第11話 エピローグ
とりあえず、その日は疲れたからと言い訳して部屋に逃げ帰った。まあ、実際のところ
かなり疲れていたから嘘ではない。
頭を使いすぎると糖分が不足して頭痛がするというけれども、それがずっと続いている。
「で、説明は?」
隣には世良さんがいた。彼女が持っている菓子パンは、亜蓮のおごりだ。ここに来てからかなりの頻度で女性に何かをごちそうしている気がする。ま、どうせ百円とかそこらだから気にしないでおくことにした。
「どこから説明を始めればいい?」
「ゲームが始まった時点から」
そう言われても、ゲームが始まった段階であの結末を予定していたわけじゃない。できれば切り札を使わずに勝ちたいと思っていたけど、それが最初に三回もボールに当たって
ゲームから退場するというのは想定外だった。
だから亜蓮は、あの結末を想定した動きを始めたところから話をした。
「まず俺が考えたのは、藤原さんのメールについてだった」
そう言って亜蓮は、藤原さんから送られてきたメールを見せる。だが、一行は改竄しておいた。彼女の【ギフト】その最大の魅力はあまり周知させたくない。
「これって、あの子を覚醒させるために?」
「まあ、端的に言うとそうだね。彼女に自信をつけてもらう事が、最終目標だ」
そこまでのためにあの戦場を準備した。魔王役に足利さん。まあ、ここは誰が見ても分かる強さがあればよかったけれども、あの時点で亜蓮は世良さんに対抗するような作戦が立案できなかった。
だから、足利さんを選んだ。だけど、世良さんが裏切ってくれるのも予想外だったから運に助けられたというのもあるだろう。
「それで、香澄を敵にしてそれをあの子に倒させるまではいいけど、どうやってあの偽物を作ったのよ」
そこだ。あの時、確かに足利さんの投じた爆弾は命中して亜蓮の体は宙に浮いた。だが、爆炎が晴れたあとでその場所にいたのはぴんぴんとした亜蓮だった。まるでマジックみたいな話だ。
「あれって、大淵さんと氏家さんに協力してもらったんだよ。だから君にも、氏家さんを攫うまではいいけれど決して爆破されないように頼んだ」
氏家さんの能力は、簡単に言えば影武者を作る能力。まあ、それは非常に便利だ。だからこそまずは、その能力を使うのに必要な影を用意するために山を燃やした。
時刻は正午だったから日はほとんど真上で影なんて足元に見える程度。それを山頂にある大きな木を重点的に燃やすことで解決した。
そして、次に大淵さんの能力。もちろん、氏家さんの力だけでも生成した影武者を操ることはできるけれどもそれは不安だった。なぜなら、氏家さんは亜蓮の話し方を知らないから、どこかでぼろを出しても仕方がない。
そもそも、たった一か月で相手の口調を全てまねようなんて方が無理だ。だからこそ、氏家さんの生成した人形を大淵さんに操ってもらうことにした。
「なるほど、大淵さんは保険ってわけね。でも、美柑が能力を使うなんてわからなかったじゃない」
「いや、ちゃんとそっちにも手回しはしてある」
「三枚舌か。本当によく口が回るわね」
それは誉め言葉として受け取っておこう。
亜蓮は続ける。
「まあ、何にせよ。疑似的には俺が無事であると柳生さんの目には見えたはずだ。実際は体を吹き飛ばされてそのまま火の海で消える予定だったけれど」
亜蓮はすぐさま自分の体を表面だけでも燃やして、誰かわからないようにするために大
量の燃料を体中に塗りたくっていた。
まあ、ずいぶん気持ち悪かったし本当は自分の体を焼くなんて選択肢にも上げたくはなかったけれども、みんな命を張ってるんだから仕方ない。
「そこを私がボールをあてて救ったと」
まず、足利さんが爆弾を投げた瞬間。その時点で世良さんを朝霧さんがボールでしとめる予定だった。そうすれば、爆発の痛みは避けられる。だから彼女は、氏家さんを捨てて自らが犠牲になるようにした。それによって、こちらの絶望も演出できるというわけだ。
だけど、それはどうやら違うらしい。
「美柑が、とっさの判断で私の人形を作って、香澄が投じた爆弾はそれにぶつかった。だから私はボールが無くても生き延びることができた。やっぱり、あの子も要注意だよ」
