第21話 和解

 東の魔王の闇は深い。日本で平和に浸かりながら暮らしてきた僕では、想像することさえ不可能だろう。


「さあ、もういいかしら。君がどんな罪を犯したか、理解出来たでしょ。勿論、その罪は命でしか贖えないわ。君を殺して、さっさとウゾルクに帰りたいの」

 東の魔王は、もう飛び掛かる寸前といったところだ。


「戻って、獣人族を滅ぼすのですか」

 口にしたものの、違和感がある。

「バカなの?」

「そうだ、馬鹿だな、僕は。君に支配されていたとはいえ、魔王に対して反乱を起こせる程だったということは、それだけ繁栄していたということじゃないか」

 そんなのは普通、復讐相手に対してすることじゃない。


「当たり前じゃない。獣人族は長が強ければ強い程に繁栄するの。私を辱めた奴らは皆殺しにしたけれど、それ以外は関係ないもの。私が長となって繁栄を享受させるのも吝かではなかったわ」

 元々、両親に殺されないくらいの力を赤子の頃から持っていた東の魔王だ、成長の過程で族長の力を凌ぐことは必然であろう。


「あれ、ヒュオトレは祖父の仇と言っていた気が」

「ああ、あれの父親は当時生まれたばかりのあれと、その母親にべた惚れだったからね。私を犯した男の中には入っていないわよ」

 だから生かすついでに、族長代理の地位につけて纏めさせていたと、あっけらかんに言い放った東の魔王を素直に凄いと思う。


「君には王の器が備わっていたのですね」

 僕の一言で、東の魔王の表情が激変する。

「な、なに言っているの! よ、よいしょしたって、君のことは許してあげないんだからね」

 この魔王、どうやら褒められ慣れていないらしい。


「いえ、本心ですよ。君は相当な人格者ですよ。でなければ、酷い目に遭わされた一族の者を、直接危害を加えていないからといって要職に就けるなど出来る行いではありません」

「ち、違うわ。ただ、体制を全て壊して作り直すよりも、現行の物を使い回す方が楽だったからよ。えっと、そう、ずぼらなだけよ」

 なんだか、東の魔王が可愛らしく見えてきた。


「そんな人格者の東の魔王様にお願いしたいのですが、この辺で許しては貰えないでしょうか」

「ううっ。わかってるの。わかってるって、貴方はただ、召喚されてあの場に現れただけで、意図的に私達の戦闘に介入しようとしていたわけじゃないってことは」

 ちょっとむくれてしまった。だが、頬を膨らませてはいるものの、瞳からは殺気が消えている。


「で、でも! 怒りのぶつけ先って必要でしょ。百年も長をやっていれば、私を支えてくれる人もそれなりに増えるのよ。その子達が亡くなったり大怪我をしたことは、本当に辛かったの」

 身振り手振りを交えて、体全体でその辛さの大きさを表現していた。


「じゃあ、ウゾルクへ行って、君を困らせた奴らにお仕置きをするのはどうですか?」

「復讐するの? そしたら、またいつか復讐されちゃうんじゃ」

 復讐の連鎖ってやつだ。

「そうですね。だから、お仕置きなのですよ。躾の一種だと考えて下さい。分からせてやるのですよ、立場ってやつを」

 ニヤリと笑って見せると、東の魔王が2・3歩後退っていく。


「分かったわ、許してあげるわよ。その代わりに、一緒に、来て、くれる?」

 その潤んだ瞳で上目遣いは、反則じゃないか。

「わかりました。それで良いですよ」

 僕としてもこっちの生活に息苦しさを感じていたし、元々付き合うつもりでこの話題を出したのだから。


「本当に?」

 嬉しそうに微笑んだ東の魔王は、年相応の少女にしか見えなかった。あれ? 年相応? さっき長を百年とかなんとか言っていなかったっけ。

「ロリばばあ!?」

 この見た目で百歳越えとか、反則だ。


「ばばあ言うな。私はまだ、ぴっちぴちの174歳だから。瑞々しい青春真っ盛りの乙女なのよ」

 獣人族は人間とは寿命が違うのだろうか。

「因みに、獣人族の最高齢って?」

「どうかしら、1200歳くらいかしらね」

 うん、普通に十倍くらいだった。てことは、東の魔王は当時7、ふごふご。人間換算で考えるのはやめにした。

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