第十九回

 私と花井さんとマルで道を歩いていると、マルはなにやら考えている様であった。

 「どうしたマル」

 「いえね、ご主人。私は一度死んであの世を見てきた身でしょ? もしさっきの様な白ヘルメットの方が亡くなられたとき、私共と同じ場所へ行くんですかねえ」

 「さあな。天国と地獄の話はあるが、それが本当ならあのひったくり犯は地獄行きだな」

 私は特に深く考えもせずに答えた。

 「そうなのかな? 私地獄に行く人ってヒトゴロシだとか、それくらい悪い人が行くものだと思っていた」

 花井さんが話に割って入ってきた。

 「どうですかね。難しい問題だ。確かにあいつは人殺しはしていないが、ひったくりはしましたからね。善人な訳では無い。ひったくられたお婆さんだって、転んで打ち所が悪ければ死んでいたかも知れませんしね」

 花井さんはほっぺを膨らました。私の答えでは不服だったのかもしれない。私は話をマルに振った。

 「どうだ、マル。お前はあの世を見てきたんだろう? お前が見てきた場所は天国だったのかな。誰か悪そうな奴は居たかい」

 マルは歩きながらうーんと、考える顔をした。もし立ち止まっていたなら顎に手を当てでもしそうな考え様だ。

 「正直、ワタシの他に人が居たかどうかも分からないです。ワタシと同じ様に他の犬が居たかどうかも。ただ暖かくて、ワタシにとっては背の高い草が生えていて、空はなんだか懐かしい黄金色こがねいろで、ワタシは気持ちよくそこを駆けていました。ただワタシの近くに一人、顔はよく思い出せませんが白い服を着た品の良さそうな方が立って居ました。男性の方です。その方が近くからワタシを見守ってくれているのが分かるので、ワタシ大変安心して遊んでいました」

 「あっはっは。なんだそりゃ。お前はあの世に行ってもこの世とやることがあまり変わらないなあ」

 「気持ち良さそうな所ね」

 花井さんがマルに答えてあげている。しかしマルは気にせず続ける。

 「しかしですよ、ご主人。ワタシの隣にいたあの優しそうな方のことを考えるに、どうもどんな悪いことをしたにせよ、その本人の気持ちやこれからの行動ややり直し次第では、悪い者もそのままずっと同じ場所に放っておかれるということはなさそうにワタシは思うんですけどねえ」

 ──まあでも結局は、本人次第なんでしょうけど。と付け加えてマルは持論を結んだ。

 「ところで木原くん」

 花井さんが私に話しかけた。

 「その、さっきの手紙、見せてくれる?」

 来た、と私は思った。

 ひったくり犯との一件で渡せず仕舞いだった私の花井さんへの手紙である。胸のポケットにしまってある。話しながらも、いつ手紙のことを言われるかと内心そわそわしていた。

 私は立ち止まった。花井さんも立ち止まった。マルも立ち止まった。道の往来おうらいで三者三すくみである。

 私の頭上には青空が映えていて、からすが一羽、一文字に真直ぐ飛んでは「カー」と鳴いた。私ははっとした。ここでへどもどしていては男がすたる。私はさっき花井さんに「手紙はあとで渡します」と約束したのだ。約束を履行りこうする時が来たのだ。

 私は手紙を渡すことにした。

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犬と散歩と花井さん リーセン @Ri-sen

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