氏家美柑。確かに、彼女の立ち回りはすごく合理的だ。遠距離攻撃を主体とする最強の存在である足利さんの後ろに控えて、立っているだけという理想的すぎるポジション。
能力もこれまた面白い。
「そのおかげで、こっちは絶望して何も考えられない。そんな俺たちの隙をついて足利さんが攻撃をしてくることはわかっていた。あとは、その攻撃をあたかも柳生さんが跳ね返して足利さんを倒したように見せかければいい」
そのために用意したのが、青山と赤城、手榴弾だった。まあ、これに関しては素直に二人を褒めるしかない。一番難しい仕事をやってのけたのは彼らだ。
まず、亜蓮は足利さんの爆弾にぶつかる。これは予定通り。でも、亜蓮は無事に見せかけた。あとは、足利さんを爆発で倒せばいい。
「まず、赤城の能力は【瞬間移動】なんだけど、これには多少のタイムラグがあるんだ。というのも、能力を発動した段階で壁が出てきてそれに包まれる。そして、全てが覆われた後に移動して、そこでまた壁が消えるまでの時間がかかる。その間にどれだけ攻撃をかけてもその壁が崩れることは無かった。ここまでは確認しておいた」
それだけ聞いても意味が分からないだろう。世良さんは不思議そうな顔をしている。
「つまり、一瞬だけなら瞬間移動したときに無敵の時間があるんだよ。その時間と足利さんの爆弾が爆発する瞬間を合わせた。すると、どうなるだろう?」
「爆発した威力は、壁によって消されるけれどもその後にやってくる爆風が移動した物体
を飛ばすことができる」
「そう。それで、これを飛ばすように依頼した」
亜蓮はそう言って内ポケットから手榴弾を取り出す。まあ、学校に携帯してくるようなものでもないけれど、別に校則で武器の携帯は禁止されていない。
「手榴弾?」
「そう。まあ、足利さんが使ったのはキャンディーだからよく見れば間違っているのはわかったけれど、そこは爆炎が上手く邪魔してくれたみたいだ。ともかく、爆発によって押された手榴弾を、青山が風を操って絶妙にコントロールして足利さんに当てたってわけ」
この赤城が手榴弾を移動させるタイミングが一瞬でもずれていればうまくいかなかった
けど、彼は見事にやってのけた。
「結果的に、俺が無事で足利さんが倒れた。柳生さんの視点から見れば、自分が能力を使ったことで俺のことを救えたと錯覚できる。それで十分だ。後のことは藤原さんに任せてるから後は彼女が上手くやるだろうし」
そもそも、彼女が言い出したことで亜蓮は手伝っただけなんだからアフターケアまでサ
ービスするのは不公平だ。同部屋で同性のほうが話しやすいことがあるだろうし、それ以後のことは知らない。
「じゃあ、最後の上空に表示されたメッセージは?」
あの時勝利したのは、間違いなく真澄たちだ。それは揺るがない。
なのに、メッセージでは負けたことになっていた。
「ランダウア―の原理って知ってる?」
いや、この質問が的確で無いことは知っている。だが、亜蓮はできる限り理解しにくく説明するためにわざわざ彼の名前を出した。
まず、最初に確認するべき質問はアインシュタインの作り上げた最高の数式。E=mcの二乗を知っているか確認しなければならない。
「いや、知らない。誰それ」
「まあ、ランダウア―がどんな人かはどうでもいいよ。でも、彼が提唱したのは、情報はエネルギーを持つという事だった。それを少しばかりいじっただけだ」
「全然、話が見えない。もういい」
世良さんはちょうどよく諦めてくれた。当たり前だろう、こんな話は現役の理系高校生でも嫌う範囲だ。
それを中学レベルの光とか音とかの知識しかない相手にするなんてひどい話ではある。よく、藤原さんはこれを知っていたものだ。
ランダウア―は、情報がエネルギーを持つことを提唱した。
アインシュタインは、エネルギーが質量と等価であると示した。
この二つの等式を組み合わせると、質量=エネルギー=情報。
つまり、藤原さんの持つ【交換】は、質量を入れ替える。
情報に関与できるのだ。
「そういえば、そっちのお願いは決まった? 確か、今日のホームルームが期限だったと思うけど」
亜蓮は手持無沙汰になったことと、話を意図的に切り替える目的で話題を出した。
