第8話 七章
亜蓮の視線は、朝霧さんに注がれていた。朝霧さんも、その意味を理解している。
「これは、実験だ」
「そうですね」
結局、亜蓮は手に入れたボールを使って朝霧さんを回復させることにした。もちろん、それだけではない。大事なのはリスポーン地点がどこかを確認することだ。
さらに亜蓮たちが考えていたことは、あくまで仮説だ。亜蓮が投げたボールが朝霧さんに当たってもアウトにならない可能性がある。それを確かめておくこともできる。
「もしもアウトになってリスポーンすれば、能力を使ってほしい」
彼女の能力は薬品の調合。そして、彼女によるとその能力を得ると同時に化学薬品の知識がまるで流れるように脳にインプットされていた。その中にはもちろん、炎を発する反応を伴う調合もある。つまりは、狼煙の要領で少なくとも亜蓮と大淵さんはどこがリスポーン地点なのかを知ることができる。これは危険な賭けだ。
相手が揃ってこちらのリスポーン地点に押しかければ、一気に狩られる危険性もある。リスポーンの後に少しクールタイムがあるかもしれないが、そこは相手も考えて来るだろう。
それでも、この段階で味方と合流する。その攻撃的な姿勢が大事なはずだ。亜蓮は意をけしてボールを投げ込んだ。両手を広げた朝霧さんの胸にあたり、次の瞬間。
朝霧さんは視界から消えた。
銀木ありさに与えられたギフト。それは、【ブースト(タイプB)】
マネージャーをしていた彼女らしいと言えばそうだった。しかし、その能力はかなり強力だ。単体では役に立たないけれど、それこそ香澄と組めば効果は絶大。
簡単に言えば、一定の範囲内にいる相手に対して身体能力を向上させる。つまりは、藤川君や世良さんのように動けるという事だ。もちろん、範囲を出れば普通の人間に戻ってしまうために理想は近距離攻撃の得意な味方に能力をかけることだ。
だけど、ブーストされているのはあくまで身体能力のみである。
「もしも、能力の範囲内で私が爆弾を投げても、減速はしないかな」
これは、ありさの能力が判明した時点で確認しておいた。身体能力が五倍の状態でなげることができれば、ただの石でも人を殺害できるだろう。
香澄はゲームセンターで球速を図ったことがある。その時は時速五十キロそこそこだった。ゲームセンターの店主に聞いたところでは、未経験者にしてはかなり早いらしい。そこに五倍の身体能力。空気抵抗や初速など様々な要素が関係してくるだろうけど単純な計算上では二百五十キロが出るはずだ。
香澄は手ごろな石を掴んだ。そして、それを思い切り川に向かって平行に投げ入れる。すると、石は明らかに水を切った。そして、そのまま対岸へと投げ出された。
これが石ならまだ避けようもあるが、爆弾ならばどうだろうか。
香澄は全能感と共に、どこか寂しい気持ちになった。このままなら、敵チームの人間を見つけ次第に狩っていけば勝負がつく。別にボールも必要ない。おそらくダミーのボールも、意味を成さない。
「山下。あんただけだよ。超えられるのは」
彼の切り札があるはずだ。香澄はそれとの勝負を待ち望んでいる。
その隣で、ありさの後ろに隠れるように怯えているのは氏家美柑だった。
背は低く、運動は苦手。新体力テストではいつもビリ。だからと言って、戦略を立てられるわけじゃない。そもそも、人を殺すとか倒すなんて嫌いだ。部屋でゲームをするのは好きだけれども、牧場を経営して動物をたくさん飼うようなゲームをずっとしている。
美柑は戦いたくは無かった。でも、責任を放棄したくなかった。
ギフトは、できる限りは本人の希望に沿ったものが与えられる。
「おう、お疲れ。なんだ、さぼりは感心しないな」
モニタールームの自動ドアが開いて、大柄な男とメガネをかけた男が入ってくる。
「私が許可した。出欠も後で書き換えておく」
