エピローグ
継承
恭子の死から、四か月後。
窓の外には桜の花びらが舞っている。
「だあ。あっぶう」
「ほおら、ミルクの時間だよお」
「ああ・・・・・・・・・うわああああん!」
「あれ?」
「ちょっと翔子さん!ちゃんと冷ましたんですか?・・・・・・・・・熱いじゃないですか!」
「あれ?まだダメか?」
「ほら、恭太をよこしなさい!」
「あ、なにするんだ!」
翔子と安未果がにぎやかに恭太の世話をしている。
恭太。恭子のお腹から無事に生まれてきた俺の子だ。男の子。
早産児かと思いきや、妊娠から5カ月以上も経過していたらしい。
定義上はぎりぎり早産児にはではないという。
しかし俺は恭子から妊娠の事実を告げられていなかった。
「少佐。それについては、あまり気になさらない方がよろしいかと思いますが」
私服姿の成瀬が言う。今日は休暇を利用して久々に我が家に来てくれたのだ。
「お姉ちゃん、やっぱり、なんとなく感じていたんだと思います」
今日はあすかちゃんも我が家に来てくれている。
「わたしも一度だけ聞きました。自分がそろそろ死ぬ気がするって。うそをついているようには感じなかったです」
「わたしも最初は冗談だろうと思ってたんですけど、お姉ちゃんがあまりに真剣なので」
「だから俺には赤ん坊のことを黙っていたと?」
「そうです。もしも死産になったら、お義兄さんに申し訳ないって。かなり苦しそうでした」
そのときの恭子の苦しそうな表情でも思い出したのか、あすかちゃんは沈んだ表情で下を向いた。
「そうか・・・」
俺は天井をあおぎ見た。
居間のテーブルを囲んでいる俺とあすかちゃん、成瀬が静かな中、翔子と安未果はにぎやかに恭太にミルクをあげている。
俺は恭太のことを見た。真ん丸な吊り目とあんまりないアゴが恭子に似ている気がする。今は一心不乱にミルクをごくごく飲んでいる。
「あ、そうだ。あすかちゃん。君はさ、恭子のつくった異空間に俺と一緒に巻き込まれちゃったわけじゃない。学校と病院は、覚えてるよね」
「はい」
「最後にさ、恭子に宇宙空間みたいなところに連れて行かれたんだけど、あすかちゃんは、あのときもう現実に戻ってたの?」
「いや、まさか。一緒に飛ばされましたよ、そのうちゅ・・・」
「えええええ!?」
俺は驚いて思わず立ち上がった。
「お、お義兄さん?」
あすかちゃんが目を丸くして俺のことを見上げている。
「ということは、あすかちゃん、俺と恭子のやり取り、聞いてたの?」
「そうですけど?」
「ど、どこにいたの?」
「だいぶ離れたところにいました。なんか、お取込み中だったみたいなんで、気を利かせて、近寄らないようにしてたんです」
あすかちゃんは、にっ、と歯を見せて笑った。
「・・・あはは・・・・・・あああ!」
俺は動かせない右手はそのままに、左手だけで頭をかきむしった。
「何かあったんですか?」
成瀬が不思議そうに俺のことをあおぎ見る。
「いやあ、なんでもないよ」
「・・・・・・少佐、いま、うそつきましたね」
成瀬は目をそらして無表情にティーカップを手に取り紅茶をすすった。
「かんべんしてくれえ・・・」
俺は椅子にまた腰かけた。
足をまっすぐに投げ出して、左手を腹の上に置き脱力した。
居間のテーブルには、さっき自分の書斎から持ってきたセロテープで開封痕をベタベタに止めたカイロが置かれてある。
なかのカイロは固まってガチガチだ。
恭子と初めて会った、冬山で遭難したときに使ったカイロ。
俺はまた恭太を見た。
「ほらほら~」
「きゃっきゃっ」
恭太が翔子に高い高いをされて笑っている。
・・・・・・・・・
恭子。
ありがとう。
おしまい
何度もループしてるがもうあいつ助けたくない(苦笑) 沖海マンセル @okimi-mansell
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます