オークカツ丼の日
「……お父様。いま何、」
「お前は“要済”だと言ったんだ」
「よう、ず、み……」
「ああそうだ。今まではお前の魔力がなくても“魔力の名門の血”が入るからと仕方なく置いていたが――邪魔な
そう言い残し足早に出ていったため、執務室に一人取り残された。
しばらく状況が飲み込めず、ただ呆然と立ち尽くしていたわたくしの耳に届いたのは――きゃっとはしゃぐ少女の声と、先程まで目の前に居た男の声。
窓に寄ると、玄関先ではしゃいでピンクブロンドが揺れる同じくらいの歳の少女と淡い茶色の髪が美しい女性を抱き寄せる父が見えた。ああ、わたくしが“邪魔者”なのね……
今までの扱いから、何となく理解していたわ。それでも……仲が良くなくても“不器用な愛し方”だと無理矢理思い込んでいたの。家族仲が良かった前世の記憶を持って生まれたためか、心はいつも親の愛情を欲していたから。
もうここには、求めるものはないのだと告げられるまで……どうしても期待していたの。少しでも、少しでもわたくしに向けての愛情があるのではないかと期待して。結局、求めるものはないと告げられてしまったけれど。
留まることはきっと許されないので、急いで自室という名の物置で荷物をまとめた。まとめると言っても、母の形見と最低限の着替えしかないけれど。
あの
お母様が残しておいてくれた金子のおかげで、なんとか隣町まで歩いてこれた。二日かかったけれど。
母が亡くなった時に思い出した前世の記憶の助けもあり、平民の中にまぎれて歩いても変な目で見られることもなかった。前世一般市民でよかったと思うし、思い出せたことに感謝しかない。もう自分を偽る必要もないし。
自由だと思うと、この二日間歩き通しでも何も苦じゃなかった。ただ、所々立ち寄ったところで買い物はしても、寝泊まりには寄らなかった。前世を思い出してから魔力もあるし、何よりその事を黙っていたから……見つかったらタダじゃおかないだろうから。寝泊まりすればすぐに居場所がバレるだろうから、魔物や獣が居ても森で隠れて休んだ。
三日目は天気があまり良くなさそうだったので、早めに場所を探そうと森を見た時だった。
何かが煌めいて見えたけれど……何かまではわからず、森を見ても不思議な感覚に囚われて。何だろうと見入ってしまったの。そしたら、幻術? みたいな魔法が緩んだのか、淡くキラキラと輝く銀色の獣――聖獣様と目が合ってしまった。まさか、聖獣様の森がこんな近くにあるなんて。
そうしてメロと出会い、一緒に旅をすることにした。なんだか、一緒にいた方が良い気がしたから。お祖父様のところも行ったけれど、わたくしはこのまま聖獣様とともに旅に出るんだと言うと快く送り出してくれた。貴族云々の処置はお祖父様が好きになさったと聞いたのは、拠点に決めた知らない国に着いた時。知ったのも、元父からの報復で送られてきた
そのあと国内は荒れたらしいわ。どこかでわたくしが聖獣と出ていったのを知った王族がその所為だと言い張り、メロを取り戻そうと躍起になって色んな人を送ってきたり。お祖父様がご病気で亡くなって筆頭公爵家の力も弱まった所為か、貴族たちの抑えもなくなってしまったりで。
拠点の町を決めてしばらくして、お店を出そうと決めた時に“わたくし”から前世使っていた“僕”に変えた――というより、戻したが正解?
もう貴族だった“ルフィリアーナ”を知る人もいない、知っててもメロが付けてくれた“ルフィナ”として接してくれる人しかいない町だから。新しい人生、好きに生きるために。
あれから、もう十年経つ。
たくさんの人に出会い、何も考えないようにとのめり込むように料理をして。時には思いっきり魔法をブチかまして、倒した魔物を捌いてまた料理にし。お店に来るたくさんの兄貴分たちに大盛りご飯を出し、メロに遊ばれている彼らとたくさん笑いあった。時々邪魔が入ったりもしたけれど。
その間、一時も離れることがなかったメロ。独りになった僕のいつの間にか唯一になっていた、最愛の“聖獣カーバンクル”のメログラーノ。彼のおかげで、辛いと思うことも独りで悩むこともなかった。
大好きなメロ。これからもずっと一緒にいてね。
そう小さく漏らし、心地良さそうにとぐろを巻いて昼寝をするメロのキラリと光った額の石榴石にキスを落とした。
今日も僕は、お気に入りの場所で日光浴する最愛の聖獣とともに大好きなお店を開ける。さて、今日は初めてお店を開けた日と同じカツ丼だ。
保冷庫から昨日捌いたオークの塊肉を出し、たくさんの兄貴分たちのために大きめにカットする。うわーっ、手がベットベト……。この脂、手の温度で溶けちゃうんじゃないかな?
美味しいところが溶け出す前に切ってしまおうと、このあと数十分かけてオーク脂と格闘するのだった――。
あっ、お味噌汁の準備してない!! ギミックシェルどこやったっけッ!?
【全7話】ルピナス食堂 蕪 リタ @kaburand0
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