第3話
目覚めた時、目の前に少年がいた。綺麗なさらさらの茶髪に耳に着いた銀色のリングピアス。私を見つめるその瞳は魔法使いみたいで、其れを見た瞬間確信した。思わず、「優くん。」と声が漏れた。すぐに右腕を伸ばしたけれど、何故か届かなくて、まるで3D映画のように触れているはずなのに触れられていなくて、もどかしくて、声がさらに漏れてしまった。
「なんで、どうして、いや。」
優くんはこっちを見つめていたけれど、ゆっくりと背を向け始めた。ゆっくりと彼が私の目から小さくなっていく。私と彼が離れていく。嫌だ嫌だ嫌だと叫んでも、苦しいのか漏れたからか上手く息が出来なくて、ずっと伸ばした右腕もじんわりと痺れてきて、涙が出てきた。
「行かないでよ。なんでよ、ねえ。」
虫の息のように零れる声で彼を呼びかけても、彼はどんどん小さくなっていって、気づけば自分のいる世界が真っ暗なことに気づいた。
本当は目覚めていなかった。夢だった。ベッドと私は汗で濡れていて、過呼吸の中、暗闇で手を伸ばしていた私は、現実を認識するとゆっくりとフェードアウトした。伸ばした右腕の脈がドクっ、ドクっと心臓に響く。胸に手を当てて、私は深呼吸をしながらそのまま固まってしまった。こんなに苦しいと思ってる事なのに、何で私の前に現れるんだろう。私も私が嫌いなのかな。私すら私が好きじゃないとしたら、誰が私のことが好きなんだろう。目元についた水滴が汗か涙かは誰も知らなかった。
今日も高校は気だるげで、最初のブームというか通勤ラッシュのように押し寄せた人間関係がまとまると、少し落ち着いた学校生活が始まった。色んな人に「あ、おはよう」と声をかけられるくらいには仲良くなれて、そこそこ親しい友達もできた。クラスの中心のような子達が優しくしてくれたからか、いじめとかそういうトラブルのような事も起きずに、「たまに寝坊する天然ちゃん」として「天ちゃん」と呼ばれるようになった。そうやって、自分の気持ちを我慢して人と関わるのは辛かったけど、まだマシだった。高校生活は楽しくはないけれど、穏やかではあった。
ごめんなさい訂正させてください。実際、こう思ったのはたったの一週間だけでした。
目を開けると、クラスのざわめきが鼓膜を揺さぶった。目の前の世界は芒としていた。少し眠ってしまった。薬をいくつか服用していて、偶に眠くなる時があるんです。どちらかと言えば鋭い聴覚を駆使して周りの環境を探っていると、なんとなく話の流れがわかってきた。時刻は六時間目、ホームルームの時間、委員会を決めていて、どうやら体育祭の実行委員を誰がやるかで揉めてるみたい。委員会は男女一名どちらも決まっていない。私は運動神経はよくないし、まあそういうのはクラスの陽気な人達がやってくれるんだろうと思って気にしないでいたのだけれど、目が鮮明になっている間にクラスの中心人物達が私を囲み始めているのに気づいた。あれ?これって。
「天ちゃんごめん!みんな他の委員会やるから空いてる人がいなくて……。うちらもサポートするからお願いしていい!?」
「天ちゃん可愛いからみんな応援してくれるよーー!!男子も真面目にやってくれるだろうからお願いします!!」
「あ、、、」
「う、うん!!いいよ!!」
圧に負けた。それと同時にこんな簡単に煽られてのこのこと決断してしまうろくでもない根性が晒されて、後から嫌になってそのまま机に突っ伏していた。ああ、もう、最悪だ。人生上手くいかない。こんな嫌な生活ばかり、目立ちたくないのに何でこんな事やらなきゃいけないの。死にたい。死にたい。死にたい。急に全て駄目になった気がして、空返事をした後、机に突っ伏してしまった。
「災難だったね。」
そう後ろから声が聞こえた。振り返ると、おかっぱみたいな髪型の男の子がいた。そういえば、名前は「影山」だったっけ。
「凄い嫌そうなのに、選ばれちゃって普通に可哀想。どんまい。」
「あーうるさい。黙ってて。」
「はいはい、黙りますよ。」
この子は私の後ろの席の子で、最初席に座った時からずっとちょっかい出してきて嫌な奴だった。かまって欲しいのか知らないけど、ほんとうに低俗で、しかも、私にやたら親しげに話すのが気持ち悪かった。勿論そんなこと本人に直接言わないけれど。
「そこまで言うなら、あんたがやれば、もう一人の枠。」
「いや、男子はもう決まったみたいだから。」
そう影山くんが答えると、ちょうど体格が良さそうな男が話しかけてきた。
「ーーーさんだよね? 俺、同じ委員会の真鍋っていいます。よろしく。」
そんな人いたんだ。名前を覚えるのが苦手なので、一瞬固まったが、すぐに調子を戻して、
「あ、そうなんだ。よろしくねー。真鍋くん。」
とちょっと高めに答えた。背中の後ろでにやにやした空気を感じて嫌になった。
「転校生なのに大変だよね。俺できるだけサポートするから、協力していこう。」
坊主で、多分野球している感じの男の子だった。優しそうな雰囲気だし、どこかの根暗男のように嫌悪感もなかったので、少し安心した。
「うん。ありがとう。私まだまだ高校の事分からないから、色々聞いちゃうかも。その時はごめんね。」
手を合わせながら、そう振舞った。彼はずっと笑顔で、私を見つめていた。
「じゃあさ、早速今日委員会の集まりあるから行こうか。集合場所、体育館だってさ。」
「あ、うん。」
「じゃあ放課後また。」
そう言って、真鍋くんは去っていった。
「お前、いつもの天然で真鍋に迷惑かけるなよ。」
影山はずっとネチネチ言ってきて、流石にしつこかったから無視した。からかうにしてもお遊びのラインが分からない人は嫌いだ。しかも、天然とかそうやって他人にキャラクター付けして、からかっても、あなたのように個性のないやつはからかっても無個性のままだから、一生モブとして吠えていて欲しいって思った。勿論口に出さないけど。
放課後、私は真鍋くんと二人で体育館へと向かっていた。真鍋くんはやっぱり、温厚で特に害がある感じではなくて、改めて安心した。
「真鍋くん、部活何やってるの?」
「野球やってるよ。マネージャー募集中。」
そう言って親指を立てた。やっぱり野球部。
「そうなんだー。私なんかじゃマネージャー難しいよね。」
「そんな事ないよ。ーーーさん部活まだ入ってないだろうし、マネージャーやって欲しいな。」
「考えてみるねー。てか、そんなーーーさんって仰々しくしなくていいよ。天ちゃんって呼んで欲しいなっ。」
「本当?なら分かった。天ちゃん。」
そんな露骨なぶりっ子みたいな事を言って、真鍋くんに振舞った。体育館に付くと、どこもかしこもゴリラみたいないかつい人ばかりで改めて、「ああ、私の世界じゃない。」と痛感した。真鍋くんはそのまま野球部の仲間たちとお喋りに行ってしまって、他クラスに友達のいない私は孤立してしまった。ああ、他のクラスにも関わりを持つべきだった。ていうか、真鍋くんは何で転校生の私を置いていくの?対応の雑さにちょっと色々思うところもあったが、真鍋くんは悪い子じゃないから許してあげようと思った。まあ、私の方が悪い人間だからね。
そうやって独りで広い体育館の中をモジモジしていると、誰かに肩を叩かれた。
「大丈夫?震えてるけど。」
振り返ると、そこには眩しい世界が広がっていた。そんな感覚がした。
黒髪の身長の高い少年がいた。目を見た瞬間、何かゾクッとした。あ、やばい。これ、ダメかもしれない。
「あ、あ、大丈夫、です。」
そう答えるので精一杯で、震えは更に強くなった気がした。
「大丈夫ならいいんだけど、君何年生?」
「あ、えっと二年生です。今年から、転校してきて、」
「転校生!? まじか。よろしく。俺も二年なの。山崎太陽って言うから、よろしくな。名前は?」
本当に太陽みたいで、身体がどんどん熱くなるのを感じた。
「ーーーです。あの、みんなに天ちゃんって呼ばれてるので、そう呼んで欲しいです。」
「そうかー。可愛い名前だね。天ちゃん。」
そう言って、太陽くんは歯を見せてキラッと笑ってくれた。あーもう。なんなんだこの男は。そんな簡単に可愛いとか言っちゃダメなのに。熱すぎて変な汗が出てないか心配になってきた。
「そろそろ会議始めるぞー。」先生のかけ声が聞こえてきて、「じゃあまた今度ね。」そう呟いて、太陽くんは離れていった。
離れていっても鼓動は止まらなかった。
優くん。私もう無理かも。
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晴れときどき病み 死神王 @shinigamiou
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