第10話 九章
なぜか足利さんに普段以上の凄みを感じるけれども、それ以外に何も考えなくていいというのは楽なことだ。ここまで、全ての事を考えてきたけれども随分とシンプルにまとまった気がする。
足利さんから提案されたのはびっくりしたが、それは亜蓮も望み通り、いや彼女が言わなければ、こちらから提案していただろう。
戦力としてほしいのは朝霧さんだけど、人員としてなら足利さんかもしれない。
とにかく、この戦いで多くの一面が見られた。赤城、青山、藤川はもちろんだけれども、朝霧さんと大淵さんは想定通りの活躍。後は柳生さんを覚醒させれば十分だ。
足利さんと銀木さん、そして氏家さんの能力はよっぽど使える。そして、鶴岡も十分だ。
後は、こちらの計画を崩したのが誰か。その人物も含めれば平均値は大きく上がるだろうから、これならつぐみにも対抗できる。
もちろん、亜蓮はつぐみのクラスに落合という傑物がいることは知っていた。だけど、彼がつぐみに勝てないことも分かっている。
あちらの戦力とこちらを大将戦の様に五人ずつで出せば間違いなく完敗するだろうけど、こちらはそれ以上にクラス全体で強い。
亜蓮はすぐに次を考える。思考の先は、次の戦闘だった。
もう、この戦場でやるべきことは終えている。あとは、的になることだった。
「赤城、気をつけろ!」
しかし、こちらの狙いに気が付いているのか、勝つための最適解として判断したのかわからないけど、足利さんは赤城を狙う。
それを、青山が絶妙に防いで赤城はなんとか逃げ回っている状態だ。青山は、しっかりと二種類の風を使っている。一方は足利さんの方向へぶつかるように強い風。隣にいる銀木さんや氏家さんはボールを持ちながらかがんで耐えている。
そして、もう一つは足利さんの手元にのみ働く風。これが微妙に爆弾を逸らす。
さすがに、運動神経がいいしボールと違ってキャッチをする必要がないうえで避けることのみに集中すればなんとかなる。周りには気が生い茂っているから隠れる場所も多いし、足利さんの爆弾は即死までの威力はない。
そもそも、敵方のボールは二つともが偽物だった。
もしも本物が紛れていれば、亜蓮は少なくとも体を焼く必要は無かっただろう。まあ、影が必要だと言う氏家さんの【ギフト】を発動させるには何か明かりを用意する必要がある。
なにせ、時刻は正午。影は見えるけど、足元に少し広がっているだけだ。これでは、氏家さんの足元には届かない。彼女の【ギフト】がどうしても必要だった。
「藤原さんは、何者なんだろう」
そして、もう一つの考えることは指示を出してきた藤原さんの考え。彼女は、正直に言ってあまり印象が無かった。顔はおっとりとした美人で、優しそうだと感じるけれども、同部屋の朝霧さんと大淵さん、柳生さんに比べれば地味な存在だった。能力も別に特筆する必要もない
【交換(タイプC)】 概要:任意の物を、それと同程度の質量をもつものと交換できる
これを文面通りに受け取るならば、例えば自分の携帯電話と他人の物を交換できるという。確かに、これは有力ではあるけれども実際に何をできるかと考えればそこまで多くは望めないだろう。
武器の所持を制限された戦場のような限られた状況ならば輝くが、そこまで機会は多くない。
その時に、亜蓮はメールの文面が途中で終わっていることも思い出した。
亜蓮はその文面を確認して、恐ろしくなる。
そもそも、物を送り付けるだけなら赤城のギフトで代用できる。なら、何かを盗むために使うだろうか。ともかく、同部屋の三人と比べて思考を割く必要は無いと思っていた。
しかし、どうやらそういかないらしい。
彼女が、彼女の持つ【ギフト】が明らかに異質だ。確かに、よくよく考えればその論理は成立する。だけど、そんな【ギフト】が許されてもいいのか?
「モニタールームからは、どんな風に見えてるんだろう」
ちょうど、モニタールームには最後の来客がいた。
「お久しぶりです。新垣先生。まさか、担任だなんて」
「去年からだよ。校長先生にはお世話になった」
モニタールームにはかつての教え子と話す先生の姿があった。織姫は、先生が屈託のない笑顔を浮かべているのが珍しくて、どうしても画面の中にある戦場よりも彼女が何者であるかを気にしてしまう。
「先生は、実習生でしたもんね。今年は実習に誰も来ていないんですか?」
「ああ、どうやらうちは就職先として人気がないらしいよ。完全週休二日制で残業も基本的になし、有給だってしっかりとあるし、年俸は一億だ。しかも、新卒で」
「それだけ、外の世界に出られないことを嫌がるんじゃないですか?」
謎の女性は笑う。そう言えば、一か月でいろいろとありすぎて考えたこともなかったけれども下に降りて遊ぶことはできるのだろうか。それができないのならば、確かに一億円なんてもらっても退屈だろう。
「別にいいじゃないか。ここの技術力を使えば好きな夢が見られる。ラスベガスだって、ウィーンだって、エベレストの頂上だって生き放題だ」
「恐竜世界も、未来の日本もですよね」
どういうことだ? あまりにも日常生活で大人が語るような内容でない言葉ばかりが羅列されている。まさか、日本の科学力は裏でそこまで進化しているのか?
もともと、【ギフト】の時点でおかしな話だ。急に人形が操れたり、好きな薬品を生成できたりするなんて才能じゃない。魔法だ。
科学はついに魔法の背中を捉えたのか。
「でも、友達には会えない」
女性はそう言った。先生はそれに反論する。
「別に、そんなこともないだろう。容姿と行動パターンさえ合っていれば、私は友達だろうがロボットだろうが構わないと言うつもりは無いけれども、きっと見分けがつかない。それはつまり、どちらでもいいという事だろう。極端に言えば、行動パターンとそれを拡張した学習データ、その人物の体を模した人形さえあれば織田信長だって、ナポレオンだって、マイケルジャクソンだってよみがえらせることができる」
いったい、なんの話をしているんだ。怖い。純粋な恐怖を感じた。
人間は何よりも、知らないことを恐れる。
それは、本能として臆病に作られているからだろう。そうでないと人間はここまで発展できなかった。
暗闇に何があるかわからなくて怖いから、火をともした。
「私はそうは思いませんけどね。きっと、織田信長が桶狭間をやり直せば百回のうちに一回くらいは籠城を選ぶと思います。そうでないと、それこそ先生が言う様に人間なんて容姿と行動パターンで作られた人形です。気まぐれがあるから、命なんですよ」
「ま、いいさ。人に考えを押し付ける気はない。何の用だ?」
「いえ、友達に会いに来たんですけど。忙しそうなんでまた今度にします。それと、ご挨拶にも伺いました」
「挨拶?」
「新しい同僚ですから」
織姫は、彼女の笑みが怖くてトイレへと逃げ出した。
「逃げるだけか。何かを待っているのか?」
香澄がいくら攻撃を仕掛けても、向こうは避けるだけだ。山下、赤城、青山に対して爆弾を投げるけれど、一向に当たらない。風で弱められているのはわかっているが、それなりにスピードは出ているはずだ。三人ともどうやらかなり運動ができるらしい。
「仕方ない。卑怯な手は使いたくないけれども」
香澄はこのまま時間を食うのも無駄だと思い、残りの二人。戦場にいながらも戦う姿勢を見せていない柳生さんと大淵さんに向かって攻撃をかけた。特に大淵さんが攻撃をしてこないのは不自然だ。彼女の能力は人形を使役するということは真澄から情報を得られる。
なら、この場でも役に立つはずなのだが。
投じた爆弾は、しっかりと二人の胴体に向かって行く。しかし、それを遮る影がそれぞれについていた。いや、朝霧さんが守りについていることはわかっていた。彼女はきっと、山下の指示に逆らってでも危険が訪れれば大淵さんを守るだろう。だが、柳生さんの守りに就いた相手が意外だった。
「真澄、裏切ったの?」
この場において最速のファイターが、投じられた爆弾を叩き落した。彼女から見れば、風によって遅くなった爆弾なんて遅くて仕方がないだろう。足を使って器用にはじいていくけれど、攻撃してくる姿勢は見せていない。
「いや、裏切りではない。チームの勝利に貢献しているのは私も同じだよ」
意味が分からない。この戦場で勝った方が、そのままゲームの勝者だ。それは、別に取引など関係がなく、チームの柱だから。それなのに、チームを支える柱の一本が裏切りかどうか不明な態度をとっている。どういうことだ?
「勝ちたいのなら、そこにいる二人を倒して。あなたなら簡単でしょう」
もちろん、香澄も速いがそれはありさの能力によるものだ。そして、彼女の能力はあくまで対象の範囲内。その範囲というのは、向かい合っている敵チームとの間で途切れてしまう。
だからこそ、遠距離でも攻撃できる香澄と相性がいいけれども、やっぱりそれでは仕留めきれない。ならば、真澄にせめて邪魔な青山と赤城を倒してもらえればスムーズにいく。
しかし、彼女は動こうとはしない。
「だから、早く!」
香澄はすこしいらだって、複数個の爆弾を思い切り、催促のつもりで投げた。だけど、やっぱり彼女には通用しない。香澄も別に運動をしていないわけじゃないけれども、彼女とは元の性能が違う。次の瞬間にはすべてが蹴って打ち上げられて、空中で爆発した。
「ごめん。理由がいえないことが約束だから。でも、私たちはどうやっても勝てる」
「どういうこと?」
香澄は混乱している。真澄が狂ったのか?
いや、彼女はいたって冷静だろう。非常に賢い人物だ。結局、運動神経のみでスポーツが得意な人間なんてほとんどいない。瞬時の判断力や、作戦への理解力、サインの記憶力など運動ができるには頭脳が必要なんだ。彼女は決して運動神経のみの人間じゃない。なら、なぜ?
山下の口車に載せられているのか?
真澄はけっこう、面倒くさがりだ。
それは好きなことでもそう。例えば、新体操は好きだけれども練習をしたくない日なんて別に珍しいことではなかったし、苦手な勉強は毎日が面倒だった。好きな男の子との連絡さえも面倒くさくて、関係が冷え込んでしまったこともある。
だから、指示された以外のことは気が向かない限りはしない。今回の指示は、藤川を止めること。だから、真澄は藤川を止めた。
あの状態なら、もう動けない。そもそも、この戦場でのルールがわからないけど、死にはしないのだろう。なら、助けを呼ぶのも面倒だ。
興味を惹かれたのは色とりどりの炎だ。その場所にいくと、案の定だけれど山下、朝霧、大淵、赤城、青山とそうそうたる面々がいた。
それでも、自分ならばこの全員を同時に相手にしても勝てると思った。
だから、山下と会っても別に襲い掛かることはしなかった。朝霧さんが相手になってくれるならそれでも良かったけれども、先に勝った相手にこちらから挑むというのも変な話だろう。防衛戦はチャンピオンのプライドを尊重するためにある。
しかし、山下はこちらに向かって声をかけてきた。
「やあ、できれば協力してほしいことがあるんだけど」
「なにを言ってるの。今は敵同士でしょ」
「元はと言えば、クラスメイトだ。僕は、クラスメイトの全員と仲良くしたいと思う」
「それは面倒そうね」
面倒くさそうだったけれども、同時に面白そうだった。まさに、中学時代がそうだったから、真澄はそのときの様にクラス全員がほどよく仲が良くて、中には交際をしたり、失恋をしたりだなんて甘酸っぱい青春があって、卒業式では素直に涙を流す女子と、それをからかいながら涙をこらえる男子たちの居る空間が好きだった。
「要件によるわ。さすがに利益相反になるようなことはできない」
まあ、面倒だからと言って指示に従わないことも問題ではないけれど、それは鶴岡の落ち度だと責任転嫁ができる。藤川を止めて、その先を見越して指示をくれていれば真澄はしっかりと働いただろう。
だからと言って、裏切るつもりはない。別に相手チームに願い事をかなえてもらうなんてことは興味がないけれども、負けることは気分がいいことじゃない。
「いや、利益相反にはならないよ。君たちのチームがどうやっても勝つようにできている」
「どういうこと?」
意味がわからない。目の前にいるこいつは勝敗がどうでもいいのか?
それは理解ができても、自分から負けに行くのはわからなかった。
「そのままの意味だよ。このままいけば、おそらく僕たちは八十パーセントくらいの確率でゲームの勝利を得られる。だけど、僕が欲しいのはそうじゃない。今後の五十パーセント勝負のために、今は百パーセントの勝ちが欲しい」
やっぱり、彼の語ることは難しい。わざと難しく話している気がする。
「その、今後に起こる五十パーセント勝負っていうのは?」
「おそらく、クラス対抗でこういった【ギフト】を用いた戦闘があるんじゃないかな?」
確かに、言われてみればそれは自然な考え方だった。普通の高校でも体育祭などでクラス対抗の点数を競う場合は当たり前だ。今回は、部屋を一単位としたチームでの王様ドッジボールだけど、これからもっと人数が増える気がする。
「それで? それに勝つために今の勝ちを犠牲にするの?」
「そうだよ。いや、その時に勝てるかはわからない。五分五分だ。だけど、今のままでは戦うどころか、そもそも手札がない」
「その手札を、この戦いを負けることで作るの?」
「まあ、わかりやすく言うとそうだ。もちろん、君たちが勝利した暁には商品である命令に関しては僕が全ての責任をもって実行する」
真澄は、彼の目がきにいった。ひどく傲慢だ。まるで全てを、ちょうど話したばかりの真澄を全て理解したかのように話して来る。
その目は、この布なんて関係なく真澄の裸を、いや皮膚すらも関係なく真澄の全てを見透かしているようだった。
「わかった。だけど、条件がある」
「何?」
「その、外行きの話し方をやめて。一人称が違う。仲良くなろうと言う気が見えない」
「わかった。じゃあ、俺の言う通りにしてくれ」
真澄は、別に良かった。そもそも、真澄が藤川を倒した時点でまだ勝ち筋は見えていなかったんだから、勝ち筋があるならそれを拾おう。
チームのみんなには謝って、山下の話を聞くことを選ぶ。
「へぇ、世良を味方につけたか」
「いったい、どういうことなんでしょうね」
「おそらく、勝ちを譲ったんじゃないか?」
先生たちが楽しそうに議論しているのを、織姫は眺めていた。
それはありそうだった。正直、ここまで戦わせた割には商品が弱い。相手になんでも願いを聞かせるとは、相手がどれだけの力を持っているかが重要なのに、入学したてのクラスメイトなんてできることは限られているだろう。なら、書類上の勝ち負けは重要じゃない。
「どこまで、彼は先を見据えてるんでしょうね」
織姫がボソッとつぶやくと、新しい同僚と名乗った女性が言った。
「たぶん、三年先まで見据えてるんじゃないかしら。彼ならそれくらいはできるよ。だから、彼は面白いの。読み切っているのに、全部に勝たないから」
「それはどういう意味ですか? 意味のある負けを作るってことですか」
「いや、彼は二分の一で勝つことにこだわるから。いくら自分が強くても、勝ちすぎると不安になっちゃうの。あんなに確率論者なのに、二分の一が大好きだなんて矛盾してるでしょ」
「あなたは、彼の何を知ってるんですか」
「今の台詞、なんだかドラマっぽくて好きよ。そうね。幼馴染かしら」
『おもちゃばこ』で過ごした時間は、三人にとっては特別だった。
「まさか、真澄が裏切るなんて」
ありさは悩んでいた。真澄ごと倒すには、距離を詰める必要がある。彼女に遠距離で攻撃しても、到達するまでに反応されて叩き落される。しかも、彼女はこちらに攻めてくる様子は無いから、こちらから仕掛けるのか。
「美柑。怖い」
隣にいる氏家さんも、戦える状態ではない。彼女はまだ、普通の高校生だ。だからこそ、ありさが冷静でいられるのかもしれない。
その時だった、ちょうど香澄が攻撃を仕掛けた瞬間で、彼女の右が空白となったすきに真澄がこちらへととびかかってきたのだ。
「くそ!」
香澄はなんとか体を反転させて、裏拳を繰り出す。だが、それに手をついて軽々と飛び越えると、真澄はそのまま背後の木に止まった。そして、その手にはナイフが握られている。
そして、彼女はそのまま美柑を攫っていた。
「この子を殺されたくなければ、おとなしく降参して」
その言葉に感じたのは、変だという事だった。いくら相手方の指示でも、彼女が人質を取るなんてことをするとは思えなかった。しかし、どうやら香澄にはその考えを巡らせる余裕もないらしい。彼女はかなり疲弊している。
当たり前だ。ただでさえ四対一で戦っていた。それは、確かに戦力としては互角だけれど、思考力は分散されている向こうの方が少なく済む。
さらには、真澄が裏切った。もう、彼女の思考はショート寸前だっただろう。いくら強くても、一人では勝てない。
しかし、それが功を奏したのか、爆弾はあまりにもスムーズに真澄の意表を突いた。
「くそっ」
真澄は、すぐさま美柑を手放す。宙に浮いた彼女をありさは咄嗟に反応して抱き留める。
だけど、真澄はそれから避ける暇はなかったらしい。
大きすぎる爆発音が響いて、木が倒れた。
「ひっ!」
汐里は、またも血が噴き出すところが見えた。今回は爆発だ。同級生は木っ端みじんになって消えた。血が空中に飛び散るのが、まるでアニメーションの様にスローモーションでよく見える。
だけど、今回は気を失うことがなかった。人は、自分よりも追い込まれた相手を見ると、変に冷静になれるのだ。
隣では、まさに絶望という状態を見事に表しているかのように山下が怯えていた。
「まさか」
「え、ちょっと待ってよ」
汐里は落ちついていられない。なぜなら、彼が価値を手繰り寄せてくれると約束したからだ。いずれ、君の持っているギフトが必要になるからと言ってくれたのだ。なのに、そんな顔をされたら、どうしていいのかわからない。
「ねえ、ねえ!」
汐里はその瞬間だけは恐怖を忘れていられた。いや、忘れたんじゃない。自分が足利さんに狙われて爆破されることよりも、山下が何も支持できないほど憔悴している方が恐ろしかったのだ。あたりを見渡しても、赤城も青山も絶望している。
大淵さんの表情は見えない。朝霧さんに至っては姿も、まさか逃げ出したのか。いや、彼女がそんなことをするはずもない。それなのに、その可能性を考慮してしまうほどに彼の存在は大きくなっていたのだ。だからこそ、王様が彼でいいと誰もが認めたのだ。
「ねえ、しっかりして。みんなも!」
汐里が必死に揺さぶるけれど、山下は反応しない。どうして、ここまできたのに。
もしかして、私が何か貢献できていればこの状況から改善できたのか?
そうだ。また、私は怯えるばかりで何もしなかった。せっかく、戦場にたつことを許してもらえたのに、私は怯えているばかりでなにもせずに、世良さんに守ってもらうだけだった。
だからこそ、足利さんにはほとんど狙われもしなかった。そんな自分が悔しかった。
そんな汐里をめがけて、一本のキャンディーが襲い掛かる。
「真澄!」
ありさが声を上げるのはわかったけれど、そんなことを気にしている場合じゃなかった。
今しかない。彼が絶望している今なら勝てる。柳生さんの存在が邪魔だけれどそれごと吹き飛ばせばいい。とにかく、彼さえ倒せば後はなし崩し的に勝てる。
思えば、あの時も戦えばよかったのかもしれない。戦えば逃げなくても済んだかもしれない。児童相談所、父の実家、学校の先生。頼れる人はいくらでもいたはずだし、自分の力で一発くらいは殴りつけてやりたかった。
そうだ。ここでしっかりと成長して、思いっきり殴りつけてやろう。
それで気が晴れるわけじゃないけど、既に逃げるという夢を達成した後だ。終わった夢しかないのは寂しい。香澄は久しぶりに笑えた気がした。
「ありがとう」
香澄は感謝をもって、思い切り攻撃に力を込めた。最大出力の爆発を、せめてもの手向けだ。やっぱり、彼はすごい。真澄を裏切らせるなんて、香澄にはきっと考えつかなかっただろう。ただ、それなら素直に攻めるべきだった。
きっと、美柑の能力がわからないから安全策をとったのだろうけど、彼女はたまたま隣にいただけだ。
やっぱり、知らないという恐怖は判断を狂わせる。だけど、そこに身を預けた香澄の勝ちだ。こちらも、能力の詳細がわからない柳生さんと山下の存在は無視できない。それでも、こちらは賭けに勝った。
「じゃあね」
香澄は思い切り放り投げる。それに反応して二つの能力が起動した。
そして、次の瞬間には着弾し、大きな爆発が起こる。確かに、彼の体は吹き飛んだはずだった。しかし、その爆炎の中から何かがこちらへと向かってくる。それは確かに爆弾だった。
そのスピードは香澄の投じたスピードよりも速く、反応が間に合わない。
「くそっ」
爆弾は香澄の目前で爆発し、体は大きく吹き飛んだ。
煙が晴れた先には、山下が立っていた。
「ああ、私は負けたのか」
それなら、それでいいと思えた。
「ちょっと、しっかりして」
ずっと揺さぶっているけれども、返事はない。もう、彼は思考をやめていた。それでも、
汐里は諦められなかった。彼が復活して、私に指示を出してほしい。そうすれば、私はなんとか貢献できるかもしれない。
しかし、それを足利さんが許すはずもなかった。
「柳生さん、危ない!」
そんな声がどこかから響いた。けれども、もう遅かった。全速力のキャンディーがこちらへと飛んでくる。もう、間に合わない。そう悟って覚悟を決めた瞬間だった。
「くそっ!」
汐里は突き飛ばされた。誰に? 山下に。
体がよろめいて、大きく離れる。まさか、彼にここまで力があったとは。そんなことを考える暇があるくらい、視界がゆっくりと倒れていく。
彼は笑っていた。
次の瞬間に、爆発が起こった。
「うわぁぁぁぁぁ!」
爆炎が視界をふさぐ。火花が、体にぶつかっていた。熱い、それでもそんなことを言っているわけにはいかない。
汐里は爆炎をかき分けて、彼を探した。視界の端でもう一度爆発が起こったのかもしれない。地面が揺れた。
だけど、それよりも彼が。
―――彼が……私が与えられた【ギフト】を使わなかったせいで、こんなときに強い自分を演じることを嫌ったせいで、彼の体が。私を守るために。
その時、風が煙を攫った。それと同時に、彼の姿が視界に現れた。
「ありがとう。君のおかげで助かった」
そこには、彼が。山下亜蓮が無傷のままで立っていた。
「それと、今回のMVPは君だ」
そう言って彼が指さした先には、足利さんが倒れていた。
「へ?」
―――もしかして、私が無意識に起動した能力で勝ったのか?
汐里はそれが信じられないでいた。当たり前だ。だって、嘘なんだから。
「助かったよ。世良さん。さすがに俺だって体を燃やしたくはない」
チームのリスポーン地点に、亜蓮は世良さんと共にいた。世良さんはボールをもって、亜蓮はそれに対して両手を挙げている。抵抗する意志なんてないし、そもそも彼女と一対一で戦っても勝負にならない。いくら綿密な作戦を立てたとしても、勝てない。
速度は、力は全ての論理を叩き潰せる。光の速度が出せれば、時間すらもゆがませるのだ。
「私にお礼を言わないで。あの子よ。あの子が私を助けなければ、私も体が爆発四散していたかもしれないんだから」
「もしかして、あの時の君は足利さんの攻撃を避けられなかったの?」
これは意外だった。てっきり、彼女が嘘にリアリティをもたらすために体を吹き飛ばしたのかと思っていたけれど、そうではないらしい。
「あの時だけは、初めて【ギフト】を使いながら私は速度で負けた」
それはすごい。亜蓮はしっかりと足利さんが賢いと、だからこそ最適解を選んでくれると信じて計画を立てた。彼女が赤城から狙うことも、氏家さんを守るために世良さんに攻撃を加えることも。
でも、彼女はどうやらこちらの想像を超えてきたらしい。
「なにをにやにやしてんの。とりあえず、交渉は成立。私はやるべきことをしっかりと果たしたから、おとなしくボールに当たってね」
「ああ、もちろん」
「あと、ちゃんと説明をしてね」
「わかったよ」
「じゃあ、さよなら」
そう言って世良さんがボールを投げる。亜蓮はそれに抵抗することなく当てられた。
ボールが地面に触れた瞬間に、プログラムされた文字が空中に表示された。
『おめでとうございます。Aチームの勝利です。
Aチームの所属メンバーで現在、生存しているのは藤川剛、大淵鈴蘭、柳生汐里、赤城雄星、青山昇、内藤和樹、村岡俊介、牧田明李、五十畑淳、二村浩平、山下亜蓮』
「ふふっ、まさかここまでやるなんて」
隣でなぞの女性が笑っているけれど、これくらいのことはさすがに最低限の仕事だろう。
ゲームが終了した段階で、【ギフト】でフィールド内に影響を及ぼせるようになって良かった。これが無ければ失敗していた可能性もある。
「おいおい、勝手に文章を書き替えるなんて良いのか?」
「先生だって、私の出席を改竄するんですからこれくらいは別にいいんじゃ?」
どうやら先輩が擁護してくれたらしい。まあ、先生は適当だからこれくらいのことは許してくれると思っていた。しかし、手の内を明かしてしまったのは辛い。
「それもそうだな。それより、いつまで敵情視察をしているんだ。こっちは見世物じゃないんだぞ」
先生はそう言ったが、彼女が明らかに最も楽しんでいた。
「はいはい、それでも面白いものが見れましたよ」
「そうだな。それと一橋の言ったことをすぐにでも実行しよう。いつがいい?」
「来月末でいいだろ。その間に作戦を立てるさ。それより、そっちは情報を生徒に流すなんて野暮なことはするなよ。フェアな勝負が見たいんだ」
「もちろん」
そう言って、尾形先生と更科先生は去っていった。尾形先生は上機嫌だ。
「それより、あいつの知識量は異常だな。まさか、教えたのは?」
「もちろん、私ですよ。巌窟王も、ランダウア―の原理も、女の子を惚れさせる方法も」
「最後だけ、尾形に教えてやれ」
謎の女性は笑って言った。
「吊り橋効果ですね。それも、命を懸けて守られた日には恋に落ちるかも」
織姫は、そのことまで考慮する必要があるのか。溜息が出る。ともかく、今回の戦闘で山下の地位は盤石になったし、あの戦場にいたメンバーはそのまま次のクラス対抗戦でも主力を任されるだろう。だけど、汐里が織姫の管轄を外れることは気に入らない。
彼女は、できれば手元にとどめておきたい。
凪沙は、自分の受け持つ生徒が予想をはるかに凌駕していることに喜びを隠せないでい
た。これで、準備は整っただろう。
指揮役、作戦の立案には山下、鶴岡。
戦闘員として、朝霧、藤川、世良、柳生、大淵、足利。
サポートとして、銀木、青山、赤城。
搦手として、氏家、藤原。
十分すぎる。なんて美しいバランスだ。多少は、部屋が偏っているのも何かの因果だろうか。
特に朝霧の部屋が強すぎる。青山と赤城はかなり山下の指示を的確に理解できるからと
いう意味も大きいが、朝霧の部屋にいる四人は全員が壊れている。
「もしかしたら、現役時代の君にすら勝てるかもしれない」
凪沙は笑って、雪奈を見る。彼女の担任、その実習生だった私は彼女が英雄に見えた。
誰よりも優秀な指揮官として、クラスメイトを手ごまのように使う。
だけど、それは彼女の人望と実力によるものだった。
彼女は常に先頭で戦い、勝利を収めた。彼女が戦うところを見ていると七月革命の絵を思い出す。まさに英雄、先導者、天才。この世にあるすべての誉め言葉を足したような存在。
だけど、そういう人間を食えるのは怪物だけだ。
尾形のクラスにいる堂場という少女。
更科のクラスをまとめる九鬼という少年。
うちのクラスにいる数々の有力者。
誰が怪物になり得るだろうか。いや、まだ爪を隠している鷹がいるだろうか。
この興奮を感じるために、凪沙はここで生きている。
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