第17話 経緯(いきさつ)
地下室は静寂に包まれていた。
先程まで、空間の歪みや不協和音が鳴り響いていたのが嘘のようである。まだ、多少の耳鳴りが残っているが、それ以外には異変の起こる前と何ら変わりのない地下室のままだ。
西野先生がいないことを除いては。
「先生! 先生、どこですか」
看護師さんが叫びながら辺りを見回しているが、見つかる筈がない。
「無駄ですよ。西野先生は、その、信じられないかもしれませんが、異世界召喚されてしまったのですから」
口にして後悔する。僕の病名は、RAS(異世界転生症候群)とされているのだ。今言ったことは、正にその症状だと思われてしまうだろう。
「そんな。まだ先生は何もしていませんのに」
なんだか引っ掛かる物言いだ。だが、それよりも。
「看護師さん。確認したいのですがこの拘束衣の鍵って、スペアがあったりしますか」
看護師さんはまだ動揺しているみたいだが、それでも僕の問いに首を横に振ることで答えてくれた。まあ、最悪の答えなのだけれど。
「西野先生は、治療以外に何かをするつもりだったのですか」
一先ず、拘束衣問題は置いておいて、引っ掛かっていた疑問をぶつける。
「先生は、帰ろうとしていたのです」
「帰るって、家にではないですよね。ひょっとして、ウゾルクにですか」
一瞬びくりとした看護師さんだったが、目を合わせると頷いた。
看護師さんの話によると、僕が拷問でも行う装置ではないかと危惧していた物が、魔力のないこの世界においての魔力の代わり、つまりはエネルギー源となるのだそうだ。
そして、僕の記憶と転移時の残留魔力から、ウゾルクの座標を割り出して戻るつもりだったらしい。
あれ、でも西の魔王が転移魔法を使えるなんて話は、聞いたことが無いのだけれど。
~~~
異世界召喚や異世界転移というものは、どうもその都度時間軸のずれを起こすのだろうという僕の推論を西の魔王も支持してくれた。
「まや、驚きましたな。あっちの世界で5年間を過ごしてきたのですがね。戻って来てみれば、半年しか経っていないとは」
感慨深いと頷いている白衣姿の西の魔王は、違和感しかない。
「あれ? 貴方さっき、西野先生と言っていましたね。その白衣といい、もしかして医者をやっていたのではないですか」
「ええ、何か思い出しましたか」
僕の疑念の瞳に西の魔王は気付いていないのか、興味深そうにこっちを見てきた。
「恐らくは、貴方が会った僕は、これから日本に戻った後の僕の筈だから、思い出しようはないのです。そんなことよりも」
僕は、人差し指を西の魔王の鼻先に突き付ける。
「どうやって、医者をやっていたのですか」
「私は治癒魔法の心得もあるのですよ」
なんか、西の魔王の目が泳いでいないか。
「成程。では、どうやって医者になったのですか」
「登録、して?」
実に怪しい。
「医師免許はどうしたのですか」
「その、と、取った」
そんなわけあるか。
「医師免許は基本的に、医大を卒業しなければ試験を受けれないのですが」
「卒業、したような、してないような」
それで誤魔化せるとでも思っているのだろうか。
「医学部は6年制なのですが」
5年しか日本にいなかった西の魔王が、受験資格を満たせる訳がないのだ。
「な、なに、医療行為を行おうとしたら、免許が必要とかいうから。ちょっとばかし、その道のお偉いさんを、説得して、ですね」
「説得?」
昨今の日本では、賄賂を積んでも無理な話だろう。
「や、いや、そのですね。まあ、言いようによっては、……脳とも」
「良く聞こえませんね」
まさかとは思っていたが、こいつ、やりやがったな。
「せんのう。はい、洗脳して、医師登録させて免許も発行させました。これで良いですか!」
理不尽に逆切れされてしまった。
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