先生が提案した一つの商品。負けたチームは勝ったチームのいう事をなんでも一つ聞く。
正直、あんな戦場では忘れてしまえるほどにくだらないけど、それでも負けた側はどんな条件でも飲まなければいけない。
「別に私は何でもいいって任せてるから知らない」
世良さんはどうやらそれに興味がないらしい。まあ、できることなんて限られているから無難なところに落ち着くだろう。それでよかった。あそこで勝ちを拾えたのは亜蓮だし、財布が少し痛む程度ならば問題ない。
「できれば目立たない方がいい。柳生さんだけは、このゲームが勝ったと思っていなければ意味が無くなってしまうから」
「わかった。それっぽく提案しておく」
世良さんはやっぱり頭が良い。だけど、あくまで駒にしかなれない。
「それと、香澄から伝言。お礼はいつになる?」
「そういえば、そんな約束をした気もするな。何がいいと思う?」
「知らない。いっつも食べてるキャンディーでもいいんじゃない?」
確かにそれはいいだろう。変にプレゼント的なものを見繕っても彼女が喜ぶ姿が想像できない。
「でも、味の種類が多い」
「好きな食べ物でも聞いてみればいいじゃない」
そうだ。彼女の好きな食べ物はスパゲッティとメロンソーダ。スパゲッティ味は無かっただろうけど、メロンソーダ味ならある。でも、彼女に聞いたのは好きな食べ物だ。
「なら、さくらんぼ味かな。さくらんぼの爆弾。うん、かっこいい」
彼女、足利さんのかっこよさによく似合う。
「へぇ、やっぱり亜蓮が勝ったんだ」
「どういうこと? 山下君は勝利チームにいないよ?」
つぐみはゲームの詳細と、最後の景色だけ知らされた。その瞬間に、亜蓮が狙い通りに動いたことが分かった。
すべて、彼の手のひらで転がされている。きっと、彼に取って計算外なんてない。サイコロで六分の一の確率だとしても、そもそもサイコロを握っているのは彼だけだ。つぐみは、相手チームが可哀想にも思える。
「そ、そうだね。見間違えてた」
「もう、おっちょこちょいなんだから」
どうやら亜蓮は目立つ気らしい。だけど、つぐみにはちょうどいい人形があった。落合龍次。彼は信用に値する人間だと全員が認識しているから、つぐみもやりやすい。
つぐみは普通の女子高生として生活を送りたかった。だからこそ、落合を矢面に立たせて自分はブレーンでいることを選んだのだ。だけど、亜蓮はどうやらつぐみと勝負がしたいらしい。なら、受けて立つしかないだろう。
『おもちゃばこ』
その場所で何度も戦っていたのだから。ちょうど、審判も到着した。
「久しぶり、つぐみちゃん」
例えば、亜蓮とつぐみの勝負は戦績で見れば互角。だけど、お互いに撒ける方が最適解だと考えれば、迷わずにそれを選ぶ。次の一手に賭けるための布石としてそれを選択できる。
だけど、彼女が相手だとそうはいかない。彼女を相手にして選択肢はない。
間違いなく倒すべき敵で、つぐみが超えないといけない相手。
「久しぶり。雪奈お姉ちゃん」
だけど、それよりも久しぶりに会えた家族のような存在に涙が流れた。どこまで行ってもやっぱり人間なんだ。どれほど完璧に計算ができても、コンピューターは涙を流せない。
彼女と亜蓮といる時間だけが、自分が血の通った人間であると自覚できる。
「会いたかったわ。つぐみ」
「いい加減、彼女も大人なんですから人形遊びでもやめさせたらどうです?」
「今はあなたの出席簿改竄問題について話しているんだけど」
校長室。まあ、不気味な場所だ。凪沙はこの場所が嫌いだ。
「人形で遊ぶことが悪いとは言いませんけど、彼女はそれに身を委ねすぎです」
校長はもう問題を追及することは諦めたようだ。だけど、この傑物は血が通っていない。
少なくとも、思考がシンプルすぎる。ノイズが発生しない。
校長は間をあけてこういった。
「別に人形遊びでも、背中につけられたひもで吊るされていても、彼女自身がそれで幸せなら別にいいんじゃない?」
やっぱり、彼女と話していてもつまらない。AIと同じく正しいだけだ。
第一部完
幻想魔法の学徒隊 渡橋銀杏 @watahashi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます