第4話 あやかし屋敷の歓待
◇◇◇
二百年の鎖国を解き、文明開化に湧く極東の島国である。
帝の崩御、新帝の即位、退妖師
人とあやかしの住まうこの国の中心。帝都の夜を、四つの退妖師の家門が守護する。
南の
北の
東の
そして、西の
志貴家は、帝都中央と西、ふたつの邸宅を持つ。
五大家騒乱のおり、発端となった西の旧守護、
「志貴の西屋敷は建ったばかりだ。電気、
「主殿は半端な貧乏性だからなぁ。最新ひとそろえする踏ん切りがつかなかったんだ」
「善、封じ紐を増やすか」
「およおよ。怖い怖い」
いつの間にか狐の尾の側に寝そべっていた男鬼――善が、カカッと笑う。朔灯は善の頭をぽかりと叩いてから、下を指さした。透緒子の身体を支えるべく、腹に腕を回してくる。
「見えるか? あれが我が家だ」
透緒子は軽く身をかたむけて、眼下を眺めた。
それはさておき。
「……骨が、見えます」
屋敷の裏手に面隠しをつけた巨大な骸骨が座り、瓦に肘を乗せて寄りかかっている。透緒子にはどうも、その骸骨がうたた寝しているように見える。
「あれはガシャだ。
「ガシャ……」
「そう。遣いには皆、名がある。やかましい後ろの鬼は
「誰がやかましいってぇ?」
朔灯の肩越しに、善がぬっと顔をのぞかせる。透緒子がびくりとすると、朔灯が手の甲でぺしんと善の顔を打った。
「ってぇ!」
善の抗議と同時に、尨狐がゆっくりと降り始める。高所からふっと落ちていく感覚に、胸の芯がひやりと縮こまる。屋敷がはっきりと見える高さになれば、前庭に使用人らが並んでいるとわかった。
到着して尨狐の背を下りると、使用人らが一斉に頭を下げた。皆、面隠しをつけたあやかしだ。色味は少しずつ違えど、藤花が描かれた着物で装いをそろえてある。
「出迎えは不要だと言っただろう」
朔灯が呆れたように言うと、使用人の列の後ろから鬼が進み出てきた。
面隠しを結びつける組紐は、透緒子が選んだ藍白と浅葱。昨夜の女鬼――妙江という鬼だ。
「新たな組師様をお迎えするのです。出迎えずにいられましょうか」
「まだ正式な抱えではないが」
「は?」
妙江は朔灯ににじり寄り、ひたいを打ちつけかねない距離までぐいと詰める。
「主様。必ず迎えると言いましたよね?」
「そんなこと、言ったか?」
「言いました」
「約束しましたぁ!」
「欲しいものは全て手に入れてきたから任せておけとか言ったくせに!」
口々に不平をとなえる。それはもれなく皆、あやかしだ。角があったり、獣の耳が頭についていたり、肌にうろこらしきものがついていたり。
この屋敷はあやかしだらけなのだろうか。そう考えると急に背筋が冷えた。
朔灯は片耳を手で押さえ、「わかったわかった」と応じた。透緒子は彼に手首をつかまれ、隣に立たされる。
「瀬田 透緒子どのだ。今日から三月の間にこの志貴を気に入れば、抱え組師になってくれる。おまえたちのための組師だ、全力で勝ち取れ」
直後、わぁと歓声が上がる。即座に透緒子は使用人に囲まれた。
「愛らしいお名前!」
「透緒子様のお部屋はまだ準備中なのです。いっとう眺めの良いお部屋にしますからね」
「お荷物はどちらにございますか」
「着物のほうが好き? 洋装はどう?」
「まずは朝餉にしましょうか。湯浴みもすぐにお支度できますよ?」
面隠しをしていても、喜びようがわかる。
あまりの歓待に透緒子が固まっていると、妙江がパンパンと両手を打ち鳴らした。
「ご案内は私がします。皆はお着物と朝餉の支度をお願い。それから、客間に風を通しておくよう」
「はあーい」
皆が聞き分けよく散っていくと、残った妙江は会釈して透緒子に近寄ってきた。
「昨夜は御礼も申さず、無作法いたしました」
「……ぁ、いえ」
このあやかしも、凛とした良い声だ。透緒子は音三つほどを出したきり、右手で自分の口を押さえた。
妙江はしばらくじっとしていたが、ひとつうなずいて朔灯へと顔を向けた。
「おそらく
「
「こちらは何とも。単純な呪いではないように感じます」
透緒子を挟んで、わかるようなわからないような会話が右左と行き交う。
「妙江、主殿も。客人を休ませてからにしちゃどうだ」
善が尨狐の背に寝そべったまま、大あくびしながら言う。
妙江はざっざと草履を鳴らして善に歩み寄ると、彼の面隠しの下、頬をぎぅとつねった。
「あなた様もさっさと下りなさい」
「いで、で。オレは朝っぱらからわざわざ三流紐屋に行って来たんだ。このまま寝たところでバチは当たらんだろ!」
「お客人の前で情けない姿をさらして、まったく!」
先ほどまで落ち着いた大人だった妙江が一変。善をかっかと叱りつける。角の先がほんのり赤く染まっているのは怒りのあかしのようだ。
突然の変わりように戸惑う透緒子に、朔灯が耳打ちしてきた。
「善と妙江は
黙ってこくこくとうなずく。善がきゅうと首を絞められているが、あれも
ひゅっと冷たい風が足を撫でて抜けた。ぷしゅん、とくしゃみをすると、透緒子の両肩を朔灯の手がさすった。
「妙江、そこまでにしておけ。透緒子どのが風邪をひいてしまう」
主の言葉に、妙江が善を羽交い絞めから解放した。そして、少し乱れた髪を整えながらこちらに向かってくる。
その妙江の足が、しだいに速足になり、駆け足にかわり。
朔灯の手前にどんと足を踏み込んだ彼女は、おのが主の軍服の襟をつかんで、ぐいと引っ張った。
「あ、る、じ、さまぁ? どうして透緒子様のおみ足は土まみれなのです?」
「あ、あー……まぁ、流れでな」
「そういうところですよ! 主様は!」
妙江は朔灯を離し、透緒子の隣に立った。
と、思ったら、透緒子の身体が浮いた。妙江が、透緒子の身体を横抱きに抱え上げたのだ。右腕は背中に回り、左腕は両膝をすくうように。朔灯にされた米俵と違い、何か貴重な荷物を抱えるような形だ。
「さぁさ、まいりましょう。客間に足湯をご用意します」
「ひぇ……」
受けたことのない扱いに、透緒子は鳥肌がたつのを感じた。救いを求めて朔灯を見るが、彼は彼で、善に肩を叩かれていた。
「主殿、あれが正解の型だ」
「肩に抱えるほうが楽だろうに」
「楽とかはいい。今日ここで覚えろ、な」
向こうも何か立て込んでいそうだと、透緒子は救援をあきらめる。妙江が「殿方はいつまでも子どもで困りますね」と言うので、よくわからないままうなずいておいた。
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