第10話 結界
西野先生が懇切丁寧に施術の説明をしてくれたお陰で、薬に対する不安感は大分拭えた。
「では、施術に入りたいと思いますので、お二人は待合室で待っていて貰えますか」
催眠療法は、まず前段階の変性意識状態にしなくてはならないらしい。その為に薬を使うとはいえ、人の目は少ない程スムーズに行えるとのことだ。
貴美子叔母さんと俊哉さんが待合室へ向かって行こうとドアを開けた時、丁度一台のストレッチャーが通り過ぎた。
「酷い」
拘束服で動きを封じられて、口には猿轡を咬まされた少女が乗せられていたのは、見間違いではない。
「西野先生、あれはどういうことでしょうか。場合によっては貴方を訴えなければならなくなります」
俊哉さんは職業柄、人権侵害の恐れがあるものは見逃せないのであろう。さり気なく僕と西野先生との間に割り込むように立っている。
「ああ、谷津田さんは弁護士でしたね。でしたら、私が精神保健指定医であると言ったら、一から説明しなくてもわかってくれますよね」
「そうだったのですね。それは、失礼なことを言ってしまいました」
西野先生が証明書のような物を取り出す。俊哉さんはそれを見ると、態度が一変した。どうやら、精神保健指定医というものは、拘束などに関する権限も有しているみたいだ。
「さあ、始めましょうか」
注射を打たれると、徐々に意識が朦朧としていく。
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気を抜くと意識が飛びそうになる。
「なあ、僕らは首都アクトなんとかへ向かっているんだよね。なぜ、砂漠を延々と歩いているのかな」
見渡す限り、砂、砂、砂。日照りも厳しく、肌を守る為に厚着をしているので、尚更暑くて死にそうだ。
「あの、アクトリンドは、各魔王達の支配領域のぶつかる点を中心に結界を張った領域のことでして、ここはその結界の一番外層です」
ビルトゥスは意外に物知りである。
どうやら、各魔王からの影響を受けないように、首都へは簡単に行けないようになっているみたいだ。
ただ、唯一の救いは砂漠を縦断する形で石畳の道があることだろう。これが砂の中を歩いて進むとなると、とっくに死んでいた筈だ。
石畳は白っぽいが、陽の光を反射すると青っぽく光る特殊な石材が使われている。
「こりゃあ、真鉱石を加工したものだな。ほれ」
ノルクッディが鞄から前に採掘した真鉱石の原石を出した。石畳の石材よりはグレーがかっているが、陽の光に照らされた原石も青っぽく光っている。
「ねえねえ、その石ころって、とても希少で高価なのよね」
ノルクッディが事ある毎に話題に上げていた為に、さすがのアリマススも覚えていたらしい。
「ブルーシャインロードは知っていましたけど、そんな貴重な物を惜しげもなく使っていたとは、知りませんでした」
ビルトゥスは高価な物と知ってしまい、踏み出す一歩一歩が恐る恐るといった感じになってしまった。
「よくわからないけど、それだけ高価な物ならば、きっと頑丈なのでしょう」
「ええまあ、定期的に魔力を補充してやれば、この世のどんな物よりも丈夫だ」
僕の希望的観測はノルクッディによって補完される。
「あれ? でも、そこまで固い感じはしないけど」
この道は、程良い軟性もあって歩いてて疲れにくいと感じた。だから、それがとても、条件付きとはいえ世界で一番頑丈なものだとは思えなかったのだ。
「ジョウ様。頑丈と硬度を一緒くたにしていないか? 頑丈さは硬度と粘りの兼ね合いで決まる」
「だけど、硬度が低いと変形しやすいのでは」
だが、この道は土の道のように轍が出来たりはしていない。
「真鉱石は魔力を通すと、その形状を維持しようとする力が働くのだ」
なるほど、それは道としてはもってこいの素材だ。
「うわぁ」
砂漠を抜けた先の光景に、僕は感嘆の声を上げてしまった。
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