第11話 交換条件

まだ少し、頭がぼーっとする。施術が終わったらしく、いつの間にか貴美子叔母さんと俊哉さんもやって来ていた。

 ベッドから起き上がると、3つ並んだ椅子の空いているものに座る。向かいには、西野先生が真剣な面持ちで座っていた。


「結論から申し上げますと、譲くんは『異世界転生症候群』という精神疾患です。それもかなり重度の」

 西野先生は深刻な表情のまま冗談みたいなことを言う。一瞬、聞き間違えたかと思った。ところが、次の瞬間には真面目な顔とその言葉のギャップに噴きだしてしまいそうになる。


 RAS(~Reincarnation into Another world Syndrome~ 異世界転生症候群)とは、PTSD(心的外傷後ストレス障害)などの過度なストレスを起因として、そこから逃れる為に異世界に行ったという記憶を捏造する精神疾患である。


 軽度では異世界に行ったと思い込む程度の症状なので、治療もカウンセリングと薬で済む。中度になるとPTSDのフラッシュバックが、捏造された異世界の記憶に置き換わって現れる事などが起こる。その為、益々妄想と現実の区別が付かなくなっていく。根気よくカウンセリングをしていかなくてはならず、治療期間も大幅に伸びてしまう。


 そして、重度になるとPTSDの原因を再び体験すれば、また異世界に行けると思い込んでしまう。それは多くの場合に命の危険に晒されることをやろうとしてしまい、結果、命を落としてしまう事例も少なくない。

 

 とは、西野先生の弁だ。異世界転生と異世界転移が一緒くたにされたような病気だが、命名した医者がラノベオタクでは無かったのだろう。世間一般ではごっちゃにされがちだし。


「譲くんには、先ず危険な行動を取らせない為に入院が必須になります。それで、心苦しくはありますが、就寝時の拘束衣も使用しなくてはなりません」

「はっ?」

 西野先生の言葉に、何を言っているのだと口が開いてしまった。


~~~

 目は見開き、口はあんぐりと開いたまま固まってしまう。

「どういう、こと、だ」

 一歩前までは、間違いなく周りは砂漠だった。それが、一歩進んだ瞬間に景色は一変したのだ。


 美しくも整えられた街並みは、首都という名に恥じないほど立派なものである。全体的に青く光っているように見えることから、建物の大半は真鉱石が使われているのだろう。


「これが、噂に聞くアクトリンドの街なの!」

 アリマススはその優美さに目を輝かせている。ビルトゥスに至っては、言葉も出ないようだ。

「この街を潰せば、一体どれだけの武具が作れることやら」

 ノルクッディは物騒な物言いだが、鍛冶にしか興味の持てない彼らしいともいえる。


 意外なことだが、大賢者とは日を置かずして会うことが出来た。


「ふむ。其方らの望みは承知した。その代わりといってはなのだが、私のお願いを聞いて欲しい。西の魔王を討伐してきてくれないだろうか」

 鈴のような声で大賢者は、さも普通のことのように言ってのける。だが、その内容はとんでもないものだ。


「そんな、僕達には無理ですよ」

 西の魔王は戦闘力でいえば、魔王の中でも最強だと北の魔王が言っていた気がする。そもそも、ウゾルクに来るまでは戦闘経験すらなかったのだ。こっちに来て先立つものの為として、魔獣を狩ってはいる。だからといって、世界最強といっても過言ではない西の魔王を倒せる筈がない。


「ここだけの話なのだが、西の魔王は私から転移の宝玉を盗んでいったのです。転移魔法の使い手である東の魔王亡き今、あれがないと貴方の望みが叶えられないわ」

 またさらっと、とんでもないことを言っている。この大賢者は馬鹿なのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る