第2話

 リビングにて、神妙な空気を演出するため、お昼時にも関わらずカーテンを閉め切って、カーテンの隙間なども塞いで可能な限り部屋の中を暗くした中、電気が繋がらなくなった時用に取っておいたハズの蝋燭を引っ張り出し、そこに火を点けて明るさを保っている。

 リビングのテーブルでゆらりと不規則に揺れる蝋燭の火。そんな中、静かに父親が口を開く。

「先日行った『お年玉争奪鬼ごっこ』。この結果に対し、子側からの抗議が入ったため、本日はこの抗議内容に対して審議していくものとする。また、審議については公平性を期すため、鬼側、つまり妻側の代理人を私・夫、子側、つもり娘側の代理人を兄が務めるものとする。では、子側の代理人。弁論をどうぞ」

「えー、まずはこちらの映像をご覧ください」

 兄が手に持っているスイッチを押すと、スクリーンが下に下がってきて、そこに天井に設置してあるプロジェクタから映像が映し出される。部屋を暗くしたのは雰囲気作りだけではなく、地味にこのためでもあったりする。

 プロジェクタによってスクリーンに映し出された映像には、京子がタッチされる直前のシーンが映っていた。

「えー、ここが本日議題になっているシーンです。再生します」

 兄がスイッチを押すと、映像が動き始め、京子が母親にタッチされるシーンが流れた。

「タッチされているな。特に問題のあるシーンとも思わないが?」

「タッチされていること自体に異議はありません。注目して頂きたいのはこの直前です」

「ん?」

「少し戻します」

 スイッチを押して映像を戻して止める。

「ここ。ここに注目してください」

 兄が指示棒を伸ばしてスクリーンを叩く。

「妹、京子が鬼から逃げようとした直前ですが、目の前に一般の方が居ます。公園は共用のもののため、表現としてあまり適切ではありませんが、それでもあえて言うのであれば、京子の逃げようとした通路に一般人が居たことにより、妨害を受けた、とも言えます」

「ふむ」

「ここで鬼ごっこのルールを再確認します」

 先日母親が鬼ごっこのルール説明で利用した巻物を取り出す。

「こちらにこう記載があります。『一般人の迷惑になるような行為をした場合は失格と見なす』と。この『失格』に対する明文化は避けたようですが、このまま一般人に京子が衝突していたら、一般人に迷惑を掛けたとみなされ、失格となっていたでしょう」

「可能性はあるだろうな」

「つまり、京子はこの状態からルールによって逃げ場を失っていた、と考えられます」

 その主張に父は怪訝な顔をする。

「『一般人に迷惑を掛けてはいけない』という子側のルールを鬼側が利用して子側の逃走経路を不当に断って捕まえた、そう主張するつもりか? 些か飛躍した話のように聞こえるがね」

「いえ、そこまでは申しません。一般人が通らなくとも、あの状況では遅かれ早かれ捕まっていたかとは思います。ですが一方で、本来であればもう少し逃げられたハズの時間を失った、というのは事実かと」

「………………」

 一理あるか、という風に父親は天井を見上げて少し考えると、

「具体的にどれくらいの時間をロスした、と考えているんだ?」

「3~5秒はロスした、と考えています」

「思ったより妥当な時間を提示してきたな」

「無茶な時間を指定しては即座に突っぱねられてしまいますからね」

 役目を終えた、と兄はスイッチを押してプロジェクタを止め、スクリーンをしまう。

「3~5秒、とは申しましたがどうでしょう? お正月ですし、景気よく行きませんか?」

「いいだろう。こちらとしても2秒程度の誤差であれば不服もあるまい。というかその2秒の論争をこれ以上繰り広げて、お正月の特番を見る時間を減らしたくない」

「同感でございます」

「では、双方同意の上、子側の逃げた時間に+ロスした分を加算するものとする。本日の議題はこれにて終了」


 こうして、京子のお年玉は+5秒×100円されたのだった。

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お年玉争奪鬼ごっこ うたた寝 @utatanenap

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