音楽
藤泉都理
音楽
「いやああああああああああああああああ!!!」
「叫びたいのはこっちだ莫迦者がああああ!!!」
「ふふ。先生は今日も雷神様に雷を落としているわねえ」
山に囲まれた、とある田舎。
もはや隣近所とは言えないような離れた距離に、ぽつりぽつりと家が建てられているそこに一軒だけある音楽教室に、雷神様が足しげく通っていたのであった。
「この莫迦者があ!!!また窓を雷で溶かしやがって!!!弁償しろ!!!即刻弁償しろ!!!」
「窓なんかなくてもいいだろうが!!!そんな事よりも!!!また!!!悲鳴を上げられたあああ!!!」
「雷が鳴れば悲鳴を上げるのは当然だろうがあああ!!!」
「いやだあああ!!!歓喜の悲鳴ならいいけど!!!恐怖の悲鳴はいやだあああ!!!」
「つーか声がうるせえ!!!もっと音量を落とせえええ!!!」
「おまえの方がうるせえええ!!!」
「先生に向かっておまえとは何事だあああ!!!」
「ごめんなさいいい!!!」
「ふふ。本当に元気ねえ」
音楽教室から一番近い家のおばあさんは、畑仕事を再開させたのであった。
「雷って、あらゆる生物の誕生にかなり貢献しているらしいよ。具体的には知らないけど。風神が言ってた。だからあんなに怖がられる謂われはないんだよ。わあ雷だありがとうってお礼を言われるべきなんだよ」
「感謝しているよ。すごく。でもなあ。しょうがないだろ。直撃したら死ぬ可能性が高いし。音も光もきれいだなあって思うけど、怖いなあとも思ってしまうんだよ」
農家をしながら音楽教室をしている女性は、しくしく泣く雷神様を慰めた。
窓の硝子部分だけを器用にもきれいさっぱり溶かされたのだ。本当ならば尻を蹴り上げて追い出したいところだが、一応は生徒。見捨てはしない。
女性がティッシュ箱を差し出すと、雷神様は受け取って一枚だけ取り盛大に鼻をかんで、ゴミ箱に放り投げたが、入らず。しょんぼり立ち上がって歩きティッシュを掴むとゴミ箱に捨てた。
「ごめんなさい。先生」
「ああ。まあ。他の生徒に被害を出さないからな。そこは褒めておく。が。もう窓の硝子を溶かすんじゃないぞ」
「努力します」
「ああ。じゃあ。始めるか」
「はい」
女性は椅子に座りピアノの鍵盤の上に指を添えると、隣に立つ雷神様を見た。
雷神様は大きく頷くと、お腹と両腕の間に三角形を作るように両の手をやわく重ねると、口を開いて、ピアノの音と共に歌い出した。
ちょぼちょぼと。
先程までの悲鳴はどこへ行ったと思うくらいに、か細い声。
『軽やかに歌いたい。自信を持って歌いたい』
開口一番。
雷が畑に直撃したかと思えば、そこには雷神様が居て、駆けつけた女性を見るやそう言ったのだ。
(いつも見ているだけの風神様の音楽会に参加したい。突然参加して驚かせたい。楽しませたい。か)
「ほら。もっと楽しんで歌え」
「楽しむってむずかしい~」
「なら止めるか?」
「先生のいじわる~」
「ほら」
女性が歌い出すと、雷神様は少しずつ、少しずつ音量を上げて行った。
身体を揺らし始めた。
時折女性と視線を交わし、ぎこちない笑顔を見せ始めた。
女性は椅子から立ち上がると、鍋をお玉で叩いたり、しゃもじで大根おろしを引っ掻いたり、ビー玉が入ったペットボトルを振ったり、段ボールを叩いたり、風鈴を鳴らしたり、上着を大きく扇いだりして、雷神様と歌い続けると、村のみんなが集まって来て一緒に歌い続けるのであった。
お願いしてみようかな。
雷神様はいつも思う。
先生も村のみんなも一緒に音楽会に出られないかなと。
みんなと一緒なら、きっと楽しめる。はず。だと。
まだ頼んだ事はなかった。
人間たちが行ける場所かどうかわからなかったからもあるが。
(頼むの恥ずかしいし、自分だけで頑張りたいような気もするし。でも風神たちにみんなを見てもらいたいような気がするし。う~ん)
悩める雷神様はまだ百日あるからいいかと答えを棚上げにして歌い続けた。
まさかまさか、風神様が襲来するなんて知らずに。
女性も知る由もなかった。
雷神様だけではなく、風神様にも雷を落とす日が来るなんて。
まさかまさか。
(2023.4.19)
音楽 藤泉都理 @fujitori
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