僕のエピローグ

春風秋雄

新しい介護士は、昔の愛人だった

「お父さん、新しい介護士さんがきたよ」

娘の友香がドアの外で言うのと同時にドアが開き、中年の女性が入ってきた。

「今日からお世話させていただく鈴森絹江です。よろしくお願いしますね」

その顔を見た瞬間、俺は固まった。

「どうして、お前が…」

俺はそう言ったつもりだったが、発せられた音はゴニョゴニョと、言葉にならないものだった。相手には何を言ったのかまったく伝わってない。

女性は構わずに、マニュアル通りの作業に入った。俺はベッドに横たわったまま、緊張で体をこわばらせていた。

「じゃあ、パジャマを替えましょうね」

絹江はそう言って介護ベッドを操作し、リクライニングを立てた。そして慣れた手つきでパジャマのボタンを外し、俺を着替えさせる。上下のパジャマを着替えさせる手際は、それなりに経験を積んでいるものだとわかり、介護の仕事は昨日今日始めたわけではなさそうだった。

着替えが終わると、ベッドをもとに戻し、

「私は洗濯をしてきますから、何かあったらそのベルを鳴らして下さいね」

と、ベッドの横に備え付けてあるベルを指差してから、部屋を出て行った。

間違いなく、あれは絹江だった。俺は着替えたばかりなのに、冷たい汗をかいていた。


俺は寺島武夫。まだ63歳なのだが、2年前に脳梗塞で倒れてから左半身が麻痺して寝たきりの状態だ。しかも言葉がうまく話せなくなった。幸い利き手は使えるので、筆談はできる。俺の不幸の始まりは5年前の健康診断で肺にガンが見つかったことだ。その時は手術で回復したものの、2年後に再発した。抗がん剤で治療をしている最中に脳卒中で倒れたというわけだ。現在ガンは他にも転移しているそうで、ステージⅣと言われた。残された日々を有意義に過ごしたいと思いながらも、体が思うように動かないため、何をする気にもなれず、ただ一日、ぼんやりとテレビを見て、美味しいと思えない食事を義務のように流し込み、そしてひたすら寝るだけの日々を過ごしている。あまり鏡は見ないが、他人が見れば、おそらく80過ぎの老人に見えるだろう。

妻とは最初のガンが見つかる3年前から別居しており、ガンが見つかる1年前に離婚した。妻は離婚するまでは色々ごねていたが、今では離婚して良かったと思っているだろう。妻は俺の病気を知っても見舞いにもきたことがない。ひとり娘の友香だけは俺を気にかけて、色々世話をやいてくれている。すでに結婚して子供もいるのに、毎日のように様子を見に来て、病院とのやりとりや、介護士の手配をしてくれた。


