エンディング

愛ゆえに

その後、俺は救助され、再び目を覚ましたときは、まさに今の状態。

ベッドの上だった。

右腕は、肩からつぶされ、神経断裂で二度と動かせなくなってしまった。


その後、恭子の証言により、ラバー少佐による敵への内応工作が判明。

もともと俺の上官だったひとだが、俺のスピード出世への嫉妬が、彼を今回の犯行に駆り立てたらしい。

事前に敵の軍用車両を撃破しての進軍だったが、敵は歩兵だけを待ち伏せさせていたとのことだった。

成瀬がラバー少佐に逮捕状を突き付け、レザー中将がすべてを片付けてくれた。


俺は除隊。

デスクでの業務も提案されたが、敵の待ち伏せ時に先頭車両に乗っていた俺たち以外、二両目と三両目の隊員が全滅したことに対する責任を感じ、それを固辞した。


恭子と翔子、安未果も除隊することに。


翔子と安未果は、右腕を使えなくなった俺の世話をするのは自分たちしかいない!と言ってぎゃーぎゃー騒いでいた。


俺はまだしも、彼女たち三人は貴重な戦力なので、俺としては残って欲しかったのだが。


成瀬は、ラバー少佐の企みにうっすら気が付いていたのに俺を止められなかったことに責任を感じてむしろ軍に残ることこそ自らの使命だと言い、除隊しなかった。



++++++



ここはまだ恭子の作り出した病院という異空間だ。


だが、当時のことをありありと思い出すことができる。


そして、俺はさっきからずっと気になっていたことを恭子に聞いた。


「なあ、恭子。俺の記憶では、俺が目を覚まして、最初に俺が会ったのは、おまえだったよな」

「あ・・・そのこと?」

恭子は俺から体を離して直立すると、なんだか罰が悪そうに両腕をうしろに回した。

「俺の記憶違いじゃなければ、たしか、おまえ、俺が目を覚ましたとき、そばにいてくれたよな。だから、最初に会ったのは、おまえだったはずなのに・・・」

「ああ、うん・・・そうだった・・・かな?」

「それなのに、なんでこの異空間で最初に出会わせたのが、翔子なんだよ」

「いや、あの・・・」

「・・・」

「あはは、ごめんね」

そう言って恭子はまたしゃがむと、ちゅっ、と、一瞬だけ俺の唇に口づけしてきた。


キスでごまかすんじゃない。


顔が、近い。


恭子が近づくと、必ず、シャンプーか何かのいい匂いが鼻孔をくすぐる。

「まったく・・・まあ、でも、こうなったのは、もともと俺が原因だからな」

俺は動かせるほうの左手で頭をかいた。

「今さらこんなこと言うと、言い訳みたいだけどさ・・・」

今度は俺が罰の悪そうな顔をする番になってしまった。

「望未とは・・・おまえと結婚してから、会っても、一度も、その・・・そういうことは、してないんだよ。信じてくれないだろうけど・・・」

「なんだ、そんなこと?知ってるよ」

「は?」

罰の悪そうな顔はしなくていいのだろうか。

「知ってるって、なんで?まさか、見てたのか?」

「うん」

「ええ?おまえ、そんな、遠視?すごい遠くまで見通せる力まであるのか?」

「なにさ。ひとを化け物みたいに」

「こ、こんな空間作るやつは化け物だろ!」

「ああ!ひどい!そんな言い方ないでしょ!」

「いや、だって!おかしいだろ!望未と俺が会って、そういうことしてないとか!どうやってわかるんだよ」

「尾行」

「え?」

「尾行だってば」

「え?・・・は?」

「やだなあ少佐殿は。階級が上だからって、尾行の訓練はあまりしなくて良かったもんね。だから気づけないのよ。あたしに尾行されてることに」

「あ・・・え・・・じゃあ・・・」

「そうよ。あなたがあの望未って女と出会う日、あたし、ぜんぶ、尾行してたんだよね」

「あ・・・はああああああああ!?」

驚きすぎて、あごが外れるかと思った。

「あなた右腕動かせないから、毎回、あの女に運転させてたもんね」

「うげ!そこまで見てたのか!」

「そりゃそうよ。尾行してんだもん。大変だったんだから。最初は車で迎えに来るって思わなくて、タクシーひろってさ。『運転手さん!あの車追って』って。『あなた刑事さん?』って聞かれちゃって『そうよ』って言っちゃった。ほほほ」

そこで恭子は立ちあがると腕組みして仁王立ちになった。

「あ、そうそう。ほら、学校にいたでしょ。織田政宗って変な名前の教師。あいつとも会ってたよ。あの望未って女。あなたとあたしが結婚してからね」

「え、マジ!?」

「ええ。あっちはヤッちゃってたみたいだけど」

「あ、まさか・・・学校のとき、おまえが俺に、望未のことを尾行しろって言ったのは・・・」

「そう。知ってたからね。学校のときは、あの女の部屋に盗聴器しかけてたから」

「ええ!そこまで!?」

「あたしの作った空間なんだから、それくらい楽勝でしょ」

「うわあ・・・・・・ん?ってことは、俺が高校のころ付き合ってたときも、まさか、望未のやつ・・・」

「それはわからない。あなたがあの空間で望未って女に冷たくしちゃったからかも。でも、あの先生となんらかの方法で連絡は取ってたのかもね。ずっと」

「そうだろうな。俺と結婚してからも、あの織田と会ってたわけだから」

「あの女とあなたが結婚後に会った回数が合計で三回。でも、あたしが見てた限り、あなたはあの女と一度もキスすらしてなかったもんね。ま、そこは、えらいね」

「あ、ああ・・・」

空いた口がふさがらない・・・

「ちょ、ちょっと待てよ!それなのに、こんなめちゃくちゃなこと俺にさせたのか!?」

「ああ、そんな言い方ひどい~」

そう言うと、また恭子は俺の口と恭子の口が付きそうなギリギリの距離まで顔を近づけてきた。



「あたしは、借りを作るのが嫌いなの」



恭子がしゃべるたびに、彼女の熱い吐息が、俺の口にかかる。

「うん。それは知ってるよ」

「冬山で遭難したとき、テントに入れてくれたこと、カイロを貼ってくれたこと。これであたしの側に借りがふたつ」

「う、うん」

「でも、お地蔵さんに道を聞いて下山できたのは、あたしのおかげで、借りをひとつ返したことになる」

「うん」

「次に、居場所のないあたしに居場所をくれたことでまたわたしに借りができて、これであたしに借りがふたつ」

「うん」

今度は、恭子は俺の耳元に口をやって、

「でも、あなたは結婚後に三回、あの女と会った。だから、逆転してあたしにはあなたへの貸しがひとつだけある状態になったわけ。それに、翔子さんや安未果さんともイチャイチャしちゃってたから、それも含めたら、貸しはふたつ、いや、みっつかな?」

とささやいた。

本当に、耳元でしか聞き取れないような小さな声で。

恭子は俺の顔の前にまた戻ってきて、まっすぐに、俺のことを見据えてきた。

なんだか、本当にわけがわからなくなってきた。

「そ、その貸しを、返してもらうために、ここまでのことをしたのか」

「そうよ。悪い?」

「いや・・・」

「あなたにとっては軽いことでも、わたしにとっては、と~~~っても大きなことなの!」

「そ、そうか・・・」

「だって!!」

そう言って、恭子は両手で俺の頬をぎゅっと抱きしめると、思いっきり唇を奪いにきた。

お互いに顔がめりこみそうなほどのキスだ。

恭子は顔を離すと、


「だって!こんなに、あなたのこと好きだから!!」


と言って、また同じようにキスを。


また顔をはなすと、恭子は、


「だいたい、わたしは、雪山で出会ったときから、ずっと待ってたんだからね!何年間も!」

と言った。


あれ?待てよ?


この会話、記憶にあるぞ?


