第28話 野営

 林の中の道を進み続け、3度目の野営となった。その間、誰一人として通りかかる者の姿は無い。道の状況からも、使われなくなって久しいというのは分かっていた。


「お帰り。どうだった?」

 狩りに出ていた東の魔王が戻ってきたので、挨拶がてら尋ねる。

「いえ」

 東の魔王は顔を曇らせたまま、首を振った。しかし、その表情とは裏腹に、中型の獣を引き摺っている。


「そうですか。それは残念だね。ともかく、それを解体しようか」

「そう、よね」

 東の魔王は狩りのついでに、辺りに集落がないか探し回っていたのだ。東の魔王の領地の中心都市もだいぶ近付いてきて、森暮らしを好む種族の集落が有ってもおかしくはないらしい。


「まあ、たまたま見つからなかっただけだと思うよ。都市へ行けば、地図でもあるんじゃないかな」

 手を動かしながら、口も動かす。臓物の処理と血抜きは、東の魔王が仕留めた際に済ませていたので、皮を剥いで部位ごとに切り分ければ準備完了だ。


「はあ、350年経ってるとはいえ、私の素性がばれたら殺されちゃうわよね」

 僕の思いが伝わったらしく、東の魔王は軽口を言ってみせた。だが、その笑顔はどこか悲しげだ。

 そんな東の魔王を尻目に、僕は切り分けた肉に塩とハーブで下味を付け、焚き火に台を組んでセットした網の上で焼いていく。


「腹を割って話し合えば、分かり合えるさ。まず僕が話をしてみるよ。恐らく、今の族長はヒュオトレなのだろう?」

「そうね。あの坊やが革命軍を仕切っていたから、そうなっている筈よ」

 焼き上がった骨付き肉に、僕は大袈裟にむしゃぶりついて見せる。

「ふふふっ、もう、一体どれだけお腹が空いていたの」

 道化に徹した甲斐が有って、東の魔王は漸く影の無い笑顔を浮かべた。


「空腹じゃ、元気が出ないよ。さあ、東の魔王も食べな」

 程良く焼き上がった肉を、東の魔王へと手渡す。

「確かに。元気を出さなきゃね」

 暫く、手元の肉を見つめていた東の魔王だが、一つ頷くと豪快に肉へと齧り付いた。


「はははっ、東の魔王も他人ひとのことは言えないじゃないか」

 僕の道化っぷりに勝るとも劣らない食べっぷりで、東の魔王は鼻の頭を油でギトギトにしてしまっている。

「ジョウ。無理させて、ごめんなさいね」

「はあ? 嫌だな、何を言っているのか、分からないよ」

 突然、東の魔王がしんみりとしてしまう。その時、座っている僕の腿に雨粒が落ちた。空を見上げたら、滲んでいるが満天の星空を見ることが出来た。


「おかしいな」

 雨の気配は一切ない。さっきの雨粒は何だったのだろうか。

「辛かったわよね。元お仲間だったのでしょう」

「あれ?」

 東の魔王の顔を見たら、また雨粒が腿を叩いた。そこで漸く、それが僕の頬を伝う涙であることに気付く。


「ちが、違うんだ」

 これまでは、心の処理が追いついていなかった。それに、移動や野営の準備などで気を紛らわすことも多い。それが、三日も経つと落ち着いてくる。そして、現実を受け入れようとする心の余裕も少しだけ出てきたのだ。


「ええ。分かってる」

 東の魔王が、僕の頭を包み込むように抱きしめる。

「辛かったわね」

 僕は、東の魔王の右肩辺りに顔を埋めた。途端に、東の魔王の肩口が湿っていく。

「彼女は、アリマススは、あんな目をする娘じゃないんだ」

 はっきりとした殺意の籠った瞳だった。それを向けられたショックもあるが、そんな目をさせてしまったことが余計に辛い。


「彼女は良く笑うようになっていたのに」

 最初は心の殻に閉じこもっていたアリマススも、旅を続けるうちに大分打ち解けられた。随分と柔らかくなったあの笑顔を思い出す。

「僕の、僕のせいだ」

 全てが壊れてしまった。いや、壊してしまったのだ。アリマススを350年もの間傷付け続けたのは、他でもない僕なのだから。


 東の魔王は何も言わずに、僕の頭を撫で続けてくれている。泣いて喚いて、僕の意識は遠のいていった。

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