夜の寄り道
歩道橋から降りると、園内に続く細い道がしばらく続く。
数歩ごとに暖色の街頭があるおかげで、足元が明るいのはありがたい。
両側には腰のあたりまでで整えられたツツジが咲いていた。
夜、まわりから私に入ってくる刺激が少なくなっているからか、昼間よりも甘い匂いが鼻につく。
道をぬけると円形の広場に出た。
木々に遮られていた月明かりが、広場の真ん中に作られた花時計を照らしている。幻想的と感じれればいいのかもしれないが、私から見れば手入れも行き届いていない古ぼけたオブジェとしか思えない。
それよりも、時計の針がもう少しで今日が終わってしまう時間を指してしまいそうなことに、ため息がもれた。
広場は周りには遊歩道があり、腰を下ろせるベンチも設置されている。
真横に街頭が立っているおかげで、さほど暗くもない。
なるべく花時計が目に入らない位置に座って、ペットボトルを取り出し一口飲んだ。
ぬるい水が喉を通りすぎ、胃に落ちる。じゅわっと水が広がっているのがわかる。
「今日も来ちゃったな……」
ペットボトルをもったまま、グッと伸びをする。
猫背気味だった背骨がのばされて、気持ちがいい。
ここでこうして時間を潰すのも、もう日課になっていた。
叔母につれられ引っ越してから数日は、仕事場から家まですんなり帰宅していた。退職してからというもの、仕事をしていないことへの後ろめたさもあったけれど、叔母のおかげでなんとか働いている体裁は整い、気持ちが少し軽くなっていたからだ。
でも、心に余裕で生まれた空き時間でスマホを見た結果、またしても自分の状況に嫌気がさし始めてしまった。
同年代の友達の充実した生活、特に自分の前職を褒めてくれた友人のSNSは胸に刺さる。そういえば、退職したことも伝えていない。理由という理由もなく仕事をやめ、今は叔母のお情けでアルバイトのような生活をしている。この現状をすんなりと打ち明けることはできていなかった。
結局はスマホを開き、キラキラした世界を活き活きと生きる人の生活を眺め、自己嫌悪に陥る。自分の状況を慰めてくれる人を探すことも今の自分には難しかった。
夜は、だんだんと苦しい時間になっていった。
数日経って、耐えられなくなった私は深夜家を飛び出した。
行き先なんて考えておらず、ただ胸に溜まったこの感情を吐き出したい。それだけ抱え、歩き続けた。
しばらくして気づくと、周りに人の気配はなく、自分に注目するものはない。だれの目を気にすることもなく、自分だけがそこにいるという感覚に陥る。不思議と頭の中を巡る自分の不甲斐なさや体裁の悪さは、距離を重ねるごとに少しずつだけれど、薄くなり、溶けていく。
それは次第に強くなり、住宅街を抜け、川を渡り、公園にたどり着いたときには、グズグズとしたわだかまりはだいぶマシになっていた。
しんと静まった公園、遠くに小さく車の走る音や池に流れる小川の水音が耳に届く。
長い距離を一気に歩いたのは久しぶりで、息が上がり、じんわりと背中に汗をかいていた。
古びたスウェットにサンダルという、日中人に会うには臆するような格好だったが、そんなことはどうでもよくなるほど、頭の中はスッキリしている。
そっと汗を拭おうと自分の顔に手をあてると、ニンマリと口角が上がっているのに気づいた。
「……ふふっ」
この日、夜の散歩と私が偶然出会い、そして噛み合った瞬間だった。
御厨令華の道しるべ あきひこ @akihiko_01
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。御厨令華の道しるべの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます