第12話 得るもの

 その日の内に入院する必要があると言われた。

 暫く家に帰れなくなるというのは願っても無いことであるが、入院となると話は別である。


「入院しなくても大丈夫だと思うよ。今までだって平気だったじゃないか」

「でもね、もしかしたら、ちょっとずつでも進行しているかもしれないのよ」

「そうだぞ。取り返しの付かないことになってからじゃ、義兄さんに申し訳が立たないからな」

 抵抗するも、貴美子叔母さんと俊哉さんを説得することは出来なかった。


 看護師に連れられて病院内を進んで行く。その時、急激に催したのだ。

「すみません。ちょっとトイレに行きたいのですが」

「トイレはさっき来た所を戻って、突き当りまで行った右側よ。一人で行ける?」

 看護師は案内しようかと訴えてくるが、僕もそこまで子供ではない。一人で大丈夫と笑顔で返すと、来た道を戻ろうとする。

「じゃあ、終わったらここに来てね」

 看護師はそう言うと受付に入り、何やら仕事を始めた。

「分かりました」

 リノリウムの床をキュッキュと鳴らしながらトイレへ急ぐ。割とヤバめかも。


「本当にこの値段でいいのですか」

 診察室の前に差し掛かると、不意に俊哉の声が耳に入った。何か貴美子も言っているのだが、廊下からでは上手く聞き取れない。

「家で面倒見てやっているんだ。生活していくというのは無料ではないんだぞ。保険金も既に使い切ってしまったしな」

「それは……でも、貴方はお金のことばかり言うけど、夜中のお世話は一度もしてくれたことは無いわよね」

 自分が二人の迷惑にしかなっていないことは事実なので、そう言われても仕方ない。


「俺には仕事が」

「私だって」

 途切れ途切れ二人の言い合いが聞こえてくる。どんどんと、心が冷めていく。

「もうやめよう。この喧嘩だって本を正せば」

「譲だと言うの」

 心が麻痺したのか、何も感じない。ただ、薄ぼんやり、事実だから仕方ないと思っていた気がする。


 もう、考えるのを止めよう。当初の目的である、トイレを目指すことにした。


~~~

 思考放棄をしたくなるが、グッと堪える。その瞬間に、大事なことに気付いてしまう。


「ちょっと待て下さい! 転移の宝玉? ということは、僕がウゾルクに来たのは、異世界転移ということですか!」

 僕は心から真剣に質問している。なのに、ビルトゥスもノルクッディも、アリマススまでも、こいつまた言ってるよって目をしているのは何故だ。


「そこ、重要なの?」

「ええ、今回が異世界転移なのか異世界召喚なのか、はっきりさせたいので」

 一度は答えが出ていたが、ひょっとすると覆るかもしれない。

「悪いけど、はっきりはしないわよ。だって、呼んだ時は召喚だし、送り返すには転移させないといけないからね」

「なん、だと」

 床に膝立ちとなると、手を突いて項垂れる。


 でも、ちょっと待てよ。ということは、両方が体験出来るということじゃないか。それって、とってもお得だよな。

 ちょろいと言われるかもしれないが、見事に立ち直った。

「でも、でも、どうやって西の魔王を倒せというのですか。力の差は歴然ですよ」

「それは、勿論分かっているわ。だから、特別な武具を貸してあげるつもりよ。それと、前払いとして其方達3人の望みはこの場で叶えてあげる」


 大賢者が腕を振ると、先ずビルトゥスが光に包まれる。

「あれ、なんだろう。なんだか西の魔王とも戦うのが、怖くなくなった」

「強き心を汝に与えん」


 続いて、アリマススも光に包まれた。

「うそっ、魔力が流れていく」

「癒しの魔法を汝に与えん」


 更にノルクッディも光に包まれる。あれ、彼は何か望んでいたか?

「おやおや、なぜだ。き、気になるぞ」

「好奇心を汝に与えん」


 こうしていると実に神々しく、大賢者の名も伊達じゃないのだと実感した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る