彼女にとって、他クラスの出席簿を勝手に改竄するなど、造作もない。
「それはやめた方がいいと思いますけど。それより、お二人のクラスはもう終わったんですか? それとも、飽きたから途中で放置してきたとか」
新入生の担任は問題児が多い。入ってきた一組の尾形も、二組の更科もまじめとは言えない。少なくとも、さぼっている生徒を堂々と見逃せる。
「うちのクラスは終わった。ちょうどさっきまで、尾形先生と見ていたんだけどね」
更科が落ち着いた声でそう言う。彼は椅子を取り出して許可もなく腰かけた。
「じゃあ、尾形先生のクラスも」
「ああ、うちはなんと五分で勝負がついた」
尾形が分厚い掌を開いて、数字の五を表現している。
五分。なかなか異常な数字だ。もちろん、不可能ではない。先生が私に指示を出してチームをばらばらに飛ばさなければ、両チームとも連携がとれてそれなりに早い決着だっただろう。だけどもうすでに、授業開始から一時間が経過している。
「五分は、落合とやらか」
落合。聞いたことがある。新入生で最も偏差値が高くて、剣道で全国を制覇した天才だったはずだ。テレビで特集されていたのを、見たことがある。彼の父親は、学園の創立にも関われるレベルのポストを財閥で与えられていたはず。
「いや、違うぞ。聞いて驚くなよ。その落合が五分でたたきつぶされた。完敗と言ってもいいだろう。今まで負けたことが無かったんだろうな。それはすごい表情をしていたよ、見せてやりたいくらいだ」
あんまり、担当する生徒の負けを喜ぶのはどうかと思うけれども、彼はただただ好勝負が見たいだけなんだ。大スターがいるチームの試合よりも、優勝決定戦よりも実力の拮抗した勝負が好きで、グラウンド外のことはなにも興味がない人間だ。
「その、落合を五分でやっつけたのはなんて名前の野郎だ?」
尾形先生は、興味を示されたのが珍しかったのだろう。鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしていたけれども、ポップコーンをはしたなく鷲掴みにしながらモニターを起動した。
「野郎なんて言うなよ。レディーに失礼だ」
「お前がレディーなんて言葉を使う方が、世の女性に対して失礼だ」
まさか、女子なのか。テレビで見ただけだが、あんな傑物を破るのが。
もちろん、女子だからと馬鹿にするつもりは無い。なにせ、自分も一年だけ長く生きているだけの女子だ。それでも、身体能力がデフォルトの相手ならばどうしても男子が有利になっている。しかし、それに先生の三人とも誰も動じない。
そもそも、単純な強さではこの学園で勝ち抜けない。きっと、生き残るには【身体能力向上】とか【バリア】が優秀な能力だ。だけど、それはあくまで「手駒」として優秀なのであって、勝者になるには向いていない。
現に二年の生徒で最も強いのは、戦えばそこらのチンピラにも負けるほどの男だ。
でも、勝つのは彼だと確信している。
「いたいた。こいつだよ。こいつの幼馴染らしいぞ」
尾形が太い指で、モニターの中にいる天才指揮官を指さした。
「名前は堂場つむぎ。いや、期末が楽しみだな」
期末には、クラス対抗で能力の使用が認められた『棒倒し』が開催される。
「うちだって、簡単には負けないと思うよ。なにより、クラスが一つだ。九鬼という優秀なリーダーがいる」
優秀なリーダー。その定義はいくつかあるけれども、その子はどのタイプだろう。
「そうか。まあ、せいぜい吠えろよ」
彼女は相変わらず、口が悪い。それは、自信があるときの癖だ。
今もなお戦いを続ける彼ら、彼女らの中に尾形先生のクラスよりも更科先生のクラスよりも勝っている部分はあると感じているのだろう。
「そうだ、更科。どっちが勝つかかけよう」
尾形先生が、楽しそうに言った。彼が二分の一に賭けるギャンブルを好むのは絶対に良い勝負になるからだ。負けも紙一重だ。
「そうだね。ここまでを見ている限りでは彼女がやっぱり強い」
そう言って更科がモニターに映し出したのは、足利香澄だった。
「なるほど。じゃあ、俺は逆のチームに賭ける。商品は、中間の採点だ」
一方の尾形は、モニターに藤川を映し出した。彼の好きそうなタイプだ。
「先生は誰が勝ち切ると思いますか?」
ここでの勝ちが意味するのは、チーム単位の話ではない。
クラスのカーストで元の位置よりもどれだけ上昇できるかだ。
「本命は、山下。対抗が鶴岡と、足利」
「それが、先生の思うクラスをまとめるに十分な素質を持つ人ですか」
「大穴は大淵、柳生、氏家、銀木、藤川」
意外な名前が八人の内、一人だけ上がったけれども、おおむね予想通りだ。
そのころ、藤川は迷っていた。彼は、地図がデバイス内にあることを未だに知らない。
「電話も出ねえし。どうすればいいんだ?」
電話はつながらない。先生から明言されてはいないから、誰かが妨害しているのだろうか。
いや、さすがにそれは強すぎるな。電話の使用が片方のチームだけなら、もう決着はついているはずだ。それにしても、誰にも出会わないな。
「お~い、誰でもいいからいないのか」
まあ、いるはずもない。藤川は自覚していないが、彼は恐怖の対象になっている。身体能力が五倍になっているうえに、もともと体が大きいのもあって威圧感がすさまじい。その上に、身を隠して移動することなど考えてもいないので、藤川の存在に気が付いた敵チームの人間はすぐに逃げ出している。
「せめて、部屋のメンバーに出会えればなあ」
そう言いながら歩いていた時だった。足元がかなり歩きやすくなっていることに気が付いたのだ。これまで、ズボン越しにずっと枝葉が当たって不快感があったけれども、下を見ると枝が所々で折られている。けもの道が出来上がっていた。
「誰かがここを通ったのか」
折れた枝を見つけて拾い上げる。その折れた部分には汚れが無かった。つまり、つい最近折られたという事だ。とりあえず、藤川はその道に従って移動する。
その先で巨大な爆発が起こった。
あたりは煙を上げて、視界が晴れない。そのうえ、砂ぼこりで口や鼻にも違和感がある。
「青山! 視界を飛ばしてくれ」
赤城はそう頼んだ。きっと、山下ならそうするだろうと思って。
「わかった。でも、煙が晴れた瞬間に気をつけろよ」
それはわかっている。青山が能力を起動したその瞬間には、赤城は声を発した場所からは消えて、敵の背後へと向かっている。狙うは、ボール。きっと、彼女たちはダミーだとは気が付いていないから、どちらでも牽制になるだろう。
赤城は、できるだけ被害を少なくこの戦場から撤退することを考えていた。
敵は、ボールを持っている足利さんと銀木さんと、気弱な少女。
銀木さんの能力は、青山が知っていた。【ブースト】だなんてふざけている。そんな奴らと戦うには、藤川でも引っ張ってこなければ無理だ。赤城と青山は両方ともが戦闘に特化したわけでも、搦手に特化したわけでもない。だからこそ、純粋な強さは恐怖だ。
【瞬間移動】この能力をどう生かすか。能力としては破格だからこそ、制限も多い。
まず、対象に取ることができるのはDランクの時点では一人が限界だ。そして、移動までにタイムラグが複数回もあることが厄介だ。まず、能力を起動した段階でホログラムの壁が対象の周囲をかこむ。これに時間がかかる。さらに、壁ごと消えてから出現してまるでその場に体が再構築されたかのように壁が部分的に表れる。もちろん、壁が消えるスピードは対象物が小さいほどに早い。
この時間さえ短縮できれば背後を取ることができるだろう。ホログラムの壁はどんな攻撃も通さないことも利点ではあるが、それは能力に対して副次的なものだ。
「山下なら、どうする?」