「そういや、俺が病室で目を覚ましたとき、真っ先におまえが来てくれたときも、そんな話をしてたよな」

「・・・思い出した?」

恭子はまた仁王立ちになって俺を見おろした。


かと思ったら、恭子は両手で自分の顔を覆った。



沈黙。



そして。



「少佐!なんで!」

恭子の目に、

「なんで、あたしのことを、かばったんですか!」

大粒の涙が、

「あたしのことをかばったばっかりに」

恭子の両目から頬につたう、

「少佐!こんなことになって!」

涙。


思い出した。


あのときの会話だ。


そのあと、俺が言った言葉は。










「恭子・・・俺と、結婚してくれないか」





「少佐!」





++++++




次の瞬間。


俺と恭子は、真っ暗な空間にいた。


頭の上やら足元を見ると、そこには星々がまたたく宇宙空間のような世界がひろがっていた。


見ると、俺の体は、最初にループしていたときの状態の服装に戻っていた。


恭子も、いつもの、普段どおりの格好だ。


俺は頭上を見上げた。


恭子も俺も、ふたりともに空間の中をふわふわと漂っているかのようだ。


俺は左手を伸ばし、笑顔でこちらに向かってやってくる恭子の右手をつかんだ。


俺の左手と、恭子の右手は、恋人つなぎの状態で、指を互い違いに交差させる。


「もう終わりなのか、恭子」

「ええ。ごめんなさいね、わたしのわがままにつき合わせちゃって」


恭子は口をしっかり結び、小首をかしげて優しい笑顔を俺に向けている。


「そんな。俺のほうこそ。君と一緒にいられて、楽しかった」

「ほんと~に~?本気でそう思ってる?」

「思ってるさ。ずっと、君とこうしていたい」


手をにぎり、ふたりは向かい合い、スカイダイビングしているみたいに空を飛んでいるかのようだ。


右手がふさがっていなければ、両手で彼女の手をにぎりたい。








































「あたし、もういかなきゃ」





































俺は自分の全身から、一気に血の気が引くのがわかった。










「行くって、どこへ?」
















「もちろん、わたしは天国へ。いや、地獄かな?最後に、こんなことしたから」

恭子はちょっと困ったような笑顔をしている。

















「恭子、な、何言ってるんだ?」


































「忘れたの?あたし、死んだのよ」






























俺は、自分でも自分の声が震えているのがわかった。

「え・・・そんな・・・君は・・・」




自然と声が大きくなる。

「君は、ここに、いるじゃないか!」



「言ったでしょう?ここはあたしが死ぬ直前に死にきれなくて生み出した空間なのよ。現実世界では、あたしもあなたも、何も変わらないのよ」



「そ、そんな・・・待ってくれ!うそだよな?」



うそだ。




「なあ、君はこうしていま、俺と話してるじゃないか!それなのに、おかしいだろ!」




うそだと言ってくれ。




「あなた」


「うそなんだろ?」


声が・・・ふるえる・・・



「う、うそだよな・・・」



「あなた・・・」



「そんな、うそじゃないのか・・・」



唇が・・・ぶるぶるふるえる・・・



「じゃ、じゃあ、こうしよう!このまま、ここで、君と、一緒に!」



俺はもう、ひざもがくがくとふるえている。



「このまま、ここに、一緒にいたい!君と、一緒に・・・」




「あたしだって、あなたともっと一緒にいたかった。だから・・・だからこの異空間にあなたを連れてきたの。最後の最後に。もうちょっとだけ、あなたといたかったから」




「だったら、なおさらもっとここに!一緒に!いていいじゃないか!」




「あなた・・・」




「な?俺はそれでいい。現実の世界に戻らなくていい。ここに、ここで、君と、ずっと、一緒に、いたいんだ!」




「あなた・・・」





「恭子・・・」





俺は、知らないあいだに、泣いていたらしい。

涙が・・・









































「甘ったれるな!!!!!つまびらかアレス!!!!!!」





























「えっ!?」


「つまびらかアレス!おまえは、それでも元軍人か!」


「えっ!??きょう・・・こ・・・」


「あなたにはあなたの人生がある!!これからも、あなたには、まだまだ長い人生が待っているのよ!」


「きょ・・・きょう・・・こ」


「甘ったれないで!あなたの人生はあなたのものであって、あたしのものではない!あなたは、あなたの人生を生きていくの!」


そういう恭子の両目には、


「自分の人生は自分のものでしょ!あなたの人生は他のだれでもない!あなた自身のものよ!前を向きなさい!」


大粒の涙が・・・


「きょ・・・恭子」






恭子は、俺の手を、はなした。



「恭子!?」


「あなた、元気で・・・」


両目からそれぞれ涙の筋を流しながら、恭子ははっきりとした口調で言う。

その口元に、うっすらと微笑をたたえて。


「くれぐれも、からだを、大事に・・・」


「きょ・・・」


「あなた、ありがとう。わたし、あなたの妻で、幸せでした・・・」











++++++









「はっ!?」


こ、ここは!?


あ・・・あ・・・


左手に、重さが・・・


頭と、口、鼻の穴から血を大量に噴出させた恭子の顔が、俺の左手に。


「きょ、恭子!!!!!」


恭子は、足の先まで、全身がぴくりとも動かない・・・


すぐ近くに、救急車のサイレンの音・・・






























「きょうこおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」



















++++++



それからの俺は、自分がどうしたのか、まったく覚えていない。


誰かが、俺の体を揺らしている。


誰だ。


遠くのほうで、声が。


「・・・さん・・・・・・」


「・・・だん・・・さま・・・で・・・」


俺が、呼ばれてるのか?


「旦那さまですか?」


俺はやっと正気を取り戻したらしい。


はっとして、頭をあげた。

ここは、救急車の中?

恭子は、担架に乗せられている。


「詳(つまびらか)アレスさんですね?」


「あ、はい!」


俺はビックリして思わずのけぞった。

救急隊員らしきひとが片ひざをついて俺に向き合っている。


「詳(つまびらか)恭子さんの、旦那さまですね?」


「あ、はい」























「お腹の赤ん坊は、まだ生きてます」





え?





「早産になりますが、もしかしたら、助かるかもしれません」

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