お年玉争奪鬼ごっこ
うたた寝
第1話
「それではこれよりルールを説明する」
元旦。大晦日で夜更かしした人はまだ眠っているか、眠い目を擦りながら初詣へと向かっているかしている中の朝4時。国立公園の朝礼台の上にて、体操服の半そで短パン、頭に日の丸のハチマキを巻いた母親は体育祭の選手宣誓をするかのように大きく背筋を伸ばして、朝礼台の下に居る、母親と同じ格好をしている娘・京子に話し掛ける。
「今年のお年玉の金額は鬼ごっこで決める。逃げた秒数×100円が今年の貴女のお年玉だ」
「すみませんお母さま、朝2時くらいまで年越しライブを見ていて寝不足の娘に朝4時から鬼ごっこを仕掛けるのは些か公平性を欠かないでしょうか?」
「私はおせちの準備をしていてそもそも寝ていないし、何ならこれが終わった後家に帰って爆睡していい貴女とは違って家事・洗濯・掃除などがある私に向かって、」
「大変失礼いたしましたっ! ルール説明を続けてくださいっ! さぁどうぞっ!」
「よろしい」
そう言ってお母さまは巻物を広げていく。
「逃げていい範囲はこの公園の敷地内。ここから出た場合は失格と見なす」
「すみません、『失格』の定義ですが、こちらはお年玉0円扱いでしょうか? それとも失格になるまでの秒数分お年玉は貰えるのでしょうか?」
「0円扱いだ」
「承知しました」
「また、公園の敷地内でも、建物などに侵入することは禁止とする。例えばトイレの個室に籠るなどは禁止だ」
「すみません、腹痛を催した場合はどうすればいいでしょうか?」
「ここは公園だ。茂みなどいくらでもある」
「お母さま。年頃の娘に対してその辺の茂みでトイレをしてこいは如何なものでしょうか?」
「冗談だ。原則、開始前に行って鬼ごっこ中はトイレに行かないよう努めてもらいたいが、生理現象だ。どうしても行きたくなる場合もあるだろう。その場合はトイレタイムを認めよう。ただし、捕まりそうになった瞬間のトイレタイムは認めない」
「建物に入るのが禁止、というだけで、隠れること自体はOKでしょうか?」
「OKだ。ただし、隠れる、という行動に特化されると主旨が『かくれんぼ』へと変わってしまうため、自分を相手の視界から全て覆ってしまう隠れ方は禁止とする。例えば、水の中や土の中に隠れることは禁止だ」
「お母さま、私は忍者ではありません。落ち葉に隠れるのはアウトで、木の陰に隠れるのはセーフ、ということですね」
「うむ、合っている。では次」
母親は巻物をさらに広げる。
「公園はみんなのものなので当然我々以外の一般人も居る」
「その言い方だと我々が一般人ではないみたいですね、お母さま」
「一般人の迷惑になるような行為をした場合は失格と見なす」
「すみません、その『迷惑』の定義はどのようなものでしょうか?」
「この辺りは具体的に明記してしまうと、書かれていないことはOK、となってしまう関係で逐一ケースに応じて明文化すると果てしないことになってしまう」
「何か法律みたいですね、お母さま」
「そのため個々の良識に委ねることとした。よっぽど悪質な行為でもしない限りはこれで失格とするつもりはない。納得のいかない場合は抗議も可能だ」
「すみません、子が鬼に抗議しても意味が無いように感じるのですがその辺りは?」
「安心しろ。子の代表は兄、鬼の代表は夫と、第三者に公正に判断してもらう手はずになっている」
「ああ、『そんなバカらしいこと元旦からやってられるか』ってコタツでぬくぬくポカポカしてる裏切り薄情者共がやるんですね」
「そうだ。付き合いが悪い奴らだ。小一時間粘ったんだがダメだった。では次」
「お疲れ様です」
母親は巻物をさらに広げる。
「ゲーム開始時、子は鬼から距離を取るため15秒設けるが、この15秒はお年玉のカウントには含まないものとする」
「すみません、確認ですけど、その間鬼は動かないんですよね?」
「もちろんだ。ただしどっちの方向に行ったかくらいは目で追うことになる」
「15秒経った、つまり、鬼が動いた、の連絡は貰えるんですか?」
「5秒前からカウントダウンとスタートの声かけくらいはする。しかし、近隣や他の方の迷惑も考え、常識的な音量で行うため、その15秒で距離を取り過ぎると聞こえない可能性はある。気になるなら自分でタイマーをセットしておくのを推奨する」
「承知しました」
説明が終わったのか、母親は巻物をしまう。
「なお、制限時間は5分とする。つまりMAXのお年玉は60(秒)×5(分)×100(円)で3万円とする」
「ふぅ~っ!!」
テンションの上がった京子は腕を上げて飛び跳ねる。大体一人から貰えるMAXが1万円が多い中で、これは破格の金額である。もちろん、裏を返せば1秒で捕まった場合、100円になるということなのだが、そこは年齢差、というものがある。娘が母親に鬼ごっこで捕まっていては終わりである。よって3万円は貰ったようなものだ。
「以上でルール説明は終わりだ。何か質問はあるか?」
「ありません」
「ではこれより『お年玉争奪鬼ごっこ』を開始する。前述したように15秒間、子が親から距離を取る時間を設ける。開始」
「は~い」
京子は気楽にスキップしながら距離を取る。3万円はもう貰ったようなもの。そんな風に余裕をぶっこいているが故の行為である。
「5秒前、4,3,2,1……」
娘が母親に鬼ごっこで捕まるわけがない。
「0……、スタートだ」
そう思っていた。そう。ついさっきまでは。
「いやちょっと待ったクソ速ぇっ!?」
京子慌てて全力ダッシュ。その後を猛追する母親。二人の距離はみるみる縮まっていく。
何を隠そう、京子も50メートル走7秒ジャストで走るくらいの俊足の持ち主なのだが、その京子が全力で逃げても差がグングンと狭まって来る。直線で走っていては捕まると思った京子は右へ左へとクネクネ曲線状に逃げてみるが、当然、直線に走らなければ速度は落ちる。一方で、追いかけてくるお母さまの方。あれはどうやって走っているのかしら? ドリフトでも掛けているのかしらと思うほどにカーブの度に加速してくる。
クネクネ走っていた関係で舗装されている道路から舗装されていない自然の道に乗り上げ、京子は足を取られてバランスを崩す。そのロスを見逃すハズもなく、母親は畳みかけるように距離を詰める。二人の距離はもう5メートルもない。そんな距離にも関わらず、京子は躓いて片膝をついてしまっている。
タッチを逃れるのはもう不可能。京子はそう察した。最初の油断が大きく響いた。あの時から全力で逃げていれば結果もまた変わったかもしれない。だが、
「ぬおぉぉぉっっっ!!」
京子はバランスを崩した姿勢のまま急加速。タッチ自体はもう逃れられなくとも、タッチの時間を遅らせることはできる。1秒でも多く逃げ、お年玉を死守するのだ。
しかし、
「いっ!?」
自然の道から塗装されている道へジャンプしようとした際、目の前をランニングしている一般人が通過した。一般人に迷惑をかけたら云々、というルールを気にしたわけではない。人にぶつかってはいけない、という良識で彼女は駆け出そうとしていた体を急停止させる。
その結果、母親は遂にゼロ距離へと迫り、
タンッ! と京子の背が母親にタッチされた。
果たしてその秒数は……っ!?
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