赤城はすでに、山下に対してかなり信頼を預けていた。能力を持たずに危険へと身をさらした彼の姿は、あまりにもまぶしかった。ああいう人間が主人公なんだろうと思えた。
昔から、自分が主人公になるチャンスをことごとく潰してきたのだ。
だからこそ、せめて一場面だけでも主役のようでありたい。輝いてみたい。
その思いにこたえたのか、最高のタイミングでいたずらのような人間が現れた。
足利さんが思い切り投じた爆弾。それは赤城に当たるはずだったが、現れたそいつが手のひらで包み、それを思い切り投げ返したのだ。その瞬間に爆発が起こる。
「間に合った。逃げるぞ!」
藤川が、なんとか二人を救出してくれた。
「どうして、ここがわかったんだ?」
藤川は素早く右手に青山、左手に赤城を抱えて逃げ出した。本当は戦いたい気持ちもあったけれども、なにせ相手が悪い。ブーストのかかった時点で互角、それに相手は能力を持っているんだから局所で好勝負は出来ても勝つことは不可能だと、亜蓮は判断した。
亜蓮はばらばらに飛ばされることも考えて、藤川にだけ狼煙で合図を伝えていた。
一発で北。二発で西。三発で南。四発で東。それが上がった瞬間にその方向に移動して赤城を守るようにと指示を与えていた。ここで、亜蓮が行っていた事前準備が無くなった。
あとは、この戦いで得た武器で戦う必要がある。
そして、戦いの中では初めてのアナウンスが行われた。同時に上空へと時刻が表示される。
戦闘開始から一時間。
「諸君、非常にいい戦いを見せてもらっている。私は感動した」
その声は新垣先生ではない、たしか一組の担任だ。亜蓮はそのことに不思議と違和感は覚えなかった。そんなフィールド外のことまで考えている場合じゃない。
「一時間もたったので、ここで全員の中からライフが減っている人を伝えよう」
そう言って彼は、咳をしてから次々と名前を読み上げ始めた。
亜蓮が知っているボールの動きは、手元に一つと敵チームが最初から所持している一つ。
そして、味方の誰かが獲得しているはずのボール。だからこそ、そこまで大きな動きはないはずだけれども、果たして誰がやられたのか。
「まずは、ライフが減っているもの。朝霧、伊藤、河内、内場」
なるほど、どうやら亜蓮の関与しないところで戦闘が起こっているらしい。まあ、そこはどうでもいい。現時点で亜蓮が戦局を大きく動かすと感じたメンバーにはしっかりと様々なパターンを想定して指示を出している。つまり、自由な行動をしているメンバーがやられようとも、つまるところはどうでも良かった。
「そして、ライフを全て失ったもの」
ここで亜蓮は違和感を持った。基本的にボールが当てられた地点でリスポーンするから複数回やられるには何度か戦場に赴く必要がある。この広いフィールドで、3つしかない戦場にそこまで遭遇するだろうか。
「稲葉、久保、藤原」
メンバーの名前には覚えがあった。すべてこちらのチームだ。
そして、亜蓮が切り札として用意していたカードが落とされていた。
何者かが、こちらの狙いを的確に潰している。
「どうして、誰が相手チームを三人も倒したんだ?」
鶴岡は混乱していた。彼も亜蓮と同じく、できる限りの情報を集めて戦場をコントロールすることを目的としている。だからこそ、自分の知らない間に三人も敵チームの人間が倒されているとは想像もできなかった。
亜蓮の立場なら、別に自分のチームが倒されていることを知らなくても不思議ではない。
だが、鶴岡はそうじゃない。彼のチームでまとまっていたのは、世良さんや足利さんなど戦闘のスペシャリストに敵を傷つけて動きを封じることを優先しようと決めていた。
だから、三人の人間をフィールドから除外するには世良さんたちが動きを封じた相手を勝手にボールで倒し、作戦を乱している可能性が高い。
鶴岡はまっとうな作戦を立てるのが得意だ。だからこそ、予想のつく展開でしっかりと勝利できる。傾向から分析し、対策を立てるのが得意だ。
だけど、戦場にそんなものは存在しない。
だからこそ、モニタールームにいる彼女は先生が鶴岡を対抗に置いたのを理解できなかった。臨機応変な対応ができない指揮官は、無能だ。
そのころ、亜蓮はチームのリスポーン地点付近で朝霧さんと合流した。
「ご苦労様。ボールに当たって痛みを感じた?」
「いえ、まったく」
彼女は、すでにその足を取り戻していた。まるで何事もなかったようにくるりと回ってみせる。それに感動して、大淵さんが抱き着いて喜んでも、よろめくことは無かった。
「心配をかけてすみません」
朝霧さんは申し訳なさそうに、大淵さんの頭を撫でる。それと同時に、亜蓮が指示した通りに狼煙を上げた。彼女の能力は汎用性が高いことが大きな武器だ。
きっと、炎を操る能力もあるだろうから、それよりは火力が出ないし、精神を操る能力もあるだろうけど、薬では限界がある。だけど、常に大淵さんを守るために様々な武器を装備している彼女らしい、どんな状況にでも対応できる力だった。
亜蓮もすでに、人にはそれぞれその人らしさ、その人の求めるギフトが与えられていることに気が付いた。その時点で、現在の時間軸よりはかなり後のことに思考が引っ張られている。それは、いずれ起こるだろうクラス対抗での戦いだ。
つぐみにはどんな【ギフト】が与えられているのだろうか。
クラス対抗の公事がある前に、聞いておこう。彼女ならすぐに教えてくれるはずだ。
「なに、ぼーっとしてんの。すぐに次の動きを考えないと」
そして再び元気を取り戻した大淵さんが、すぐさま命令してきた。次は彼女に活躍してもらおう。この時点で、すでに時間は一時間を過ぎていながら、これだけしか人数が減っていないのだ。これは、王様を見つけてさらにリスポーン地点を占領するしか方法がない。
「誰が王様だろう。朝霧さんと大淵さんはどう思う?」
現実的に考えて、もっとも強いプレイヤーは足利さん。指揮官は鶴岡。そして、圧倒的に弱いメンバー、戦闘に優れたギフトではないメンバーは除外だと考えると、こちら側に積極的な攻撃を仕掛けてこないメンバーかつ、戦闘に優れたギフトを持つかそのギフトを持つメンバーに護衛されているのが王様だ。
だけど、鶴岡が考えたとすると彼は手堅い作戦をとるはずだ。
なら、戦闘の能力を持っていようがいなかろうがそこそこ運動ができて、頭もよさそうな人間に預ける。そのほかのクラスメイトを考えても仕方がない。
「王様は女子だと思う」
大淵さんがそう言った。
「へえ、どうして」
その考え方は、亜蓮の考えとは少し違った。やっぱり、高校生の男子と女子では身体能力に大きな開きがあるのだ。それこそ、能力での勝負が互角ならば男子が勝つだろう。
「女子のほうが、ここ一番の度胸がある」
亜蓮は、せっかく聞いた意見だからとそれを採用することにした。
とりあえず、藤川たちを呼び寄せるために朝霧さんに再び能力を使用させる。
さて、とりあえずの残機を失ったメンバーたちはリスポーンせずにゲーム終了まで待つ流れなのが、先生たちの計らいによってモニタールームで見学していた。
「稲葉、久保、藤原。お前たちはどっちが勝つと思う」
彼ら彼女らは、すべて同じ人間にやられた。そのうちの二人は、やはりその人間がいる影響で、敵チームを推す。誰にも気づかれずに3つもライフを奪われたのだ。自分が王様だったらと思うとぞっとする。何の抵抗もなく敗れたことが申し訳なかった。
それでも、藤原さんだけは自分たちのチームが勝てると思っていた。
「あの子が動けば、うちの部屋にいるメンバーだけでも十分ですから」
織姫が期待するのは、同室の柳生汐里だった。
半月だとしても、やっぱり彼女との交流は深い。どうしても、四人部屋で大淵さんと朝霧さんが常に一緒にいると、残された二人は関係が強くなるのだ。なにせ、朝霧さんと大淵さんはわざわざ二人で一緒に広くもない部屋の風呂に入るほどだから。
それなりに深い関係になれたと思ったその夜。悩みを相談された。
彼女が悩みを克服するのに足りないのは、自信だ。彼女はあくまで自分が演技をしているに過ぎないと思っていることがいけない。仮に演技だとしても、彼女は中学時代に優秀な成績を残している。カンニングだってバレなければ満点だというくらいの精神でいればいい。
そのためには、絶対的な結果とそれに対する正当な評価。
彼女のギフトで、敵方の大将を取るしかない。それを頼めるのは彼だけだ。織姫ができることは、同程度の質量をもつ物体を入れ替えること。それも、フィールド内には影響が及ぼせない。このドッジボールでの外野は無価値だ。
でも、きっと彼ならば汐里の存在を知っているはずだ。彼女の価値を。
「先生、山下君にメールをいれてもいいですか」
声を上げると、先生は面白そうに笑った。
「このままだと、確かに勝敗は見えている。いいぞ、代わりに敵チームへボールを送る」
その声を聴いて残りのメンバーは反対したけれども、ボールなんてやっぱりこのゲームでは価値が無い。
「お願いします」
頷くと、ボールがランダムに二つ。そして鶴岡の手に一つ出現した。
「よし、これで揃った。後は一人だ」
亜蓮の下には、朝霧さん、大淵さん、藤川、赤城、青山。ちょうどメールが届いたところで、亜蓮はその内容を確認してから作戦をプランAからプランBへ変える。大本の目的が勝利であることに違いはないが、得られる結果と成功確率が違う。
「とりあえず、藤川にボールを預ける。ひたすら、敵を狩りまくってくれ」
朝霧さんと共闘させたいが、大淵さんが使い物にならなくなってしまう。
この作戦で必要なのは大淵さん、赤城、青山、そして敵チームの誰かだ。
名前も能力の詳細も知らないけれど、その人が協力してくれる前提で進める。
「まずは、これがメモ。大淵さんがやることはこれをできる限り流ちょうに話すこと」
そう言って一枚のメモを手渡す。彼女はそれを手に取ると、すぐさま練習を始めた。
「そして、赤城と青山はあくまで後ろに潜んでおいてくれ。手榴弾は持っている?」
「もちろん」
赤城は服の内ポケットから手榴弾を取り出す。亜蓮が預けたものだ。まさか、赤城に預けた分まで、嘘をつくために使うことになるとは、しかしそうもいっていられない。
相手のためにつく嘘ならば許されるだろう。
藤原さんから受け取ったメールは、
『メールでは初めまして、藤原織姫です。私は今、モニタールームにいます。
何もできずに退場したことは申し訳ありません。ですが、要件を伝えます。
柳生汐里を覚醒させてください。少なくとも、彼女を戦力にしてあげてください。
彼女は怯える自分が嫌いです。だけど、それでも恐怖が勝っています。
彼女にとって強い自分は、あくまで演技でしかないからです。彼女が努力するのは、演技をして他人を騙すためとイコールで結ばれて、それが彼女を苦しめています。
彼女を救ってください。
さもなければ、次のクラス対抗では勝てません。
先生に聞きましたが、堂場さんはわずか五分で決着をつけたそうです』
そのメールを途中まで読んだ時点で、亜蓮は恐怖を覚えた。すでに一時間半ほどが経過して一向に勝利が見えない亜蓮と違って、つぐみは五分で決着をつけたのか。
やっぱり、彼女には勝てない。
だけど、彼女の勝利はただの勝利だ。ならば、こちらはより戦果の大きい勝利を目指そうと亜蓮は思った。でないと、彼女に追いつけない。
そのためのピースとして、柳生さんを選んだ。【反射】
あのギフトは卑怯なほどに強い。
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