第9話 その後はどうなった?
一
事件から三日が経った。
節子には、事件の犯人は東条帝治であったが、彼は罪を悔い、入水自殺をした、と伝えた。これは、世間に公表するための内容に過ぎないが。
本当の事を打ち明ければ、世間は大混乱するだけだ、と考えてのことだ。
あれから、節子にだけは二人が関わった黄泉の世界のことについては話した。
最初は半信半疑だったが、二人が嘘を平気でつくような人ではない、と知っている。
「そうかい。瑠奈と言う子に協力してもらったんだね」
場所は昌教の部屋だ。
真実が知りたいという節子の頼みで、ここへ来てもらったのだ。
「十三年前の東条英雄が原因か……。確かに分からなくはないね。最愛の息子が死んだら、あんなことをするのは」
二人は頷く。
「それじゃあ、東条家の人や蘭は、もう天へ行ったってことかい?」
「ええ」
「……そうか」
節子の顔は、漸く終止符が打たれたという安堵の色が滲んでいた。
隼人の誕生日は、更に来週末に延期することにした。
あの事件から、株式会社星奏の社長――野々宮拓真は、十三年前の事件の件で、三か月謹慎することを発表した。
十三年前の事件についても、社長の口から明かされた。
人事課長である息子の隼人も、降格することを受け入れた。
他の二人についても、左遷が決まった。
当時の中学の担任も、懲戒免職が決まった。
生き延びた当時の同級生たちも、詳しくまでは分からないが、こちらも何らかの処分が下ったそうだ。
二
昌教と陽美は、事件から三日経った日、ある場所を訪れていた。
そこは、東条英雄が眠っているお墓だった。
節子から情報をもらって、行く事にしたのだ。
時刻は午後六時十分を回った。
お墓は、朱色の夕陽を浴びて、太陽の色になっている。
「ここか……」
「割と綺麗ね」
霊園の真ん中ほどにあった英雄のお墓は、端の方にちらほらと雑草は見えるものの、墓石は艶やかさを保っている。
恐らく、ご両親が定期的に手入れをしていたからだろう。
それでも、風が種を運ぶのか、端々に雑草が伸びている。
昌教は雑草を抜き、陽美は花を活けて、線香に火を灯す。
そして、墓石に水をかけてあげ、二人は静かな眼差しで合掌する。
『……』
二人は暫く手を合わせると、無言で墓を去っていった。
いずれ両親の名前もここに刻まれるだろう。
三
昌教は再び仕事と、目指したい小説家としての修行に励む毎日に戻っていった。
ただ一つ違う事は、
「ん?」
休憩中、昌教がスマホを見ると、隼人からメッセージが来ているのに気づいた。
それを見ると、少し目が吊り上がる。
『昌教。今大丈夫か?』
『ちょっと話したいことがあるんだけど』
と書かれていた。
昌教は、ふう、と溜息をつき、スマホを鞄の中にしまう。
あれ以来、昌教は隼人を避けるようになった。
まさか、十二年の親友の、人を自殺に追いやった男だと思わなかったからだ。
あれからがらっと印象が変わってしまった。
今は人として最低な行為をした奴としか思えなくなってしまった。
いくら、来週に誕生祝を仕切り直ししよう、と思っても、素直に祝える気持ちになれそうにない。
最後の方は、助けない方が良かったのでは、と思ったくらいだ。
でも、だからと言って意見をコロコロ変えるのは、昌教の気持ちが許せなかった。
故に助けることにはしたのだが。
昌教は、なるべくスマホを見ないようにして、午後の仕事に取り掛かりに行った。
それからは、時間があれば、隼人からメッセージが来るようになった。
内容は「話したいことがある」とか「謝りたい」ばかりだった。
昌教は、煩わしいと思いながら、それでもブロックは出来なかった。
してしまったら、後々面倒だからだ。
マラソンを終えたような顔で、スマホを睨む。
「まあ、無理ないわね」
「……」
結局埒が明かず、陽美に相談することにした。
「それじゃあ、当日に本音を打ち明けたら?」
「……そうだな。そうするよ」
昌教は弱弱しい笑みを浮かべる。
四
当日。
「こんばんは。隼人さん」
陽美と少し曇った顔の昌教が、チーズケーキと寿司を持って、隼人のマンションまでやって来た。
「ああ。よく来てくれたね。昌教、陽美さん」
隼人は三本のフルートグラスとシャンパンを持って来て、グラスに注いでいく。
「改めて、おめでとう。隼人さん」
「……おめでとう」
「……ああ。有難う」
三人はグラスは合わせずに乾杯をした。
あれから一時間後――
陽美が疲れたのか、机に伏せて眠ってしまった。
「陽美……寝てしまったか。仕方が無いな」
昌教が、着ていた銀色の薄手のカーディガンを、陽美の背中にそっとかけてあげる。
「なあ、昌教」
「ん?」
昌教は目だけ隼人に向ける。
「ちょっと話したいことがある。……良いか?」
「……」
昌教は微かに頷く。
「こっち」
隼人は自分の部屋へ行く。
昌教もついていく。
但し、部屋に入ったのは、昌教が先だ。
「……それで?」
隼人が部屋の鍵を閉めると、いきなり土下座をし出した。
「!」
「本当にごめんなさい、昌教。俺……醜い奴だった。最初お前に会った時、本当に英雄が生きて戻って来たのかと思っていた。でも、ホクロが無かったし、皇昌教って言われたから、別人だって分かった」
昌教は目を伏せて聴く。
「最初は、英雄の事に対する罪滅ぼしだった。やり直そうと思ってお前と接していた。でも、やはり英雄とお前は違っていた。ああ。英雄はもう戻らない。ならば、英雄ではない。皇昌教と親しくなろう、と思った」
「……」
「お前は、まあ何も知らないから当然だが、こんな俺でも誰とも変わらない態度で接してくれていた。俺の家柄を知ってもなお。ずっと恥じた。俺はなんてとんでもないことをしでかしたんだろう。俺はお前とは釣り合わないのでは、と何度も思った。『
昌教の目が少し開く。
「……昌教。お前は……どう思っている?」
「……」
昌教はふう、と深呼吸をし、
「隼人。私も幾度も思っていた。私はお前の元にいることが相応しいか、と。お前が私のことをどう思っているかを。……そして私は思った。それは、お前の答え次第だ、とな。少なくとも私は全く相応しくないとは思ってはいない。これは私の
毅然とした声色で言った。
隼人が頭を上げ、
「昌教。俺は是非ともお前には傍にいて欲しいと思っているよ。改めて本当にゴメン!」
「……良いよ。お前が悔いて反省したことも、心のオーヴで見て分かったし」
昌教は膝をついて、隼人の方に手を置いた。
隼人はぎゅうっと、昌教に抱き着く。
「あったかいな。昌教」
「……あれ以来、少し冷えたんじゃないか。隼人」
少しびっくりするが、冷静に分析するいつもの昌教に戻った。
「……ふう。どうやら一件落着ね」
実は寝たふりをしていた陽美は、盗み聞きをしていた。
結末にホッとした陽美は、何でもないようにリビングへ戻っていった。
三か月後――
昌教と陽美は、予定通り結婚式を挙げた。
お互いの両親を始め、職場の人や隼人に盛大に祝われて。
二人の顔は、お互いを愛おしいという感情に包まれていた。
でも、祝われているときに、二人は視線を感じていた。
それも、一人ではなく大勢に。
「もしかしてそれは……」
「彼らかもね」
お色直しの時に、そう思いながら笑った。
一年後、
「陽美。よく頑張ったな」
「昌教君……」
大切な命を授かった陽美は、遂に二人だけの新たな子を産んだ。
二人はずっと涙を流した。
この世に新たに産まれてくれた女の子を抱きしめて。
その髪と目は、僅かに青紫がかかっている。
それを見た陽美は、確信を持った顔で、
「ねえ。昌教君」
「うん」
「あたしね。女の子が産まれたら、絶対この名前にするって決めていた名前があるの」
「それは?」
「それはね……」
グリム・エンペラー 月影ルナ @shadow-tsukikage
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