第26話 邂逅

 大樹の根本まで行くと、そこに郵便受けがあり表札が掛っている。『ウールド診療所』と木のプレートに木で作った文字が張り付けられたものだ。


 幹の周りに螺旋状に配された階段を登っていく。そのツリーハウスは、遠目で見ていたよりも大きく立派である。

「凄いね」

 思わず感想が漏れた。

「あれ、貴方は以前に来た時に見ているのではないの?」

 東の魔王に不思議がられてしまう。でも、あの時は、もっと小さかった。とは言っても、大樹には変わりがないのだが。

「そうだけど、僕が知っているのは、大樹の中でも小さい方だったみたい。そもそも、ここまで大きいのは無かった気がする」

「確かに、私もこんなに大きくなったサケアの木を他には知らないわ。周りの木が伐採されたから、養分を独占して育ったのかしらね」

 東の魔王からしてみても、この木は大きいらしい。


 折角なので、じっくりとツリーハウスを観察する。まるでお伽噺の絵本に出て来そうな、とてもファンシーな見た目だ。

 一通り堪能したので、玄関から中に入る。玄関ホールはそのまま待合室となっているみたいだ。

「思っていたよりも広くないんだね」

「そりゃそうでしょ。枝の少ない部分を活用するから、スペースは限られるわ」

 言われてみれば、その通りだろう。木と共生する家なのだから、スペース確保の為に枝を伐採したりしていたら本末転倒である。


「ちょっと待って下さいね!」

 受付らしきものがなかったので、待合室で立ち尽くしていると、奥から声が聞こえた。

「あれ?」

 なんか聞き覚えのある声だ。


 診察室から二人の人が出てくる。

「それじゃあ、また来週来てね。それまでお薬もちゃんと飲むのよ」

 白衣を着ている女性が、杖を突いて片足を引き摺っている男性を送り出す。

「ああ、ごめんなさい。それで、今日はどうされま……お、お前は!」

 こちらを見た女性は最後まで言葉を続けられずに、見る見る顔が怒りに歪んでいく。


「お前が! お前だけは許さない!」

 女性の手にはいつの間にか弓が握られていて、番えていた矢を放った。矢は彼女の怒りを乗せてこちらへと向かってくる。まさかのことで、とても避け切れるものではない。


「なぜ」

 怒りに燃えるその顔を僕は見たことがある。いや、そんなものじゃない、見知っているのだ。知り合い、というよりは戦友が近いか。数ヶ月の間だけだったけれど、一緒に冒険をした。

 そう、彼女はアリマススなのである。


 その矢は僕へ向かって一直線に迫って、額を貫くと思われた。

『バキ』

 東の魔王が僕の顔の前で掴んだその矢を、折り捨てる。


「この裏切者! 聖女様に代わって、お前をこの手で殺してくれよう!」

 鬼のような形相のアリマススは、矢を乱れ打ちする。放てど放てど矢が尽きることはない。彼女の武器は魔法の弓矢なのだから。

  

「やめてくれ! アリマスス!」

 僕の必死な声にも、まるで聴く耳を持たない。矢の連射速度は、徐々に速くなっていく。彼女は、アリマススは、本気で僕を殺そうとしている。その事実を目の当たりにして、僕の足から力が抜けていってしまう。そのまま、その場にへたり込んだ。


「馬鹿なの!」

 東の魔王が僕の前に立ちはだかる。先程までとは違い、動かない僕を守る為に東の魔王もその場を動けない。アリマススの連射速度はどんどんと増して、今や矢が一本の線と見紛う程になっている。

 そんな矢を動かずに全て防げる筈もない。

「くっ」

 遂に、東の魔王の腕へ矢が刺さってしまった。


「東の魔王!」

 僕の上げてしまった声に、アリマススが反応する。

「東の魔王ですって! 丁度良いわ。纏めて始末してあげる」

 心なしか、連射速度だけではなく、1本1本の矢の威力も上がっている気がした。


「ジョウ、分が悪い。ここは一時撤退する」

 東の魔王が僕の腕を掴むと、景色が一変する。

「転移、したのか」

 視界に移ったのは、砂漠であった。

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