「じゃあ、お父さん、私は帰るね。鈴森さん、あとはお願いします」

友香はそう言って帰ってしまった。俺と絹江を二人きりにするのか?勘弁してくれよと言いたかったが、喋れないので言えない。仮に喋れたとしても言えることではない。


絹江と出会ったのは、14年前、金沢の地だった。当時俺は中堅の生命保険会社で中部北陸地区統括本部長をしていた。金沢の支店長が家の事情で急に退職することになり、後任が決まるまで俺が支店長を兼任することになった。社員との懇親を兼ねて飲みに行ったスナックで絹江は働いていた。その時絹江は28歳だった。俺のひとめぼれだった。それから毎日のようにスナックへ通い、しばらくすると絹江と外で食事をするようになった。それから深い関係になるのに、そう時間はかからなかった。当初、単身赴任は2か月の予定で金沢へ赴いたが、本社に色々理屈を述べ、結局半年間金沢にいた。最後の1か月は俺の部屋で絹江と同棲状態だった。東京に戻ってからも、月に1度は金沢に会いに行った。そんなことを5年くらい続け、俺は絹江を東京に呼び寄せた。妻に内緒で投資目的に購入していた2LDKのマンションがあったので、そこに住まわした。あと2年で娘の友香が成人する。そうすれば妻と離婚して絹江と結婚するつもりだった。絹江にもそう伝えていた。やっと友香が成人して、妻に離婚を申し出たが、妻は簡単には承諾しなかった。妻と娘はそれを機にマンションを借りて出て行った。その後、財産分与などの条件を手厚くして提示してみたが、納得してくれなかった。俺に愛人がいることは薄々感づいているようで、離婚を拒む理由は、俺への愛情ではなく、妻としてのプライドだった。学生時代からの友人で弁護士をしている古橋に、間に入ってもらい交渉を続け、別居から2年後に離婚が成立した。弁護士の古橋からは、不貞行為の慰謝料は払ってないので、籍を入れるのはしばらく待った方が良いと言われたので、1年間大人しくしていたところ、ガンが見つかった。絹江に苦労をかけるわけにはいかないと思い、弁護士の古橋に別れ話をしてもらうよう頼んだ。その際、恨まれてもいいので、ガンのことは隠して何か他の理由をつけてくれ、マンションは絹江の名義に変更し、当面暮らせるだけのお金も渡すという条件をつけた。絹江は俺に会わせろと食い下がったようだが、古橋がどう説得したのかわからないが、最終的には納得してくれたようだ。その結果を聞いたのは手術のあとだった。それから5年、絹江から連絡がくることはなかった。それなのに、今になって介護士として俺の目の前に現れた。


「寺島さん、食事ができましたよ」

絹江が盆の上に夕食を乗せて部屋に入ってきた。俺が好きなカレイの煮つけが乗っていた。金沢にいた頃、絹江がよく作ってくれた。金沢の魚は本当に美味しかった。

利き手は使えるので、自分で箸を持って食べることはできるが、口が思うように動かないので、ボロボロとこぼしてしまう。その都度絹江がこぼした物を拭きとってくれるが、こんな姿を絹江に見せるのが情けなく、辛かった。俺は食べながら自然と涙がこぼれてきた。絹江はそれを見ても何も言わず、黙って介助してくれた。

食事が終わり、絹江が盆を下げた。絹江が洗い物をしている間に、俺はマジックボードを取り出し、メッセージを書いた。

「寺島さん、今日はこれで帰りますね」

作業がすべて終わった絹江がそう言って部屋に入ってきた。俺は用意していたマジックボードを絹江に見せた。

“もう来ないでほしい。他の人に替わってもらってくれ”

それを見た絹江はしばらく立ち尽くした。そして少しため息をつきながら言った。

「それは娘さんに言って下さい。でもどういう理由で言うのですか?昔の愛人に介助してもらうのは嫌だからって言うのですか?」

俺は何か言いたかったが、マジックボードのペンを持ったまま何も書けなかった。

「じゃあ、明日も来ますからね」

絹江はそう言って、預かっている合鍵で施錠して帰って行った。

絹江が帰ったあと、俺は茫然としていた。絹江は今も俺を恨んでいるのだろうか。こんな姿の俺をみながら「ざまあみろ」と思っているのだろうか。


翌日、友香は来るなり俺に聞いた。

「新しい介護士さんはどうだった?」

介護士が替わるたびに聞かれることだが、今回ばかりは意味があって聞いているのではないかと、邪推した。

“他の人と、特にかわらない”

俺はマジックボードに書いて見せた。友香は「ふーん」と言っただけで、それ以上何も聞かなかった。

絹江は他の人と替わることなく、今日も来た。友香と奥の部屋で何か話していたが、昨日と変わらない態度で部屋に入ってきた。すると友香が

「お父さん、私、今日はもう帰るね。じゃあ鈴森さんお願いします」

と言って帰ってしまった。いつもより早いようだが、何か用事があるのだろう。

「寺島さん、今日は洗体しますね」

すでに入浴介助用のシャツ姿に着替えた絹江が言った。

洗体?いや、それは勘弁してほしい。こんな瘦せ細った体を絹江に見せたくない。俺はあわててマジックボードに

“今日はいいです”

と書いていたら、目ざとく絹江がみつけ

「ダメですよ。前回の洗体は3日前になっていますから、今日は綺麗にしましょう」

絹江に無理やり起こされて、風呂場につれていかれた。右足は何とか動くので、肩を借りて歩けば風呂場には歩いていける。脱衣場に椅子が用意されていて、そこに座らされた。パジャマを脱がされて、上半身裸になったところで立ち上がらされ、パジャマのズボンとパンツをひざ下までおろされて、また椅子に座る。そして足からすべてを抜き取り素っ裸にされた。浴室には滑り止めのマットが敷いてあり、その上に背もたれと肘置きが付いた介護用のシャワーチェアーが置いてある。シャワーの温度を調節した絹江がチェアーに座った俺にお湯をかける。熱くもぬるくもない、ちょうど良い温度だった。スポンジにソープをつけて、優しく洗ってくれる。胸には手術の跡が残っていた。絹江はその跡を指で優しくいたわるようになぞった。絹江はチラッと俺の顔を見たが、何も言わず他の場所にスポンジを移動させた。一通り体を洗ったあと、手にソープをつけ、陰部を洗おうとしたので、俺は言葉にならない声を出して、“そこはいい”と訴え、動く右手でそこを隠そうとした。

「いまさら何恥ずかしがっているのよ。昔はさんざん私に洗わせたくせに。ちゃんと綺麗にしておかないと、尿道からばい菌が入るわよ」

そう言われたら身も蓋もない。仕方なく、なすがままになった。脳梗塞を患ってから、俺のものはまったく機能しなくなった。今や、単なる小便をするだけの管になってしまった。絹江は、優しくそこを手で洗ってくれた。昔は絹江にそうされたら、いきり立っていたのにと思うと、情けなくて涙がにじんできた。

最後はシャンプーハットを被せられ、頭を洗ってくれた。


何日かすると、俺は絹江への警戒心が薄れてきた。介助の仕方は他の介護士とほとんど変わらない。特に俺を恨んで何かをやってやろうといった感じはなく、逆に他の介護士よりも丁寧で優しかった。絹江に対する気持ちに余裕が出てくると、色んな疑問がわいてきた。どうして俺の介護士の担当になったのか、それは意図的なのか偶然なのか。いつどうやって介護士としての技術を身につけたのか。そして、今も独身なのか。聞きたいことは山ほどある。しかしマジックボードでしか会話ができない俺にとって、簡単に聞けることではないし、そのタイミングもなかなかなかった。

絹江が作る料理は美味しかった。それまで俺は栄養をとるためだけに、ただ義務のように流し込んでいた食事だったが、今では毎食楽しみにしている。金沢時代に食べた懐かしい料理が次から次に出てくる。ただし、すべて食べやすいように柔らかく料理してあった。これから病状が進んだら、もっともっと柔らかく、流動食のようになり、この美味しい料理は食べられなくなるのだろうか。


「今日はお風呂に入りますからね」

絹江はそう言って浴室で準備を始めた。脳梗塞で入院した時、病院で浴槽に入って以来、退院してから俺は浴槽に入ったことはない。今までの介護士は椅子に座らせて体を洗ってくれるだけで、浴槽に入れてくれることはなかった。

絹江に連れられて浴室に入ると、湯舟に通常よりやや少なめのお湯が張ってあった。洗い場にはいつものシャワーチェアーの他に、背もたれも肘置きもついていない椅子が隅に置いてあった。

先に体を洗い、シャワーで流したあと、絹江はもう一つの椅子を浴槽にくっつけて置いた。椅子はちょうど浴槽の高さだった。俺はそっちの椅子に移動させられ、椅子に座ったまま動く方の右足から順番にゆっくり湯舟に入れる。両足がお湯の中に入ったところで、絹江に手伝ってもらいながら、お尻をずらし体をお湯の中に沈めた。浴槽の端にクッションが取り付けてあり、それを枕にして体を伸ばす。2年ぶりの入浴は、とても気持ち良かった。絹江が浴槽の外から、動かない左足をマッサージするように優しくなでている。俺はとても幸せな気分だった。5年前に病気をしてから、こんな穏やかな気持ちになったのは初めてだった。

3分ぐらいたったのだろうか、絹江が

「そろそろ出る準備をするね。少し待っていて」

と言って、一旦浴室を出た。脱衣場でごそごそやっていた絹江が再び浴室に入ってきた。ふとそちらを見て俺は驚いた。絹江は介護用のシャツもパンツも脱ぎ捨て、裸で入ってきた。介護のマニュアルに裸で介助するなんてことがあるわけない。明らかに絹江の意思でそうしている。絹江は浴槽の中に入ってきてかがみ、両手を俺の背中に回した。

「じゃあ起こすからね」

そう言って俺を持ち上げ、先ほどの椅子に座らせた。そして入った時と逆に片足ずつ外に出した。椅子に座らせたままいつの間に用意したのか、バスタオルで俺の体を拭く。その間、俺の目の前に絹江の裸の胸が揺れていた。あの頃に比べると、お腹のあたりに少し肉がついたようだが、変わらずスタイルの良さを保っていた。俺に官能的なものは湧いてこず、ただただ懐かしさがこみ上げてきた。ある程度俺の体を拭いたあと、絹江は自分の体を拭いた。そして、おもむろに立ったまま俺の顔を自分の胸に押し付けるように抱きしめた。

「武夫さん・・・・」

初めて絹江が昔の呼び方で俺を呼んでくれた。

「…辛かったね」

その瞬間、俺の中で長年、我慢して我慢して、張りつめていたものがプツリと切れた。腹の底からこみ上げてくるものが、のどを通して押し出され、俺は声を出して泣いた。絹江は俺を抱きしめる腕に力を込め、黙って俺の泣き声を聞いてくれた。時々、頭の上から絹江の鼻をすする音が聞こえた。


俺がマジックボードに簡単な質問を書くと、絹江は俺が何を聞きたいのか察して詳しく話してくれた。

ここに来るようになったのは、娘の友香から頼まれたのだという。一体どういうことなのか、俺にはさっぱりわからなかった。絹江は順序だてて説明してくれた。

5年前、古橋から寺島が別れたいと言っていると伝えられたとき、寺島さんに会うまでは承諾できないと突っぱね続けたところ、困り果てた古橋は、あれほど口止めしていたにも関わらず、寺島はガンで手術することになったと話してしまったらしい。今、寺島に会うと、精神的な負担までかけることになるから、とりあえず別れ話を承諾したことにしてほしい。寺島の状況は絶えず教えるからと説得されたとのことだ。手術が無事成功したことを伝えられ安心したが、いつ再発するかわからないので、あと2~3年は会うのは我慢してほしいと言われたそうだ。すると、心配が現実となり、2年後に再発した。絹江は、もう我慢できない、会いに行くと古橋に詰め寄ったが、古橋が何とか押しとどめている間に脳梗塞で倒れ半身不随になってしまった。寺島は、こんな姿を絹江さんには見せたくないと思う。会いに行っても絹江さんは何もできないじゃないかと諭したらしい。そこで絹江は介護の勉強を始めたそうだ。実際に介護施設で働いて現場で技術を修得し、それを基に自分が武夫さんの面倒を見ると決心したらしい。2年間介護の現場で技術を修得し、そろそろ会いに行ってもいいかと思っていた矢先、古橋から、寺島の娘さんが絹江さんに会いたいと申し出があったと連絡があった。その時の会話を詳しく教えてくれた。


「今さら、鈴森さんにこんなことを頼むのはどうかと思うのですが、父に会いに行ってもらえませんか」

「武夫さんに何かあったのですか?」

「今日明日どうにかなるといった状態ではないのですが、ステージⅣと宣告されましたので、治る見込みはないのだと思います」

「でも抗がん剤治療などで、長く生きる人もいるのでしょ?」

「元が肺がんなので、それほど長くはないと思います。それより、本人が生きる望みをなくしています」

「どういうことですか?」

「本人は、もう長く生きても仕方ないと思っているようで、半身不随といっても、動こうと思えばまだ動けるのに、ずっとベッドに寝たままで、何をするでもなく、笑うこともなければ、泣くこともなく、ただ1日1日が過ぎていくだけで、まったく生気のない日々を過ごしているのです」

「そうなんですか」

「母にとっては夫失格の人だったかもしれませんが、私にとっては明るくて優しい、とても良い父親でした。だから、最後まで笑って人生を終えてほしいのです。今の状態で、父を笑顔にできるのは、鈴森さんしかいないと思ってお願いに伺ったのです」


友香の話を聞いて、絹江が提案したのは、専属の介護士として俺の世話をすることだった。絹江は勤めていた介護施設を辞め、仕事ではないので報酬もいらないと言って俺のところへやってきたというわけだ。俺がどういう反応を示すかわからないので、とりあえず数日間はケアマネージャーから派遣された介護士という形で様子をみることにしたそうだ。


それから絹江は、荷物を運びこみ、住み込みで俺の世話をしてくれるようになった。毎日来る友香とも仲良く話をしている。

絹江は、一緒に映画のDVDを見たり、本を読んで聞かせてくれたり、天気の良い日には、車椅子を押してくれて、散歩にも出かけるようになった。洗体のときは、絹江も最初から裸になり一緒にシャワーを浴びている。昔一緒に風呂に入った頃を思い出す。官能的なことは何も出来ないが、裸で一緒にいられることがうれしかった。

しばらくして友香が

「お父さん、最近よく笑うようになったね」

と嬉しそうに言ってくれた。俺はマジックボードに

“絹江を呼んでくれて、ありがとう”

と書いて見せたら、照れくさそうにしていた。


しかし、幸せな日々は、それほど長く続かなかった。病はどんどん俺の体を蝕んでいった。まず、食欲がなくなってきた。毎日絹江は俺が好きだったものを作って出してくれるが、一口二口しか食べられなくなった。次第に皿の上から形のある料理はなくなり、スプーンで舐めるといった流動食に変わっていった。

自分でも、それほど時間は残されていないのだと思った。

俺はマジックボードに

“俺と結婚して籍を入れてくれ。そうすればある程度財産を残してあげることができる”

と書いて絹江に見せた。しかし、絹江は

「そんなの、いりませんよ。財産は全て友香さんに残してあげてください。私には、あなたと過ごした10数年が、お金では買えない大切な財産です」

と言って、籍を入れることを拒んだ。


俺の病状がどれだけ進んでも、絹江は気丈にふるまった。起き上がれなくなり、洗体は、ベッドの上で濡れたタオルで体を拭くだけになった。DVDの映画も観れなくなった。一日のうちほとんど寝ているといった状態だった。食事も絹江がスプーンで口に運んで食べさせなければならなくなった。絹江は、そんな俺を見るのが辛いだろうに、涙を見せることもなく、優しく介助してくれた。


そろそろお迎えがくるかもしれないなと、自分で思うようになった。寝ているときに見る夢は、子供の頃に親父とお袋と一緒に遊園地へ行った時のことや、幼稚園にお袋が迎えに来てくれたことなど、何十年も忘れていたことを見ることが多くなった。


ふと気配を感じて目を覚ますと、絹江が俺に覆いかぶさるように、布団を掛けなおしてくれていた。俺は右手で絹江の頭を抱きしめた。そして、耳元で言葉にならない声を、振りしぼるように出した。

「が ぎ が ど(ありがとう)」

その言葉が伝わったのか、絹江は俺を抱きしめ、初めて大きな声を出して泣き出した。

俺は絹江の震える肩を抱きながら、いい人生だった、俺にしては良いエピローグだと思った。

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