよ」
「素直で、よろしい」
改めて、僕の方からお礼を言うと、東の魔王は清々しい笑顔を向けてくれた。
「それじゃあ、ご飯にしよう」
どうやら、僕が寝ている間に朝食の準備までしていてくれたらしい。火にかけられている鍋からは、食欲をそそる匂いが漂ってくる。
『グゥー』
「はははっ、言葉より先にお腹で答えるとはね。朝食を作っておいて正解だったわね」
東の魔王は楽しそうに笑い声を上げた。僕は俯いてしまう。顔が熱い。きっと真っ赤になっていることだろう。
「さあ、まずは食べちゃいな。後でゆっくり揶揄ってあげるから」
「う、うん。頂きます」
差し出された器には、肉や野菜がたっぷりのスープが入っている。
「あと、これも」
保存が利くように固く焼かれたパンを、東の魔王が差し出した。
「これは、どうしたの?」
エルフの街では買い出しをしていない。一体どこで手に入れたのだろうか。
「とっておきの非常食よ。今日中には中心都市に着くと思うから、出し惜しみはする必要ないの」
そう言うと、東の魔王は自身のスープにパンを浸した。
「うん、美味しい」
日本人としてはお米が恋しくなるが、野営を続けたこの3日間は肉と野草だけのご飯だったので、パンの存在はとても有難い。
腹ごしらえを済ませると、後片付けをして出発する。
ボロボロの街道をひたすら進んでいくと、不意に林が途切れた。視界が広がり、先まで見通せるようになる。
「あそこが、中心都市だ」
まだ随分と小さくであるが、確かに都市と思しき姿が確認出来た。
「一先ずは、様子見から始めますからね。くれぐれも先走らないで下さいよ」
獣人族の350年はそれなりの時間ではあるが、決して悠久の時ではない。恐らくヒュオトレが族長の座に収まっている筈だし、東の魔王の顔を覚えている者もゴロゴロといるだろう。
だからこそ、慎重さが大事だ。現在の情勢がどうなっているのかを知る為の情報収集を、何よりも優先して行わなければならない。
「私にも思う所はあるけど、それくらいは心得ているわ」
受け答えをする東の魔王の顔を見ていると、やはり元為政者だったというのを実感する。 いうなれば、クーデターを起こされた側で、あの時の戦いに於いて東の魔王の部下の多くも亡くなっているのだ。それでも、表面上は見事に怒りを押し込めている。冷静そのものといった所か。
「ともかく、最初は僕一人で街の様子を探ってくるから、東の魔王は街の外で待機していてよ」
話しながら進んでいたが、東の魔王が歩みを止めてしまう。
「えっ」
都市の方向を見ながら固まっている。
「どうしたの。大分近付いたとはいえまだまだ先だから、今から緊張していても仕方ないよ」
複雑な気持ちであろう東の魔王を慮ったつもりだったが、無駄だった。
「あっ、あっ、あっ。そんな、馬鹿な」
東の魔王は呆然自失で立ち尽くしている。
「ちょっと」
と思っていたら、急に走り出した。僕も慌てて追いかける。
「う、嘘だろ」
ある程度近付いた所で、僕も理解する。目の前の都市は、本当は都市であったものに過ぎなかったと。
ーーーそこは廃墟であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます