第5話

 何を言われているのか理解できない。

 ぽかんと口を開けている伊織の顔にはそう書いてあった。



『困ってる?』『誰にも気づかなかったのに』『嫌われる』『こういう時どうすればいい?』



 少しパニックになった伊織くんを落ち着かせるためにも、私は言葉を続けた。



「私には、伊織くんがずっと何かを我慢しているように見える。お仕事のことで私が口に出せることはないけど、同級生としての伊織くんなら、そんなに気を遣わなくていいよ」



 そう言うと、伊織くんは迷子のような顔をした。

 そして少し黙り込んだかと思えば、ぽつりと話し出した。



「俺、困っているように見えた?そんなに顔に出ないって思っていたんだけど」

「私の目にはずっと気を張っているように見えた」

「でも、本当にそんなつもりはなくて」

「ほとんど無意識で自分の気持ちを抑えて、モデルとしての伊織くんとして頑張っていたから」

「それが本当の俺だとは――」

「一度も思ったことはないよ」

「…………」

「無理をしている自覚がない伊織くんだから、私は力になりたいと思ったの」



 ほとんど勢い任せの言葉だったけど、伊織くんは心の底から驚いたようだ。

 オリカミの声も途絶えて、そろって私を見る姿に思わず笑いかけてしまった。



「……意味わかんない」



 そしてやっとその言葉を絞り出すと、つんと顔を背けた。でもその耳は真っ赤だし、オリカミは私の足にすりすりと体を寄せてきた。



『意味が分からない』『嬉しい』『頼もしい』『すき』



 最後の声に、ひゅっと息を飲み込んだ。

 驚きに固まっていると、そっと手を握られた。伊織くんは私の顔を覗き込んで、見たこともないような素敵な笑顔を浮かべた。



「何があっても、俺の悩みにすら気づいてくれた紬を信じるよ」

「へ!?」

「最初はどうする?もし俺変なこと言ったら、遠慮なくいってね」



 近い!人気モデル様のお顔が!



「その前に!まずはお互いのことを知るところからだと思う!私、まだ伊織くんのことよく知らないから」

「ふーん?じゃあ仲良くするところからだね」

「それは遠慮したいかな……」



 伊織くんの悩みを解決する前に私がファンに殺される。

 否定すると、伊織くんは不満げにした。その顔ですら色っぽい。



「それに、伊織くんは忙しいでしょ」

「紬との時間ならいくらでも作るよ」



 さらりと口説かないでほしい。さっきの心の声もあって、勘違いしてしまいそうになる。



「我慢がよくないって言ったのは紬だよ」

「それとこれは違うわ!」

「違わないよ。だって、俺はもっと紬と一緒に居たいって思ったんだから」

「~~~っ!」



 今度こそ私は何も言い返せなかった。

 果たして伊織くんの問題が解決した時、私は無事でいられるのだろうか。


 でもオリカミと同じ反応をする伊織くんの姿は、出会った当初と比べてずっと輝いているように見えた。


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心が視える私は訳ありモデルに振り回される 陽炎氷柱 @melt0ut

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