第2話 姫野静香という人間

 姫野静香。


 北海道帝国大学の三年生で経済学部所属。


 学部はおろか、学年が違う俺でさえその名を知っている。


 理由はいたってシンプルで、隣人であることと去年大学が主催したミスコンで最終選別に残っていたからだ。

 一般人とは思えないほど整った顔立ちとスタイル。


 その圧倒的なルックスから、しっかりと先輩の名前は俺の脳裏に焼き付いていた。


 そんな先輩を多くの男たちが放っておくわけもなく、キャンパスで見かける時は五分五分で、先輩は男(多分彼氏)と歩いている。


 しかし気になる点が一つだけあった。


 それは短期間のうちに隣を歩く男がコロコロ変わるということである。


 時には美女が嫌いそうなブサメン。また時には美女だからこそ付き合えるような高身長イケメンと色々だ。


 脳内で、もしかしたら先輩はビッチなのでは疑惑が浮上したことも多々ある。


 ☆☆


 窓から差し込む光と耳元で鳴り響くアラームで目を覚ます。


「んー……あれ。なんで俺ソファで寝てんだ?」


 上半身を起こしアラームを止めると、いつもと異なる場所で寝ている自分に違和感を抱く。


「えっと確か……っ!?」


 記憶を遡ろうとすると、一気に思い出した。

 視線をベッドに移す。


「……まだ寝てる」


 俺が愛用しているベッドでは、小さな寝息を立てながらスヤスヤと寝ている美女の姿があった。


 一体どう対処したらいいのだろうこの状況。


 昨日先輩をベッドに寝かせた後、隣の部屋のドアを開けようと試みたものの、しっかりと鍵がかかっていた。

 鍵がないかと、恐縮ながら先輩が持っていた鞄の中と上着のポケットを確認したが、それらしき物は見当たらなかった。

 つまり何事もなかったようにやり過ごすのは不可能ということである。


 今まで姫野静香という人間と言葉を交えたことはない。


 一度唾を飲み込み、いざ起こそうと先輩の元へと歩み寄る。


「ひ、姫野せんぱぁぃ。そろそろ起きていただきたいのですがぁぁ……」


 後半につれ小さくなっていくものの、何とか言えた。


「……んぅ。ぷはぁ……」


 ……駄目だ。


 もう少し刺激を伝えなければ先輩の意識は覚醒しない。


「姫野先輩。起きてください」


 今度は肩を揺さぶりながら言った。


「……ん?」


 閉じていた目がゆっくり開き始め、透き通った青色の瞳が姿を見せる。


「あれ。私なんでこんなとこで……っ!」


 寝た状態の先輩とばっちり目が合う。


「やっと起きた。先輩昨日俺の部屋と――」

「この変態っ!」


 俺は人生史上一番の痛みを、左の頬で感じた。


 ☆☆


「ほ、本当にごめんなさい! 私何も覚えてなくて、つい……」

「だ、大丈夫ですよ。人生初の本気のビンタを先輩にしてもらえて嬉しかったので……あ、やべ」


 慌てて口を塞ぐ俺。多分聞かれていないから大丈夫なはず。


 ビンタをされた直後、今度はストレートパンチたちが飛んできそうになったが、ちょこっとだけ格闘技経験のある俺は、それらをかわしつつ事情を説明し、今に至る。


「勝手に世話になっておいて……今度必ず礼を……」

「礼なんていいですよ。あと俺の方が学年下なんでタメ口で大丈夫です」


 俺は一浪しているから同い年かもしれないが、学年の方が重要な気がした。


「わ、分かった……ていうか何故私の年齢を!? やっぱり何かやましいことでも」


 先輩は俺が愛用している枕を持ち、投げようといった姿勢をとる。


「何もありませんよ。去年のミスコン知ってたら誰でも姫野先輩のことは知ってます」

「そ、そゆことか……」


 枕は所定の位置に戻される。


「ごめん。色々勘違いして……でも必ず礼はするから!」

「わ、分かりました。それはそうと、なんで俺の部屋になんか押しかけて来たんですか?」


 おそらくは酔っていて自分の部屋と俺の部屋を間違ったからだろう。

 だけど確信に変えたくて一応聞いておいた。


「いやーちょいと呑みすぎちゃったんだよねぇ。キャパは理解してるつもりなんだけど、彼氏が呑め吞めうるさくて……」

「な、なるほど……」


 先輩は苦笑しながら続ける。


「それでお店を出た後ね。帰るのかなと思ったら、ホテル行こうって言われてさ。いくら思考が停止寸前の私でも、それは断って帰ったら部屋を間違えたんだと思う」

「そうだったんですか。でも別に、彼氏となら……その……そういうことしてもいいんじゃないですか?」


 童貞歴=年齢の俺にとって、美女相手にえっちとかセックスという発言は出来ない。


「普通のカップルならそうかもねぇ。でも私、そういうのは本当に好きになった人としかしたくないんだ」

「……というと?」

「私さ。自分自身誰かに好意を抱いた経験ないんだよね。もちろんライクじゃなくてラブの方の意味で。今まで多くの男の人と付き合ってきたけど、それは全て相手からの告白で、付き合えばそのうち好きになるだろうと思ってた」

「でもそんな日は来なかったみたいな感じですか?」

「そうそう。だから最終的に振られるのもいつも私。一緒に居て楽しそうじゃないとか、昨日みたいにやらせてくれないとか言われて破局」

「まぁ、相手のこと好きじゃなかったら表情とか色々出ちゃいますよね」

「一応努力はしてるんだけどね。私はそんなに器用な人間じゃないみたい」


 今まで俺は、先輩は数多の男子たちと数多の経験をしてきた人だと思っていた。

 だけど違ったらしい。


「なんかすいません。必要のない話まで聞いちゃった感じになって……」

「全然構わないよ。むしろ聞いてくれてありがとう。それじゃあこれ以上長居してもあれだから帰るね」

「は、はい……」


 先輩はベッドから立ち上がり、俺は立て掛けていた先輩の鞄を手渡す。


「本当に迷惑かけちゃってごめんなさい。近いうちに礼はするから」


 靴を履き終えた先輩は、身を翻して再び謝罪してきた。


「全然お気になさらず。気を付けて」

「うん……あ、そうだ。君の名前まだ聞いてなかった。教えてくれる?」

「医学部保健学科二年の吉田悠馬です」

「丁寧に学部までありがと。それじゃまたね」


 先輩は片手を振りながら笑顔で部屋を出て行った。


 ☆☆


 あれから数日が経過した。

 先輩から礼とやらはまだされていない。


「やっと終わったぁ!」


 クソだるいレポートを討伐した俺は、テーブルとソファの間に座りながら上半身を伸ばす。


『お疲れちん』


 スマホから聞こえる戦友(一樹)の声。レポートなんて物は誰かと協力して進めるのが一番コスパが良い。だから基本的に、レポート作成は一樹と通話しながら取り掛かることがほとんどだ。


「お疲れ。んじゃあ俺は酒買いに行ってきまーす」

『お前。そのうち死ぬぞ』

「酒で死ねるなら本望だわ。じゃあな」


 俺は通話を切ると、颯爽と立ち上がりスマホと財布をポケットに突っ込んで家を出ようとした。

 靴を履き、古臭いドアを開ける。


「……先輩?」


 目の前では、大きなビニール袋を抱えた先輩が俺の部屋のインターホンを押そうとしていた。



 追記

 読んでいただきありがとうございます!

 最近リアルの方が忙しくてなかなか執筆の時間が取れていません。

 なので更新頻度は落ちるかもしれませんが、連載は続けていくのでよろしくお願いします。

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彼女欲しい彼女欲しいと思っていたら、トップレベルの美女たちと仲が良くなり始めた 空翔 / akito @mizuno-shota

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