第20話 出自の闇
いきり立った少女の振り下ろした爪が、拘束衣を無残に引き裂く。僕も一緒に切り刻まれ……はしなかった。
「なに!」
すんでのところで、僕は拘束衣から抜け出て、ベッドから転がるようにして床へと退避することに成功する。
「今、この部屋には魔力みたいなものがあるのですよね。それを使わせて頂きました」
僕は分銅鎖を手に身構えた。そう、大賢者から借り受けて、そのままお土産として貰った金属片だ。魔力が無いこの世界では使い物にならない筈であったが、魔力があれば金属片が使用者に合った形に姿を変えるという凄物である。
僕のこれは分銅鎖になるのだが、これには何と他の金属を融合するという能力があった。本来の用途は、魔法で拡張しているだけの容積を他の金属を取り込む事で満たして、より強固にする為のものらしい。
だが、今回は拘束衣の鎖を鍵ごと取り込んで、拘束を解く為に使ったということだ。
「ねえ、確認するけど、君が東の魔王ということで良いのだよね」
「そうよ。次は外さないから」
立派な犬歯を剥き出しにして睨み付けてくる東の魔王は、屈んで両手も地面に着けている。
「爪といい、歯といい、突撃前に四足歩行的体勢をとることといい。君って、もしかして獣人族なのかな?」
耳もしっぽもないけど。
「ええ。それが何か? つまらない時間稼ぎをしても、死ぬのがちょっとだけ後になるだけよ」
確かに、力の差は圧倒的だ。睨み付けられて、こっちとしてはさっきから膝がガクガクしているのだから。
「どうして同じ獣人族で、支配だの解放だのって話になっていたの?」
そこがどうしても分からない。
今の僕が生き延びる為には、東の魔王のことをもっとよく知る必要がある。それには、絶対に欠かせない話題だと思う。
「同じ、ですって! どこをどう見たら、そんなことが言えるの? 全く違うじゃない、私には耳もしっぽも無いのだから!」
東の魔王は悲痛に叫ぶ。そこには深い悲しみと絶望が含まれているように感じられた。
「でも、君はとても獣人族ぽいよ」
「そうよ。私は獣人族の両親から生まれたわ。でもね、物心ついた時から何度となく殺されかけたの。両親によ」
睨む瞳は僕を通して他の誰か、東の魔王の両親、を見ているみたいだ。
「でも、私は元々強大な魔力を有していたから、あの人達如きじゃ殺せなかったのね。毎度毎度、苦しい思いはするものの、刺されても、毒を盛られても、崖から突き落とされても、死ねなかったわ」
怒りか哀しみか、東の魔王の瞳が滲んでぼやけた。
「君は、優しい子なのですね」
東の魔王の口ぶりから、死にたかったというのが伝わって来る。でもそこに、苦しみからの解放というよりは、両親の為にという想いが感じられてしまう。自分がこんな容姿で生まれてきてしまったから、両親に子供を殺そうと決意させるに至ったと、自責の念が拭えなかったのだろうか。
「ふざけないで! 私は駄目な子だったの。だって、両親を死なせてしまったもの」
東の魔王曰く、両親は時の族長によって処刑されたということだ。
「では、それからは族長に保護されて生活を?」
「保護? 笑わせないで。私の両親が殺されたの理由は、あの人達が私にしていたことじゃないのよ。私を生んでしまったからなの」
意味がよくわからない。
「それは、時期的にみて、おかしいですよ」
仮に、獣人らしくない見た目子を産んだことが罪になるのであれば、東の魔王が物心つく前に両親は殺されているだろう。それこそ出産直後にでも。
「奴は待っていたのよ。私がある程度まで育つのを。それからは奴隷のような日々だったわ。ただ、身綺麗にはさせて貰ったわ」
「それは、良かったのでは」
東の魔王に軽蔑を含んだ目で睨まれた。だが、それも当然だ。
「そうね。良かったと思えれば、ましだったかしら。ねえ、聞きたいのだけれど。奴隷的扱いにはね、夜の奉仕も含まれるのよ。それでも、貴方は同じことが言えるかしら」
自己嫌悪に陥る。何も知らないとはいえ、族長のことを保護者である貴美子叔母さん達と重ねて親近感を抱いていた自分に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます