第9話 八章
藤川はさっそく、預かったボールを使って敵を倒し始めた。
だが、もともとの性格もあって一方的に殴る蹴るなどの暴行を加えるのには抵抗があるし、三分の一は女子が相手になる。このクラスで山下が重要視するほどの強さを持つメンバーは女子が多いが、それでも平均すればやはり男子が強いだろう。
「相手になりそうなのは世良さんとかいう女子くらいか」
同じギフト。【身体能力向上】
藤川のパラメータはパワー寄りに、世良さんのパラメータはスピードよりだという。
もちろん、そんな単純な比べ方では測れない。元々の身体能力に差があるけれども、【身体能力向上】では、いわゆる隠れて上昇するパラメータが存在する。
強靭さだ。
例えば、世良さんが五倍のスピードで藤川に蹴りかかる。もちろん、ものすごい威力だろう。スピードはパワーに、そしてパワーはスピードになる。
しかし、それでは藤川もダメージを受けるが世良さんも大きなダメージを受ける。人間はそんなスピードで蹴りを入れることを想定して体を作っていない。
だからこそ、それに耐えうる体を手に入れるのだ。それは、自身についても同じことだけれど、スピードとパワーの能力が向上すればどれだけの強靭さが必要だろう。きっと、違うはずだ。この差が勝負を分けそうな気もする。
「うわぁ!」
また、一人。はやくも、五人目だ。
面白いようにボールが当たる。まあ、当然だろう。どうしても遊びという面でとらえられがちだが、これもれっきとしたスポーツだ。プロならば、まさに放たれたボールは弾丸のように風を切って敵へと向かう。
それを、森の中を自由自在に飛び回る相手が背後から投じて来るのだ。
普通の人間に避けられるはずもない。相手にできるとすれば、彼女だけだ。
「また、二人」
彼らは藤川が近づくとすぐさま逃げ出す。やっぱり、純粋な力は恐怖だろう。
それを理解しているからこそ、あえて音を立てる。逃げ出した背中にボールをぶつけるのがもっとも楽だ。別に痛みを与えたいわけではないから、少しだけ手加減ができる。
「おりゃあ!」
藤川が思い切り放ったボールはまっすぐにぶつかった。そのまま、回収できるようにスピンをかけている。どうせ、空中に浮いても敵チームの手に渡ればアウトの判定になるから、セオリー通りにする必要がない。
しかし、その計算はバランスブレイカーによって崩される。ボールがあるはずの場所、空中に手を伸ばすけれどもそこにボールは無かった。
「パワーバージョンか」
突然、現れた彼女。その動きは速すぎた。まだ、空中にいる間にすぐさま態勢を直してボールを投じる。ボールには恐ろしい速度のスピンがかかっていて、ぶつかった途端に地面へと真っ逆さまだろう。彼女の狙いは、左腕。
藤川は瞬時に思考を始めた。この能力を手に入れてからは、とにかく答えが最適解かどうかという事よりも、早く回答することを求められている。そうでもしなければ、体の動きに脳が付いていかないのだ。能力を向上させるのは、思考力にも適用して欲しい。
そして、考えついた結論は一つだ。
負けられない、ぶつかったら負け、利き腕は右。避けられない。
自分自身の右手が、左腕に爪を突き立てるなんて経験は初めてだった。
「またか。現状はどうなっているんだ」
鶴岡は溜息を漏らした。次々と、おそらくは敵の藤川君が狩って回っている。これは当然だと思えた。あくまで数字の上で考えれば王様である確率は等しく二十分の一だ。そして、自分も山下も共に、自らのチームに属する人員なんて片手で数えられるほどしかいないのならば、それ以外の放置されたメンバーを狩るのには理解できる。
だが、なぜそれを最初からしない?
少なくとも、こちらは世良さんを始めとした戦闘に向いたメンバーで先に殴った。だが、ボールを早期確保に失敗し、数字上では大差が出なかった。
なら、逆に敵はボールを早い内から動けるメンバーが獲得しているにも関わらずに前回の途中経過時点では誰もゲームからはじき出すことができていなかった。
いや、そもそもどうして決着に時間をかけているんだ。
ゲーム開始から、世良さんが自由に一時間も動けるのがおかしい。
「リーダー、顔色が悪いぞ」
そう言って笑っているのは、隣にいるルームメイトの大原。気さくで裏表のない性格をしているから、これまで人に恵まれた良い人生を送ってきたのだろうと思う。
「いや、考え事をしていただけだ」
鶴岡自身は、亜蓮の能力を把握している。あの戦闘、先生を前にしてバリアを持ちながら足利さんの流れ弾を処理することに徹した自分とは違う。ギフトを持たずして、冷静な思考ができたのだ。それは異様な光景だった。
恐怖はまず、思考を止める。そんな人間が、自分を相手にして一時間半も戦う理由がない。
「死ぬことなんてないんだし、気楽にいこうぜ」
大原は、笑っていた。彼ほど笑って生きられたらどれほど楽だろうか。
どれほど楽しいだろうか。
「いたいた、起きて!」
どうやら、柳生さんはずっと気絶していたらしい。まさか、そこまでとは。確かに、自分の真上で同級生が腹を貫かれて、その血しぶきが自分に降りかかるなどこうなって当然、いやこうなるべきなのかもしれない。
亜蓮たちはすでに、日常を生きていない。いや、非日常が日常となっている。
「ぜんぜん、起きないや」
「私に任せてください」
そう言って朝霧さんは、薬品を生成する。基本的に彼女のギフトは、体内で消費する場合と体外で他の物質に作用させる場合で使い方が違う。体内で消費する場合はそのまま体の内側に取り込まれるが、体外に出てくる場合は瓶の中に含まれる。
「これを舌に塗れば目が覚めるはずです」
そう言って彼女は、眠っている柳生さんの口をこじ開ける。まるで歯科医のように手馴れて、尚も躊躇いが無い。彼女は指に触れた青い液体を柳生さんの舌に塗った。
「ん? わたし、眠ってた?」
柳生さんが目を覚ました。こんな場所で眠っていたせいからか、体が痛そうだ。
「よし、大淵さん。とりあえず柳生さんを連れてきて。次は地下の封鎖だ」
着々と進める。きっと、この封鎖さえ終われば後は最終決戦だ。
その場所として地下はふさわしくないから。理想は、こちらのほうが高い場所にいる状態で足利さん、銀木さん、氏家さんと戦う。
その確認として、亜蓮は誰にもばれないように【ギフト】を使った。
「へえ、やるねえ」
真澄は、楽しんでいた。先生を相手に、あそこまで強さを見せていた朝霧玲奈では、彼女の好敵手にはならなかった。やはり、スピードが段違いなのだ。
もともと、真澄は幼い頃から新体操を習っていた。そのおかげで、空中で体を操ることは得意だ。ひらひらと自分が舞う姿は、さぞかしきれいだろう。常に蝶であることをイメージして木々の間を飛び回る。
それにしても、まさか自分で左腕をねじ切るとは思わなかった。ドッジボール中に体の一部を切断したところなんて見たことが無いからわからなかったけど、胴体から離れた時点で彼の体では無くて、左腕へと変わるのだろう。これは面白い発見だ。
「でも、腕が無い状態で私に勝つのは無理だよ」
当たり前だ。そもそも、両手が万全な状態であっても攻撃を当てられるかどうか。彼は強化された脚力や腕力でなんとかスピードを稼いでいるが、こちらはそれを意識することもなく超えられるのだ。。
その代わりに、彼の一撃が万が一にでも当たれば、その瞬間に真澄は敗れるだろう。
格闘ゲームでよくある、一撃必殺のパワータイプと、細かく攻撃を繰り出す万能タイプのキャラみたいな構図だ。プレイヤーの実力が同じならば、万能タイプが強い。
だけど、プレイヤーの実力は同じだろうか。そもそも、戦っている相手は藤川か?
鶴岡は言っていた。
「もしも、山下君の影を感じたら逃げてくれ。君が落とされれば勝ち目が見えない」
心配をしてくれるのはわかるが、そもそも危険な戦場に送り込んでいるのだ。藤川なんて並大抵の【ギフト】では相手できない。だからこそ、真澄が藤川を止めるように言われた。
ならば、真澄が倒された場合でも勝てるプランを用意しておく必要がある。
しかし、真澄にはそもそも自分が仮に藤川を倒したとしても勝つにはどうすればいいかわからなかった。なら、真澄は駒でいよう。あの指揮官は嫌いじゃない。少なくとも、山下よりはこちらを命として見ている気がする。
「もらった!」
藤川がこちらの思考で少し動きが緩んだのを見て、右腕を繰り出してきた。しかし、真澄はそれに気が付いてから動いても十分に間に合う。
あえてぎりぎりのところで躱して、そのままカウンターを繰り出した。右腕が出払っている時点で、彼は防御手段を持たない。
「ぐはぁ!」
例えば、勢いのある水ならば金属すらも切断できる。その勢いとは、速度だ。
彼の右足は、それは見事にふきとんだ。もう、抵抗はできない。
「勝負ありだね。楽しかったよ」
「ボールを当ててくれないか? いたくてたまらない」
確かに彼は平然と話しているようだったけれども、尋常ではない痛みがあるのだろう。真澄もさっき、腹を貫かれたときはもしも声が出せたら泣き叫んでいただろう。朝霧といい、藤川と言い。彼らはすでに壊れている。
「それをすると、あなたが回復するじゃない」
「いや、リスポーン地点を教えるからそこを狙ってくれればいい。多少の苦労はするだろうえど、もしも反抗したとして君なら勝てるだろう」
まあ、確かに負けるビジョンは見えなかった。そもそも、鶴岡から言われているのは藤川を止めることだけだ。なら、はやめに三回ほどボールを当てて自由に動いたほうがいい。
「そういえば、王様は誰なの?」
真澄は別に勝とうが負けようがどうでもよかったけど、誰が王様なのかは気になる。
「俺じゃないよ」
藤川はそれだけ言って、眠ってしまった。
眠ったという表現が正しいのかは知らない。
ボールはやっぱり、投げないでおいた。
「地下を封鎖したか。まあ、戦うには向いていないしな」
「おそらく、最終決戦だろうね。まずは、山を取りに来るかな」
「でも、あのメンバーで正々堂々と拠点を取れるか?」
モニタールームでも、いよいよゲームが終盤だという事もあって盛り上がってきた。
「とれるでしょうね。足利さんは、彼との対決を望んでいますから。ただ、現状では藤川君を世良さんが倒した時点で、ブーストの彼女に一枚で対抗できるカードはありません」
「それなら、厳しいんじゃ?」
稲葉という少女が不安そうに言う。どうやら、彼女には終着点が見えてないらしい。
「いいえ。相手は銀木さんと足利さんという二枚のカードを持っていますが、彼はすでに三枚のカードを戦場に配置しています。どれだけ、カードの数値が強くてもワンペアはスリーカードには勝てません」
織姫は、隣にいる先輩らしき人が無駄に難しくいうのに、耳を傾けていた。
彼女はおそらく、強い。
たぶん、彼女の言う意味の勝利が一般人のそれとは違う。数値、状況、スピードなどで勝るのではなくて、得られる戦果で勝負する。織姫は別にこの勝負なんてどうでもいい。
ブーストを持った足利さんごとき、織姫でも青山と赤城で十分に倒せる。
願い事ならば決めていたが、そんなものはいつでもできる。だけど、画面内にいる山下は勝利することで戦果を得ようとした。そこまで理解しているのだ。
だろうけど、ぺらぺらと話しすぎだ。彼女がこの戦場に関与しない存在ではあるが、自分の手札を全て明かしてポーカーなんてできない。
まあ、うちのクラスでもそうなのだが。
今のところ、隠し玉を持っているのは五人。そのうちの一人が織姫自身だった。
ちょうど、正午の鐘が鳴った。
「朝霧さん。合図の準備を、それもド派手に」
亜蓮は、別に連れてくる必要も無かった朝霧さんに、とりあえずの仕事をお願いした。ここまで大淵さんを連れて来るという仕事はしっかりと果たしてくれた。ならば、ついでにお願いしよう。
「わかりました」
そう言って、彼女は薬品をつくりだした。次々と生成される瓶を青山と赤城があたりかまわずにまき散らかす。木の葉が変色し、異臭が漂う。彼女の能力が優れている点はやはり、万能なことだ。
「じゃ、これで終わりだ」
そう言って亜蓮は、手榴弾を一つ残りして薬品がまかれた場所へと放り投げた。
「うわぁ。綺麗」
「ついでに、炎色反応も混ぜてみました」
火の海が、あたりを覆いつくす。色とりどりの炎は山を喰らいつくさんとばかりの勢いで燃えている。特に重点的に振りまいた、山の頂上にあった大木が、ごうごうと燃えている。
「汐里なら、この光景で気絶しそうだけどね」
現在、柳生さんは大淵さんの操る人形で少し遠いところにいる。彼女だけは、この山火事を亜蓮たちが自発的に起こしたと知られたくなかった。
「柳生さんを連れてきてもらえる? それと、能力の解除を」
「はいはい」
大淵さんはなんだかんだ言っても、指示には従順だ。プライドが高いとかそういった面は見えてこない。ヤンキーが子猫に優しいと評価が上がるように、お嬢様のプライドが程よいと印象もだいぶん良くなる。
「あんたもだいぶん、壊れてるわね」
大淵さんが去り際にそう言った。確かにそうだ。当たり前すぎて笑えて来る。
自分の体を焼くために山火事を起こすなんて、どれだけ狂えばできる?
それもよく燃えるように、ほとんどガソリンのようなものを塗りたくっているのだ。
それも、確実じゃない能力のために。
亜蓮に与えられたギフトは、【ダウト】
簡単に言えば、半分の確率で真実を知ることのできる能力だ。
「派手にやるなあ。まるでバブル時代のネオンサインだ」
「いや、そこはテーマパークとかイルミネーションじゃないの?」
足利、銀木、氏家の三人も、戦場へと歩き出す。そこが決着の場であると知りながら。
亜蓮の知っている限りでは、三人の能力はこうなっている。
足利【爆発】
手に触れたものを爆発させる、ある程度は爆発の時間までを操作することも可能で、同時に複数個を爆発させることもできる。
銀木【ブースト】
対象の範囲内にいる味方の身体能力を、最大で五倍まで増幅させる。また、それに応じて必要なパラメータも最低限まで上昇する。
そして、三枚目のカード。
氏家【影武者】
目的とする相手の影を踏めば、その体を完全にコピーした人形を作成できる。また、本来の使用者とその人形のどちらかを操作し、もう一方は人形として自動でその人物がするであろうと演算される行動を続ける。
これは、【ダウト】で手に入れた情報だから、正しいかはわからない。
山下【ダウト】
使用者は一時間に一度、この能力を使用できる。願いを一つ、頭に浮かべる。それに対して、結果が反映される。しかし、結果は望みどおりになる可能性が半分、望みと反対になる可能性が半分。そして、同じ願いにたいして【ギフト】を使用することはできない。
これがDランクだと、何か情報を得ることしかできない。
亜蓮は、そのチャンスを氏家さんの能力を知ることに使った。
『氏家美柑に与えられたギフトの詳細』
この答えを信じて、話を進める。そして、彼女と共に必要なのが大淵さん。
大淵【傀儡化】
人型の物に意識を与えて使役することができる。人型の定義は、手と足と顔が揃っていることである。また、必要に応じて対象を強化することもできる。
そして、柳生さん【反射】
ダメージや衝撃など体感的なものを反射して、直線的に跳ね返す。その威力はランクごとに設定されており、Dランクでは等倍。また、反射できる範囲もランクに応じて広がる。
だが、大淵さんが近くにいることは気づかれてはいけない。いや、それはいいけれども大淵さんが落とされるようなことは避けたい。確率がぶれる。
そのため、少し離れた場所で朝霧さんと共に待機させている。藤川が世良さんを抑えきれればいいだろうが、それが上手くいっているかの情報が入ってこない。その、備えだ。
完璧な囲いは、端から攻めてくる飛車に弱い。
しかし、飛車は思ったよりも到着が早い。
「ようこそ、戦場へ」
「まさか、あなたたち四人で戦うつもり?」
見たところで、山下、赤城、青山、柳生の四人。おそらく、それだけではないだろうけども、積極的に戦いに関与するのは四人らしい。
確かに、【コピー】があれば勝負になるか。コピーするのはありさの【ブースト】
それで赤城と青山を強化して、香澄にぶつける。悪くはない。
だけど、【コピー】の理屈がわからない。いつの間に、香澄の【爆発】をコピーしたのかがわからなかった。ある程度の範囲であれば好きにコピーできるのか、それとも体に触れたりする必要があるのか。やっぱり、情報戦ではこちらが不利だ。
なにせ、もう一人の柳生さんすら、ギフトがわからない。
彼女はこちらに怯えて、闘志なんて微塵も感じないけれどもさすがに戦場に置いておくだけというのは考えづらい。山下が何かしらの意図をもって配備したに違いない。
「真澄を呼ぶ?」
ありさが聞いてきた。確かに、ここへ真澄を呼べれば勝ちが固い。
「いや、いい」
でも、香澄はそれをはねのけた。ここはあくまで香澄の戦場だ。どうせ、うちのチームは香澄と真澄。そのどちらが崩れても終わる。それは不公平じゃない。むしろ、こちらが有利。
向こうは、山下が崩れたとたんにすべてが終わる。
だから、香澄はある程度は誰が王様か目星がついていた。同い年で同じくらいの能力ならば、考えることなんて一緒だ。普通の王様ドッジではそこまで力の差は無い。だけど、このゲームは決定的なバランスブレイカーを各チームが持っていることで均衡を保っている。
そのブレイカーが落ちれば、負けだ。
「ねえ、こんな話はどう?」
「なに?」
「今からここで戦って、負けた方の王様はボールを無抵抗に受け入れる」
山下は、迷うことなく了承する。なんて判断力だ。
「いいよ。ちなみにこっちの王様は俺だ」
「ありがとう。こっちは私よ」
二人の王が、戦場で向かいなおる。戦闘が始まった。
同時刻、校長室に一人の来客があった。
「おやおや、これは珍しい。一橋グループの御令嬢がどうしてこんなところに?」
「あれ? 卒業生が通っていた高校を訪問することはそれほど珍しいことですか?」
彼女の一歩も引かない姿勢が懐かしい。
「いいえ。まったく」
「なら、良かった。目立つことは嫌いですから。それと、友達がいるんですよ」
「へぇ」
覚えている限り、彼女に友達はいなかったはずだ。いや、彼女はうわべでうまく付き合えるし、優しいから誰にでも好かれる。だけど、どれだけ努力しても友達ではない。
誰も、彼女と対等に並べないからだ。そんな存在が入学してきたのだろうか。
「私だって、未成年の女の子です。普通に友達くらいはいます」
よくいうものだ。今も、彼女の名前はこの学園に残っている。
学園史上最強として。
「お久しぶりです。先生」
「久しぶりね。雪奈さん」
この世界を崩壊させ得る三枚目のカードも、学園に到着した。
さて、勝負だ。とりあえず、状況を整理する。
「赤城君は瞬間移動で、青山君は風を使う能力か」
香澄がわかるのはこの程度だ。ただ、山下が直接的に戦闘に対して関与できる【ギフト】を手にしたとは考えにくい。ここまでの傾向からおそらくギフトの特徴はつかめた。
ありさは、人のサポートをするのが好きだと、自分のサポートで誰かが活躍して輝いてくれるのを見るのが好きだと言っていた。だから、【ブースト】
鶴岡は、常に保守的というか安全策ばかりをとるから【バリア】
なら、山下はおそらく情報を得るとか、相手を操るとかそういう能力を好みそうな気がする。【コピー】というのは、何かが違う気がした。
彼が敵の手をまねて勝負に勝つというのは似合わない。もしも、彼の過去に起因するものならわからないけど、彼がそこまで複雑な事情を抱えているだろうか。
香澄は、とりあえずキャンディーを赤城に向かって放り投げた。おそらく、【ギフト】によってこちらの裏をかくのは赤城か、能力の判明していない柳生さんの仕事だと割り切ってくるはずだ。なら、そこを狙う。
「あぶないっ!」
赤城に向かってキャンディーを投げつけた瞬間に、風が吹きすさんだ。これは計算内、彼の能力は同じく自然現象である電気や水を扱うよりも敵の妨害にたけた能力だと言える。
おそらく、普通の状態ならば山下はこの戦場をコントロールすることもできないだろうから、せめて同じレベルに並べて賭けができる状況を整えたのだろう。そこまでわかっている。
だから、その戦場から逃れて自分らしく戦える場所へと行きたいけれども、きっとそれはできないだろう。どこへ逃げても彼の手の内だ。
香澄はずっと、逃げ道を探している。
あれは、小学校五年生の夏だった。香澄の住む地域は都内近郊でファミリー向けに整備された田舎、いわゆるベッドタウンだった。父が平日はいつも遅くまで東京で働いていたおかげで、それなりに裕福な暮らしをしていた。しかも、香澄はパパっこだった。
全父親の憧れともいわれる、『将来はパパと結婚する』という言葉もなんども伝えた。
彼もそんな香澄を愛して、休日は疲れているのも我慢していろいろなところへ連れて行ってくれた。住んでいた地域が彼の地元に近かったのもあるだろう。
そんな父が死んだ。それは、香澄のせいと言って責められてもおかしくなかった。
「香澄っ!」
父と出かけることにはしゃいでいた香澄が、道路へと飛び出した。次の瞬間には彼が頭から血を流して道路に倒れていた。血がどろどろと流れて、ひび割れたアスファルトの隙間へと流れていく。彼はもう二度と、香澄は声をかけてくれることは無かった。
そんなときに、母親はどんな言葉をかけるべきだろうか。香澄には今も分からないけれども、子供をしっかりと叱るのもその答えだと思う。だけど、彼女は香澄を叱ったけれども一緒に悲しんではくれなかった。なぜなら、彼女には次の男性がいたから。
彼女が結婚をした理由は、父が東京でそれなりに名前の知れた企業に勤めていて、お金を持っていたことと、東京に住んでいたことが理由だったのだと思う。だから、父が仕事の都合で田舎に住むことになる時には、香澄が隣の部屋で眠っているにも関わらずに毎晩のように大声で怒鳴っていた。
結局、東京に基盤を持たない彼女は田舎へ同行せざるを得なかった。そのストレスが彼女を浮気に走らせたのだろう。それはいい。まあ、母親が浮気をしているなど許せることではないのかもしれないけど、香澄はそこに関してはどうでも良かった。
その浮気相手が最低の男だったのだ。
殴る、蹴るなどの暴行に、満足な食事や小遣いも与えられない。家事は香澄の仕事で、ご飯はコンビニの冷えた弁当ばかり。美味しいと感じられたのは給食ぐらいで、学校に行っている間も、常に家の事を考えてしまうことが嫌だった。
部活などに入ることは許されず、学校が終わればすぐに帰宅して洗濯物を取り込んで、部屋を掃除し、ふろを沸かす。もちろん、風呂に入るのも最後だ。
だけど、あんな男の入った湯船になどつかりたくもないから、香澄はこの学園にきて久しぶりになみなみと張られた湯につかれた。
だけど、体への暴力はそこまで苛烈では無かった。あの男にほんの少しでも善意が残っていたのだろうか。特に苦しかったのは、褒められなかったことだった。
父はいつも褒めてくれた。算数のドリルをやっていれば、
「香澄はいつも勉強を頑張っていてえらいなあ」
この言葉を聞くために、勉強を頑張っていた気もする。だけど、その声を聴けなくなってからも努力は怠らなかった。なんとかして奨学金をもらってどこか遠くの寮がある高校へと逃げ出したかった。そして、そのためには勉強することが必要だった。
だから、夜中になると隣の部屋から聞こえてくる汚い喘ぎ声にも集中力を乱すことなく必死に勉強していた。そんなところに、あの男はやってきたのだ。裸のままで香澄の取り組んでいた課題を奪う様にとり、流し目で見る。
「この問題が間違ってるぞ。お前って、賢そうに見えて馬鹿なんだな。かわいそうに」
そう言ってあの男は、ぽいと飽きたおもちゃを捨てるように課題を放った。
あそこまで苦しくて悲しくて、こけにされたことはない。
逃げ道がないなら、壊してやればいい。すべて、今の状況を全て壊してから全部を作り直せばいい。どうせ、死んでももともとだ。何もせずにこのままだらだらと苦しさのままに生き続けるならば死んでもいいから逃げ出そうと思った。
「明日のパンを切らしたから。買ってくる」
香澄はそう言うと、いつも最低限の食費として渡されていた財布を掴もうとしたけれども、中にあるものでは一日の飢えもしのげない。香澄はその時、男が裸であることをもう一度だけ確認した。そして、机に投げ捨てられたそいつのカバンを手に取ると、ドアをぶち破るように思いっきり開けて、そのまま外に飛び出した。
「おいっ! 何やってんだ」
そこから先のことは覚えていない。香澄はいつの間にか近くのバス停にたどり着いていた。木でできた屋根は、雪をしのぐには十分だった。だけど、時刻は深夜でバスなんて運航をとっくに終えているし、ほとんどパジャマのままで飛び出してきたようなものだったから寒さが痛い。このまま、凍えて死ぬのか、それでもいいかと思っていた時だった。
一人の女性が、声をかけてきたのだ。
「ねえ、あなたは私の友達になってくれる?」
彼女の手を握った瞬間に、香澄の人生は変わった。
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